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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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30/52

◆30 前世と、この世界を認識する

 この世界は前世に比べて危険な世界。

 ちゃんとそう理解していたはずなのに、実際は何もわかっていなかった。


 爆発事故に巻き込まれて、異世界に前世の記憶を持って生まれてきた。

 生まれ変わった先は、前世の後輩と話していたラノベやアニメの世界で、どこか浮かれていた。転生チートがないなんて嘆いて、もし転生チートがあったらもっと自由に、楽しく生きていけるのにとさえ思っていた。

 いつも小説を読んでいて、なんでこんなにも現実を見ない主人公なんだ、とか。

 もっと前世ばかり見ていないで現実を見ろ、とか。


 そんな気持ちを抱いていたのに。自分自身が一番、この世界を認識していない。

 自由に魔法が使えるかもしれないという自分の欲しか見ておらず、穢れがどれほど世界に影を落としているのか理解しない。こうして何も知らずに暮らしていけること自体が、誰かの努力によるものなのに。


 やや自己嫌悪に陥っていると、二人がこちらを見ていることに気が付いた。仲の良いじゃれ合いは終わったのか? と首を傾げる。


「ブリジット嬢はこれからどうする?」

「え?」


 どうする、とセスに問われて戸惑う。キースを見れば、いつもの柔らかな表情ではなく、苦々しい顔をしている。


「ここに来た目的は果たしたと思っている」

「そうね、歌でしか精霊魔法は発動しないことがわかったわ」


 しかもチート級。精霊魔法を使いたいブリジットにとって、良い結果だ。本当に使えるか使えないかは別として。

 セスは二人からの言葉に、頷いた。


「ブリジット嬢は聖女になりたいわけじゃない。それは合っている?」

「ええ。なりたくないわね」

「それならば、すぐに精霊の森に戻った方がいい」


 聖女は流石に無理だと頷けば、セスはすぐに精霊の森に帰るように言ってきた。セスの言葉に、驚いてしまう。


「セスさんはてっきり聖女推進派だと思っていたのに」

「聖女になってもらうのは大歓迎。でも、本人の意志がないとね。それにブリジット嬢は精霊の愛し子だし、無理強いなんて誰もできないよ」


 無理強いできないということは、精霊の愛し子というのはそれだけ大切な存在ということなのだろう。


「まあ、無理強いできないだけで、お涙ちょうだいで、落とす方法もあるけど。要するに本人がやると言ってくれればいいだけだからね」

「えっ!?」

「強い意志で突っぱねれば大丈夫」


 すぐに平和路線を選んでしまうブリジットにはとてつもなく難しいような気がしてきた。


「セス。あまりブリジットを追い込むな」

「追い込みたいわけじゃないけど、現実を知らないと本当に抜け出せなくなるから」


 キースの注意に、セスは肩を竦めた。現実を突きつけられるブリジットにしたらもう少しやんわりと伝えてほしいと思うけれども、それぐらいしないとブリジットは楽な方に流れてしまう。


 とはいえ、このまま何も知らなかったかのように精霊の森に戻ってもいいものだろうか。大規模な浄化魔法を使うだけでなく、体の負担にならない浄化魔法だけでも役に立つのではないのだろうか。


 正直に言えば恐ろしかった。聖騎士たちが守ってくれるなら行ってみよう! と勢いのあった時とは違う。ブリジットは魔物の恐ろしさを見てしまったし、穢れの禍々しさも感じてしまった。聖騎士たちだって、命がけで戦っている。ブリジットの浄化の魔法が発動すれば、どれだけ楽になることか。想像しただけでも理解できる。


 突然の現実に、気持ちが定まらない。

 ブリジットはなんとなく空を見上げる。今は綺麗な空だけども、少し経てばまた穢れで空気が淀む。


 ブリジットは空からキースへと視線を向けた。


「キースはこのまま聖騎士団に残るの?」

「僕は愛し子の騎士だから、ブリジットのいる場所が僕の場所だ」


 確かにそんなことを言っていた。忠誠を誓われたのは記憶に新しい。


「へえ。いつの間に」

「うるさい」

「それって、教会に報告している?」

「もちろん。エルバ司教にも許可をもらった」


 セスとのやり取りで、あの忠誠が冗談でも形だけでもないことに目を見開いた。


「ええっ!?」

「驚かれると、非常に傷つく」


 キースの呟きに、ブリジットはさらに慌てて。


「嫌とかそういうんじゃなくて、わたし、精霊の森に引き籠っている予定だから。キースにとってあまりよくないというのか。折角、聖騎士になったのにもったいないというのか」

「もったいないの意味が分からないが、ブリジットの側にいるのは僕の希望だ」


 希望と言われても。

 やっぱりキースの将来を潰しているような気がしてならない。


 そんなことを話してみたけれども、キースがブリジットの心配を理解することはなく平行線。どうしたものかと思った時に、セスが口を挟んだ。

 

「要するに、ブリジット嬢はキースが好きで、将来を心配しているというわけだ」

「はっ!? 何でそんな理解に!?」


 突然の暴論に、ブリジットは声を荒げた。セスはにやにやと笑う。


「だって、キースの将来が心配なんだろう? 愛し子はだれよりも自分の希望を優先していいのに、キースを優先するってそういうことだろう?」


 いや、違う。

 そう言いたいのに、顔は真っ赤だ。


 キースは誰よりもブリジットを見ていてくれて、すべてを預けたいほど信頼している。それが恋心なのか、どうなのかもよくわからないけれども。


「わたしはそういう気持ち、わからなくて」

「うーん、じゃあ。キースの隣にセクシーなお姉さんが絡みついていて、結婚しましたと報告に来たらどう思う?」


 具体的な例に、思わず想像してしまった。キースの美貌に似合う、華やかな美人。

 心がぎゅっと掴まれたように痛くなる。


「セス、僕はそう言う女性を好まない」

「たとえ話じゃないか。ブリジット嬢も想像しやすいだろう?」

 

 想像しやすくて、涙が出そうだ。ブリジットは胸の痛みに、キースのことが恋愛的な意味で好きなのだと認めた。

 そして、好きだからこそ将来を潰したくない。ここは心を鬼にして……!


「でも……やっぱり何でもない関係の男女がずっと一緒というのは変よ」


 何とか一緒にいられない理由を告げた。心が切り裂かれたように痛むけれども、これこそが最善。まだ芽が出たぐらいの恋心にはきつい一撃だが、時間が癒してくれるはず。


「じゃあ、婚約してしまえばいいじゃないか」

「えっ?」


 セスが良い笑顔で提案してくる。予想外の方向にさらに転がった。

 

「キースもブリジットを想っているんだろう?」

「もちろん」

「ほら、両想いだ」


 あり得ない言葉を聞いて呆ける。

 

「両想い? なんで? キースがわたしを好きになる理由ってないよね?」

「好きになる要素しかないけど」


 不思議そうに言われて、ブリジットは混乱する。


 キースとの今までを振り返り、二人の間にそんな雰囲気があまりなかったことをすごい勢いで確認していく。確かにキースは気配り人間で、さり気なくブリジットを甘やかしてくれた。家事は分担してくれているし、畑仕事も手伝ってくれる。


 それが。

 その原動力が。

 ただ居候でいるのが居たたまれないから、という理由じゃないということ?


「ブリジットは僕をそのまま見てくれる。勝手に期待しない」

「普通、勝手に思いを押し付けないわよ」

「ブリジットが言うのなら、そうなのかもしれないね。ただ、そのまま受け入れてくれるブリジットの側は心地がいいんだ」


 キースの事情はよく知らない。

 ロウンズ伯爵もキースのことは女性が放っておかないとは言っていた。見た目も肩書も、確かに婚活女子には人気があるだろう。肉食女子がギラギラとした目で狙ってきたとしても不思議はない。なんせ、優男が人気と言われている王都令嬢にとって、義兄であるテイラーも結婚相手としては人気があった。


「それは大いに勘違いだと思う。他の人と違うから、その安心感が恋愛感情だと思ってしまっているだけだと」


 吊り橋効果だと告げれば、キースは首を左右に振って否定する。

 

「そういうことじゃないんだ。困ったな。いい言葉が見つからない」

「はは。今まで避けていたからそうなる。でも、愛情表現は惜しんだらダメだ」


 セスが面白そうに笑いながら、アドバイスする。キースはなるほど、と頷いた。

 そして、流れるようにブリジットの両手を掬い上げた。何をするのかと唖然としていれば、そのまま持ち上げられ指先に彼の唇が触れる。


「ずっと君の側にいたい。まずは僕のことを知ってほしい」

「キ、キ、キスっ――!」


 顔を真っ赤にして叫べば、とろりとした笑みを浮かべた。それがまた壮絶に色っぽくて、意識が飛びかけた。

 切実にやめてほしい、恋愛未経験者の精神状態のために。

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