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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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◆29 世界が変わった日

「おおう! 目が覚めたか!」

 

 喉が渇いて、何とか目を開けたら、そこにいたのは世紀末だった。

 スキンヘッドが日の光を反射して、眩しい。思わず目がくらんで、目を閉じた。次に目を開けた時には、目に優しいものがいいと願いながら。


「ウィリアム団長、近いです。離れてください」


 どこかイラっとした口調のキースの声が聞こえる。もう一度、目を開ければ次は癒し系のイケメンがいた。


「キース」


 がらがらの声で彼の名を呼べば、キースは心配そうに顔を曇らせる。


「歌い過ぎたんだな。酷い声だ。無理に話さなくていいから。すぐ水を持ってくる」

 

 なるべく早く水が欲しい。そんな思いを込めて、ブリジットは頷いた。

 キースは部屋から出る時に一緒にウィリアム団長も引きずっていく。世紀末仕様のスキンヘッドがいなくなって、体から力が抜ける。


「少しだけ体の調子を見せてもらっていいかな?」


 知らない声。

 視線だけで声の主を見れば、見知らぬ人がいた。年齢は四十代だろうか。優しい風貌で、眼鏡をかけている。白衣を着ているところから、騎士団に所属している医者なのだろう。

 こくりと頷けば、彼はとても優しい笑みを浮かべた。


「喉を傷めているから、話さなくてもいい。頷くか、横に振るかで答えてもらえるかな?」


 小さく頷く。


「歌を歌って、卒倒したことは覚えている?」


 頷く。


「浄化を行ったことは?」


 頷く。


 それからも、討伐での状況を細かに聞いてきて、二択で答えていく。しばらく質問が続き、先生が顎に指をあて何やら考え込む。声を出すことができないため、ブリジットは大人しく待っていた。どれぐらい待っただろうか。先生は顔を上げると、まっすぐにブリジットを見つめる。


「契約した精霊が側にいなかったけれども、それでも大掛かりな精霊魔法を使った。そのせいで、魔力不足に陥り、意識を失ってしまったんだ」


 契約した精霊、と聞いて、瞬いた。精霊魔法を使うのに、契約した精霊が側にいる必要があるなんて聞いていない。

 その思いが顔に出ていたのだろう、先生が苦笑した。


「簡単な精霊魔法なら問題ないんだ。でも、貴女が使った精霊魔法は精霊の補助なしでは難しい大規模な魔法なんだよ」


 なるほど……?


 ブリジットは首を傾げた。倒れてしまったことは理解したが、大規模な魔法を発動した覚えはない。そもそも今までだって歌ったところで、小さな魔法陣がくるくる回るぐらいで、昏倒したこともなかった。


「うーん、わかっていないという顔をしている。魔法は使えないと聞いたけど、本当かな?」


 その通りだと頷いた。


「ちょっと検証が必要だけど……ここから出たらきっと大騒ぎだから、しばらくは難しいかもね」

 

 大騒ぎの理由がわからなかった。もしかして、歌って倒れたから気にする人が多いのかもしれない。


「わかっていない顔をしている。聖騎士にとって大規模な浄化魔法が使える女性は聖女しかいないんだ。きっと大変なことになるよ」


 聖女になる予定はないんですが。


 声が出なかったけど、思いっきり全身で拒絶をした。



 扉を少しだけ開いて、廊下の様子を覗き見る。どこにも誰もいない。それを確認してから、そっと部屋を抜け出した。

 先生の言うように、目が覚めたあと大変なことになっていた。若い聖騎士たちはキラキラした目で見てくるし、ベテランの聖騎士たちは尊敬のまなざしを向けてくる。

 正直、どうしてそうなったか全くわからない。確かに歌った。目の前の光景が耐えきれなくて、その時に込み上げてきた気持ちのまま歌った。その行為はブリジットにとって、自然なことだったし、歌だって何の歌を歌ったか全く不明。


 前世の歌かな、と思ったけれども、側にいたセスに覚えているフレーズを聞いたところ、まったく聞き覚えのない歌詞だった。


 まさかのオリジナル歌詞。しかも、気持ちが高ぶっていたから、主旋律も前世聞き齧った適当なものをくっつけたのだろう。いわゆるサビだけメドレーというやつだ。

 現実を知ると、穴を掘って隠れたくなるほど恥ずかしい。


 やらかしたことをここで悶えながらも、慎重に廊下を歩く。

 聖騎士たちの突撃を防ぐため、部屋に籠っていたのだが、やはり籠りきりは気が滅入る。気晴らしのため、寝静まった夜を待っての散歩だ。


「ブリジット」

「ひゃあ」


 突然、後ろから声をかけられて小さく悲鳴を上げた。ドキドキして首を捻れば、そこには呆れた顔のキースがいる。


「こんな夜中にどうした? 気分でも悪いのか?」

「違う違う、ちょっと気晴らし」


 過保護を発動し始めたキースに、慌てて否定する。


「気晴らし?」

「そう。引きこもっていると、考えがぐるぐる煮詰まってきちゃって」

「ああ、なるほど」

「聖騎士様たちと顔を合わせると、居たたまれないし」


 キースはブリジットの言葉を聞くと、手を差し出した。その手の意味が分からず、思わず彼を見上げる。


「気晴らしするなら、屋上がいいと思う。でも、ブリジットには良い記憶ではないかもしれないが」

「屋上、行きたい。でもいいの?」

「一人で行かせるわけにはいかないけど、僕も一緒だから」


 護衛を兼ねて、ということらしい。ブリジットは迷いながらも、その手を取った。


 屋上へ続く廊下を歩けば、キースの足が止まる。暗がりに誰かがいる。ブリジットは騒がれたくなくて、キースの背中に隠れた。


「あれ、お邪魔だった?」

「セス」


 ブリジットの体から力が抜けた。キースの機嫌は悪そうだが、それでも他の聖騎士たちよりもいい。尊敬のまなざしは、ブリジットにとってとても居心地が悪いのだ。


「デートじゃないのなら、一緒に行っても?」


 セスはキースではなく、ブリジットに許可を求めた。ブリジットは困ったようにキースを見る。キースは苦虫を嚙み潰したような変な顔をしていた。しばらく誰もが無言だった。

 セスは引く気はないのかにこにこしているし、キースは不機嫌にだんまり。このままでも仕方がないと、ブリジットは渋々頷いた。


 三人は無言で屋上に出た。

 

 空には満天の星と、大きな満月。遮るものは何もなく、遠くまで見渡せる。

 その解放感に、ブリジットは目を見開いた。


「すごい、広い!」


 この二年、ずっと精霊の森で暮らしていたため、これほど先まで見渡せることはなかった。リュエット伯爵家でも建物が立ち並んでいて、何もない場所というのはこの世界では初めてかもしれない。先日もここにいたけれども、あの時は魔物と穢ればかりに気を取られていて景色は見ていなかった。


「この騎士団の砦から先は人が住めない場所なんだ」

「人が住めない場所?」


 疑問の声を上げれば、セスが補足してくれる。

 

「マクラグレン辺境伯領は地図で見れば広くて大きいが、半分は穢れているからな。聖騎士団が常駐しているのも、穢れを広めないためだ」


 初めて聞いた、マクラグレン辺境伯領の事情。精霊の森に接しており、辺境にあるから穢れが発生しやすいとしか聞かされていなかった。先日、穢れが噴出して魔物が大量に発生した時も、数か月に一度の出来事だと誰もが言う。


「先日もそうだが、穢れが溜まるとああやって突然噴出してくる。だけど、ブリジット嬢が浄化魔法を使ったからか、あり得ないくらい浄められて」

「セス」


 キースがセスの言葉を遮った。その先を言わさないという圧をかけているが、セスは気にすることなく続ける。


「見てしまえば、してほしくなる。人の気持ちなんてそんなものだろう?」

「だけど、そのせいで昏倒してしまうのなら本末転倒だ」

「精霊を連れてくればいいだけじゃないか」

「無茶を言うな。ブリジットの契約している精霊は精霊の森から出られない」

「あー、そりゃあ無理かもな」


 ブリジットは二人の言葉を聞いていて、しみじみと思った。


 やはりここは異世界なのだと実感した。

 物語の中でもなく、前世の世界でもなく。

 全く異なった、違う世界。

 

 ブリジットは物語の世界に入ったわけではなく、この世界の住人の一人なのだ。

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