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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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◆28 辺境伯との面会

 キースは約束通りの時間にマクラグレン辺境伯の本邸に行くと、すぐさま応接室に通された。いつもなら執務室なのだが、応接室に案内されて内心首を傾げる。

 執事に促されて応接室に入れば、目を見張った。


「エルバ司教?」


 普段は中央教会にいるエルバ司教の姿を見つけ、キースは眉を寄せた。もしかしたら、愛し子であるブリジットの専属護衛の希望が却下されたのかもしれない。そんな嫌な想像がよぎる。


「久しぶりだ。元気そうでよかった」


 キースを封印の器にしたことを気にしていたのか、エルバ司教はじっとキースを観察した。その目がとても居心地悪くて、キースは身じろぎする。


「感じ悪いぞ、エルバ司教」


 微妙な雰囲気を壊したのは、マクラグレン辺境伯だ。ウィリアム団長に似た体格で、その風貌はとてもではないが貴族には見えない。キースはエルバ司教から視線を外すと、マクラグレン辺境伯へと体ごと向ける。


「ご挨拶が遅れました」

「ああ、そういう堅苦しいことはいい。どうだ、穢れを封印してから半年近くになるが、体調は?」

「初めの頃は痛さと苦しさしかありませんでしたが、精霊の森で暮らしているからでしょう、随分と痛みもなくなっています」


 正直に自分の状態を告げれば、マクラグレン辺境伯はよかったと少しだけ笑みを浮かべた。


「まさか、器ではない人間に封印をするとは。切羽詰まっていたのはわかるが、無茶をする」

「仕方がないだろう。あの穢れはとても強くて、王族の血を引くキースにしか入れることができなかったのだから」


 苦々しい顔をするのはエルバ司教。

 一度は穢れを王宮から引き離してきたものの、用意した聖具は穢れが強すぎて数日で壊れてしまった。浄化もできず、封印もできず。教会を一つ犠牲にして封じるしかないかと思われたが、ベルによって安全な場所に飛んでしまったキースが戻ってきた。


「しかし、本当なのか? 陛下が闇の精霊を生み出そうとしているというのは」

「キースに封じられた穢れを見れば、暢気なことは言っていられないかと」

「ふうむ。陛下は欠点も多い人であるが、それほど愚かな選択をする人ではなかったはずだが」

「しかし、教会に対して思うことがあったのも事実」


 キースは早く戻りたいと思いながら、やや俯き加減に黙っていた。


「教会に思うことがあるのはわかっているが、手段が悪すぎる。下手をすれば精霊の雫は壊れる。国は穢れてしまい、乱れるだろう。ここだけでも均衡を保つので精いっぱいなのに、王都の穢れまでは面倒を見れないぞ」


 マクラグレン辺境伯が天を仰いだ。

 会話が途切れたところで、キースは顔を上げた。どうでもいい会話をする時間がもったいない。


「僕が呼び出された用件をお願いします」

「そう急かすでない。たまにはのんびりと話そうじゃないか」


 エルバ司教の暢気な言葉に、苛つき。もう帰ろうと算段し始めたところで、大地が轟音と共に震えた。

 耳をつんざくほどの音と共に屋敷が大きく揺れる。キースは足に力を入れ、態勢を維持した。


「瘴気が溢れたか」

「今回は随分と時期が早いな」


 大きな揺れにもかかわらず、辺境伯もエルバ司教も慌てる様子はない。キースもブリジットがこの地にいなければいつものことだと流しただろう。だが、今回はブリジットが聖騎士団にいる。セスに護衛を頼んできたとはいえ、一人にしてしまったことを後悔した。きっと怖い思いをしているだろう。


 誰よりも大切にしたい人を思い、強く拳を握った。


「申し訳ありません、僕は聖騎士団へ戻ります」

「ちょっと待て。装備もなく、外に出るのは自殺行為だ」

「しかし」


 エルバ司教の言葉はもっともで。キースは飛び出していきたい気持ちを抑え込むように拳を握りしめた。


「それにあれほどの穢れ、近づいたらキースの封印が緩むかもしれない」

「……」


 封印が緩むだけならばいいが、解けかけてしまえば穢れを増幅する可能性がある。それは流石に避けないといけない。


「ふうむ。よほど、愛し子が大切なのだな。なるほど、なるほど」


 エルバ司教は楽し気に目を細めた。キースは居心地悪く身じろいだ。エルバ司教とプライベートなことを話すことなどなかったが、何となく親戚のおじさんのような鬱陶しさをその笑みに感じる。


 キースは表情を消した。とにかく内面を悟られないようにしなければならない、その一心だ。後は余計なことを言わないように口をつぐんでおく。


「……」

「キースにもこういう可愛い面があったとは。是非とも大司教様にもお伝えしたいところだ」


 なぜ大司教が出てくる。

 キースは心の中で忌々し気に舌打ちした。

 

「そう言えば、エルバ司教」

「何だね、辺境伯」

「キースが愛し子専属の騎士になると聞いているのだが、それは受理されているのか?」

「もちろん。そのこともあって、こうしてわざわざ私が辺境に出向いたというわけだ」


 精霊の森で暮らしている時に出してあった書類が無事に受理されていることにほっとする。


「キース」

「はい」

「愛し子の護衛になるということは、とても名誉なことであるとともに大変なことでもある」


 名誉はわかるが、大変という言葉がわからなかった。

 その気持ちが表に出ていたのだろう、エルバ司教は一冊の本をキースに差し出した。


「これは?」

「過去、教会と共に過ごした愛し子についてまとめたものだ」


 訳が分からず、本を受け取る。


「中を読んでもらえばわかるが、とにかく愛し子は手に負えない」

「は?」

「価値観は異世界で培ったものを持ち、こちらの世界に馴染まない愛し子もいる」


 要するに、愛し子の取扱説明書のようなものだった。


「過去、一番問題児……いや、精力的だった愛し子は聖女となった者でな」


 そこから延々と注意事項が述べられた。どの愛し子もこの世界とは異なる不思議な感覚の持ち主のようだ。それはややブリジットにも当てはまる。ただし、彼女の場合は歴代の愛し子たちよりも大人しい印象だ。


「エルバ司教の心配もよくわかりました。ブリジットはとても善良な心の持ち主です。それに彼女は魔力があっても、魔法も精霊魔法も使えません」

「それは聞いていたが、本当だったか」

「はい。魔法については本人が使えるようになりたいと希望しましたので、原因を知るために聖騎士団まで来たのです」

「原因は分かったのか?」

「いいえ。ただ、歌うことで浄化魔法が発動するようですが、その仕組みがよくわからず」


 エルバ司教は何やら考え込んだ。そして。


「キースは彼女の両親のことについて聞いているか?」

「本人からは生まれて間もなく養女になったから、人となりはよくわからないと」

「そうだな。では、こちらで知っている内容を伝えよう」


 聞いた話は驚くべきことだった。


「ブリジットの父親が王族?」

「王族と言っても、前国王の異母弟だな。前々国王が譲位後、付き添った侍女との間に作った子供で庶子だ。一応、王族として認められていたが、父である前々国王が亡くなって後ろ盾をなくしてからは、下位貴族と同じ程度の生活だったという」


 王族の一人ということで、身分は保障されていたようだが決して幸せではなかったようだ。だが、そんな彼が元平民の子爵令嬢と恋に落ちる。二人とも同じような境遇で、さらに生活水準も似たり寄ったり。


 だが、王族と精霊とつながりの深い令嬢の結婚は周囲の人たちにとって望ましいことではなかった。

 王族と教会の関係が二人にも影響した形だ。

 それでも二人の愛情は消えることなく、慎ましく暮らすことで結婚することが認められた。

 しかし幸せな時間は短く、流行り病で二人とも死亡。ブリジットは一人残された。


「両親の魔力の差がブリジットには悪い方向に作用したということですか」

「それだけではない。ブリジットの母である子爵令嬢は精霊に愛されし娘でな」

「……精霊に愛されし娘?」


 精霊の愛し子と何が違うのか。

 キースは話しがだんだんと理解しづらくなっていることに気が付いた。慎重に情報を整理しながら、聞き取っていく。


「愛し子ではないが、精霊に愛されやすい娘のことだ。そのこともあって、教会が保護し子爵家の養女にしたのだ」


 ブリジットの父親が王族、そして母が精霊に愛されし娘。


「どうしてその話を僕に?」

「もちろんお前を夫として認めたためだ」

「……申し入れたのは専属の護衛ですが」

「わかっておる。そのように申し出たということは、愛があるということだろう」


 ひたりと見つめられ、誤魔化せないと肩を落とした。


「僕にその資格など」

「そうか? 聖騎士で序列二位。さらに王族の母を持ち、公爵家の血筋だ。お前ほど相応しい人間はいないと思うが」

「僕の母はあの王妹ですよ?」


 色々と倫理観が壊れているフローレンス。しかも今回は精霊の雫の穢れにも大いに関わっている。

 それなのに、いいのだろうか。


「キースは結婚を考えたことはなかったのでは?」


 二人の会話を静かに聞いていたマクラグレン辺境伯が訊ねた。キースは小さく頷く。

 結婚など考えられないから、専属の護衛騎士を望んだ。ブリジットは綺麗だ。彼女の側にいるだけで――。


「親は親、子は子。似てしまうところもあるが、キースはとても好ましい性格をしている」


 そう言われても、どうしようもなく。

 何とも言えない沈黙。


 何か言おうとして顔を上げた時。

 外の世界が白く染まった。

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