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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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◆27 平和な朝、突然の嵐


 実地訓練に行ったことが良かったのか。


 ブリジットは聖騎士たちに快く受け入れられた。ブリジットは閉じた世界で暮らしていたこともあって、こういう風に色々な人と話すことが初めてだ。それがとても楽しくて、予定していた一週間を超えて、ずるずると滞在していた。


 そして二日に一度は討伐について行って歌を歌う。一応、色々な歌を歌ってみたが、どの曲を歌っても変わり映えはしない。なので、討伐の場所でも歌いやすいあんとぱんのヒーローの歌に落ち着いてしまった。


 もちろん討伐だけでない。畑仕事も手伝っている。ここには魔道具がないが、手仕事は慣れている。聖騎士の見習いたちに混ざって雑草を取り除き、病気をしていないか葉を確認し、時々、間引く。


 手仕事をしながら、精霊の森に設置されている魔道具を思い出し、どれを持ってこようかと考えたりした。


「おはよう、ブリジット」


 身支度をして部屋を出れば、すでに鍛錬をした後といった様子のキースが挨拶をしてくれる。精霊の森で暮らしていた時と変わらず、キースの朝は早い。その顔をまじまじと観察してしまった。精霊の森にいた時よりもはるかに顔色がいい。


「おはよう。キースの体調はどう?」

「毎日、ブリジットの歌を聞いているからかな、随分と調子はいい」

「それならいいんだけど」


 簡単に浄化できるものではないと言っていたので、調子が悪くないのならそれでいい。


「今日は少し出かけてくる」

「そうなの?」

「マクラグレン辺境伯の本邸に顔を出しに。呼び出されてしまって」


 行きたくないのか、どこか面倒臭そうな顔をしている。


「わたしも挨拶した方がいい? リュエット伯爵家はマクラグレン辺境伯家の分家だから」

「今日はいかなくても大丈夫。多分、これについて聞きたいだけだと思うから」


 そう言って、キースは封印が施されている自分の胸を押さえた。ブリジットはなるほどと頷く。


「精霊の森から出ていなかったものね。実際に確認するのかしら?」

「恐らく。どう説明したらいいものか。プラムを連れてくることもできないし」

「あはは、確かにわたしも説明できないわね」


 プラムがどうやって封印したかなんて、わかりやすく説明することなどできない。キースもどこか憂鬱そうにため息を吐く。


「あの時、痛みばかりに気を取られていて、何をされたのかよくわかっていないんだ。プラムが言っていたように、ぎゅっと固めて、動けなくした状態と説明するしかないね」


 そんな曖昧な説明では理解されなさそう、とブリジットは気の毒に思った。



「ブリジット嬢、こんなところにいたんだ。探したよ」


 厨房で卵白を泡立てていたブリジットは手を止めた。厨房には三人ほどの料理人がいて、菓子作り談議に花を咲かせていた。もちろん手はメレンゲを作りながらだ。


 前世の記憶が戻った後、菓子作りを始めたけれどもこうして誰かと話すのは初めてで、とても楽しい。この世界の菓子事情も少しわかって来た。


 そんな楽しい時間を過ごしていると、厨房の扉が開いた。そこには騎士服を着崩したセスがいる。


 セスはキースと仲の良い聖騎士で、滞在中に中央教会からやってきた人だ。こげ茶色の髪に緑の目をしていて、ブリジットが期待したキラキラした聖騎士である。


 もしウィリアム団長の前に彼と会えたら、きっと妄想は爆発していただろう。ただし、それも話してみる前までだが。セスは適度な礼節で接してきていて、キースやテイラーとはまた違った性格をしていた。


「あ、セスさん。どうしたんです?」

「姿が見えないから、心配になって。キースに頼まれていたのに忘れていたんだ」

「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。外出はしないつもりですから」


 どうやらキースが留守にする間に頼んでくれたようだ。セスは申し訳ないような顔をしつつ、中を確認している。


「それで、何をしているの?」

「お菓子作りです。今日はダックワーズを作ろうと思って」


 ダックワーズは一度だけキースに作ったことがある。ざくざくとした食感が良かったのか、キースのお気に入りだ。留守にしている間に作っておこうと思って、厨房に突撃していた。


「鴨のお菓子」

「お約束だけど違う」


 ブリジットはすぐさまバッサリと切り捨て、菓子を作り続ける。


「はは、ブリジット嬢はキースが気に入るだけあって面白いね」

「面白い女枠は遠慮します」


 セスはにこにことしながら、少し離れた場所に立つ。


「わたし、ここからしばらく出ませんから、お仕事に行ってください」

「今日は君の護衛が仕事だから、大丈夫」


 見知らぬ人に見つめられるのも居心地が悪いと思いつつ、菓子作りに専念することにした。


 出来上がったメレンゲに、粉を入れさっくりと混ぜ合わせる。料理人達にも手伝ってもらって、同じように作ってもらう。大量に絞り出した生地に砂糖を二度ふるってからオーブンに。

 待っている間に、料理人たちがクリームを作ってくれる。今日は一人ではなかったから、大量だ。


「焼き上がったら冷まして、クリームを挟んでね」

「わかりました。出来上がったらお持ちします」


 本当は出来上がるまでここでおしゃべりをしたかったが。流石にセスをここにいさせるわけにもいかず、厨房を後にした。


「俺のことは気にしなくていいのに」

「セスさんが気にしなくても、料理人さんたちは気にします」

「そうかな?」

 

 よくわかっていなさそうな答えが返ってくる。ブリジットはため息をついた。後ろからついてくるセスを振り返る。


「今日一日、護衛してくれるんですか?」

「そのつもり。騎士団の中なら安全だからとキースに言ったんだけど、心配らしい。わからなくもないけどね」


 意味ありげに微笑まれて、ブリジットは顔を赤くした。


「そんなんじゃないです」

「そうかな? 俺が知っている限り、キースがこれほど女性を気にすることはなかった」

「うわ、そういう話はしないでください。どんな顔していいかわからなくなるから」

 

 居たたまれない気持ちで彼の言葉を止める。


「おっ、ブリジット嬢もキースを意識している感じかな?」

「うううっ」

 

 容赦ない攻撃に、変な声で呻いてしまう。セスはにこにこしながら、ブリジットの様子を眺めている。その眼差しに、恨めしそうな目を向ける。


「わたし」


 揶揄わないでほしいという願いを口にする前に、地面を揺るがすほどの大きな音が響いた。セスの表情がすぐさま真剣なものに変わり、ブリジットの肩を引き寄せる。大きな音に続いて、聖騎士たちの騒々しいほどの怒声が聞こえてくる。内容はよくわからないが、何か問題が起こったようだ。


「こちらに」


 セスは冷静な声でブリジットを促した。


「何が起こっているの?」

「恐らく穢れが吹き上がった。でも心配ない」


 セスは短い説明しかしないが、すれ違う聖騎士たちの緊張した表情に不安しかない。


「このぐらいは日常だし、聖騎士たちは慣れている」


 慣れていると聞いて、目を見張った。


「どこに行くの?」

「屋上へ。結界が張ってある。そこが一番安全だ」


 ブリジットは顔色を悪くしながら頷いた。

 

 屋上に上がれば、周辺の様子が一目でわかる。何人かの聖騎士もいて、状況を確認しているようだ。

 ブリジットもそちらに目を向ければ、聖騎士たちの集団が魔物と戦っている。

 

 ブリジットが討伐に行った時とは違い、今日は見習い騎士もちらほらと見られる。ただ見習い聖騎士はそこまでの熟練度はなく。なかなか上手にトドメをさせない。反撃され、吹き飛ばされている聖騎士が見えた。

 魔物の叫び声、聖騎士たちの怒声。


 そこにはブリジットが見たことのない世界があった。


「危ない!」


 聖騎士が見習い騎士を庇ったことで、隙ができる。魔物はその隙を逃すことなく、大きな手を振りかぶった。

 

 ただただ恐ろしい。

 ブリジットは目を逸らすことができず、聖騎士たちの戦いを見ていた。


 胸の奥が詰まって、とても苦しい。ブリジットはそれでも自分の出来ることを探す。


 歌を歌えばそれなりに効果があった。少しでも楽になれば。怪我をする人が少なくなれば。

 ブリジットは込み上げる感情のまま歌った。


「ブリジット嬢」


 歌い始めたブリジットに、セスが驚きの声を上げた。


 だが歌うことに没頭しているブリジットにその声は聞こえず。ブリジットは夢中になって歌う。


 ブリジットの想いは声になり、歌になり、辺り一面に広がる。歌が長くなるにつれて、大きな魔法陣が空に浮かび上がった。


「浄化」


 ブリジットの歌が終わり、一言告げると。

 あたり一面光輝き、穢れはすべて消え去っていた。見えていた魔物と穢れが見えなくなったことを確認すると、ブリジットはそのまま意識を失った。

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