表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/52

◆26 実地訓練としての討伐

 正直言って、不安しかない。

 

 ブリジットは聖騎士たちの行う討伐について、ほとんど知識がない。討伐という言葉はリュエット伯爵家でも耳にしていたが、具体的な話は何も聞いていなかった。


 そんな初心者というか、素人同然のブリジットにとって、討伐とは遠い場所の話。


 実地訓練をするというその言葉の通り、翌日、ブリジットはウィリアム団長とキースと共に訓練場にいた。

 まさか実地訓練に行くとは思わず。しかも、夜のうちに討伐用の支度まで終わっていた。聖騎士団に勤めている女性使用人たちがとても親身に世話をしてくれるため、行きたくないと駄々をこねることもできず。貴族だったころの外面の良さで、お礼を言うしかなかった。


 キースはとても心配そうにブリジットを見つめる。ウィリアム団長の目を盗んで、そっと囁いてきた。


「討伐しなくても方法はあるはずだ。だから、無理をしなくてもいい」

「きっと……大丈夫」


 キースの優しさに嬉しくなってしまう。でもここに来たのは、魔法が使えるようになるため。自分が望んだことだ、一度は行動しなければ。


 それに、ブリジットのために、ウィリアム団長は聖騎士たちで周囲を固めて、安全に配慮している。多少はビビってしまうこともあるだろうが、大丈夫なはず。


「そうか。絶対に僕の側から離れないでほしい」

「うん」


 キースの言葉に頷いた。大きく息を吸ってキースと共にウィリアム団長の側へ行く。彼はすぐさま号令をかけた。


「集合!」

 

 ウィリアム団長の一声でずらりと並んだ聖騎士たち。皆、ぴしりと黒い騎士服を着こみ、剣やハルバートなど、各々得意の武器を持っている。

 そんな聖騎士団員の前に立ち、ブリジットは先ほどの意気込みなどすぐにぺちゃんこになってしまった。ただただカチコチに固まって、同行する聖騎士たちを見る。


 彼らも突然湧いて出たブリジットに戸惑っている。


「彼女は聖女候補だ。実地訓練のため、一緒に討伐へ行く。君たちの任務は魔物の討伐と穢れの浄化だ。キースと俺は彼女のサポートを務める」

「聖女候補じゃないです!」


 ぎょっとしてウィリアム団長の言葉を慌てて否定する。ウィリアム団長は涼しげな顔をして、肩を竦めた。


「そういう肩書を持っていないと連れていけないんだよ」

「でも、そういう嘘はいけないと思います」


 何事にも肩書は重要だ。でも、だからと言って嘘はいけない。


「今日の動きによっては推薦状書く予定ではあるから、まったくの嘘でもない」


 微妙な言い回しに、ブリジットは何も返さなかった。



 魔物とは。

 ブリジットの知識では、動物が穢れを取り込むことによって凶暴化した獣のこと。野生の動物の特徴を持ち合わせたまま、目は赤く濁り、体は黒くなる。そのパワーは他の魔物すらも食い殺すほど強い。


 聖騎士たちはいつもと同じように、魔物を屠る。単純に殺せばいいわけではなく、魔物の体にある核、つまり魔核を破壊する、もしくは浄化の力を持つ武器で首を落とす必要がある。理由は単純で、それ以外の方法で殺せば、穢れは倍に膨れ上がり、周囲を汚染するからだ。なので、腕に覚えがない者は教会に連絡することが推奨されている。


 目的地に近づく従って、遠くに変なものが見え始めた。黒い塊が地を這うようにしてゆっくりと移動してる。


「何、あれ」

「穢れだな」


 隣にいたキースも同じものを見て、教えてくれる。


「わたし、初めて見た。穢れって黒い水みたいなのね」


 前世のアニメの影響か、穢れは霧のようなものだと思っていた。だが、あれは明らかに黒い水が移動している。


「液体状だけでなく、霧状のものもある。液体状の場合は霧状よりも動きが鈍いから討伐しやすい」

「へえ」


 体をくねらすように蠢いていた大きめの穢れはひときわ大きく体を震わせ大きくなった。そして側にいた動物へ覆いかぶさるように広がる。飲み込まれた動物は抵抗するように暴れているが、穢れは振り落とされることなくそのまま動物に張り付いている。次第に凝縮され、小さくなり再び大きく広がった。


 はっきりしなかった輪郭が動物の四肢の形を取り、徐々に魔物へと変化する。


 真っ黒な肌に、赤い瞳。

 魔物は小型の豚のような形をしていて、フーフーと荒い息を吐きながら、ダラダラとよだれを垂らす。


「丁度いい。魔物化した直後はそこまで強くない。行くぞ」

「えっ!」


 キースと話していたのに、突然担ぎ上げられた。キースもぎょっとしてウィリアム団長を見る。


「キース、お前、あの魔物を斬れ。核は潰すなよ」

「しかし」

「穢れが吹き上がったところで、嬢ちゃんは歌を歌う。いいな?」

「え? え、でも」


 突然の指示に、戸惑う。とりあえず下ろしてもらおうとバタバタ手足を動かしてみたが、熊のような体格のウィリアム団長はびくともしない。

 

「よし、出発だ」


 そう言って、ウィリアム団長はすごい勢いで走り始めた。うつ伏せ状態で、肩に乗せられているブリジットは、その勢いに腹に彼の肩が食い込んだ。


「ぐえっ」


 意識が飛びそうになりながらも、振り落とされないようにしがみつく。次第に慣れていき、周囲にも目を向けられるようになった。遠くからではわからなかったが、黒い液体状の瘴気はあちらこちらに発生していて、近くにいる動植物を呑み込んでいる。そして一度ギュッと凝縮してから広がり、魔物が出来上がる。


 その様子を目の当たりにして、唖然とした。


 魔物たちは自由に動き回り、聖騎士たちに向かって攻撃をしてくる。本能として、聖騎士を排除しようと動いているように見えた。だが、ブリジットの心配をよそに、聖騎士たちは慣れた様子で核を壊し、どんどんと討伐していく。


「うわ、魔物が沢山」

「これでも少ない方だ。訓練にちょうどいい程度だな」


 ブリジットの呟きに、ウィリアム団長が説明する。ブリジットは自分を抱え上げるウィリアム団長に視線を向けた。


「あんなにいるのに?」

「定期的に大量発生する時がある。それはもうこの土地が魔物と瘴気だらけで洒落にならん」


 数人で討伐できるのなら平和だ、とウィリアム団長は笑った。


「団長、斬りますよ」


 魔物と対峙したキースが声を上げる。タイミングを合わせるために待っていたようだ。ウィリアム団長が頷くのと同時に、キースが剣を振るった。魔物は簡単に切り裂かれ、金属が擦れるような嫌な音を上げる。斬られた部分から黒い霧のようなものが吹きだした。


 茫然としてその様子を眺めているうちに、肩から降ろされた。


「ぼんやりせずに、歌を!」

「ええっと、はい!」


 歌い慣れたあんとぱんのヒーロー。

 最近よく歌うため、声の調子がよく、のびやかに広がる。


 そして、魔物の頭上に小さな魔法陣がくるくると宙に浮かび上がり。歌い終わる頃には随分と弱体化していた。


「これはすごいな」


 聖騎士たちも驚いた顔をしているが、すぐさま気持ちを切り替えて動きの鈍くなった魔物の核を潰していく。その様は単純作業と言ってもいいほど、あっさりとしていた。


 ブリジットも歌いながら魔物の変化を見ていたが、想像と違っていて首を傾げる。周囲の魔物を片付けたキースが心配そうにブリジットの側に駆け寄った。


「どうした? 怪我でも?」

「ううん。怪我はしていない。浄化魔法というから、もっとこう派手に光が巻き散らかされるのかと思っていたのに、なんかすごく地味で」


 そう答えれば、キースが脱力した。


「聖女の浄化の様子は確かに派手だな。光の柱が天に昇り、という感じで書いてある」

「そうでしょう? でも、そういう感じじゃなかったよね?」

「まあ、そうだな」


 文献とは違うんじゃないのかと言われれば、キースも頷くしかない。


「別に違っていてもいいじゃないか。魔物は弱体化されて、討伐は楽になる。いいことだ」


 聖騎士たちへの指示の傍らで、二人の会話を聞いていたウィリアム団長が豪快に笑い飛ばす。


「そうですよ! こんなに楽な討伐は初めてだ!」


 戻ってきた聖騎士たちはキラキラとした目で口々に言う。

 その笑顔に、ブリジットは地味でもいいか、と納得した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ