◆25 ウィリアム団長の見解
簡単に聖騎士団の中を案内された後、ブリジットはここまでやってきた理由を説明した。
「魔法が使えない? 精霊の愛し子なのに?」
ウィリアム団長も初めて聞いた事例なのだろう、目を丸くしている。
「そうなんです。前世の記憶を思い出す前から、魔力はあるけど魔法が使えない状態で」
「キースが教えたんだよな?」
ひたすら首を傾げながら、キースを見る。キースは小さく頷いた。
「わかりやすく水を出す魔法を基礎を中心に」
「なんとなく魔力が集まっているような気分にはなりますけど、途中でぽしゃってなるんです」
ブリジットも実際どうだったかを説明した。
ウィリアム団長は腕を組みしばらく難しい顔をしていた。何かいいアドバイスがもらえるのではないかと、じっと待つ。
「よし。全くわからん。とりあえず、見せてもらえないか」
「では、訓練場に行きましょう」
「今から?」
「早い方がいいだろう?」
心の準備が整う前に、訓練場に連れていかれた。訓練場はこれまた広く、いくつかのグループがそれぞれの得意な武器を使って訓練を行っている。ウィリアム団長とキースに連れてこられたブリジットは明らかに場違い。
一斉に視線を向けられて、ちょっと怯む。
「お前ら、集中しろ! 出来ないのなら、走ってこい!」
ウィリアム団長の一声で、団員たちが慌てて自分の訓練に戻る。ようやく視線が外れて、ブリジットはほっと息を吐いた。
「嬢ちゃんはこっちに」
手招きされてそちらに向かう。大きな訓練場を抜けて、さらに奥に小さめの訓練場があった。
「ここは個人訓練をする場所なんだ。聖騎士たちがいると気が散るだろうから、ここで魔法を使って見せてくれ」
「失敗前提ですけど」
「それでかまわない。どんな状態か、知りたい」
そう言われてしまえばやらざるを得ない。
気持ちを落ち着かせると、キースに教わった手順で、魔力を下腹に集める。何とか感じられるようになってから、水球をイメージ。
うずら大の水球をくるくると頭の中で回して馴染んだところで、魔力を押し出した。
当然、プシュッと抜けたような音がして霧散する。
「なるほど、魔法の発動までは出来ているのか」
それをじっと見ていたウィリアム団長はなるほどなるほど、としきりに頷く。
「では、次は歌ってみてくれ」
歌うと浄化できると伝えていたので、歌を要求された。ちょっと恥ずかしいと思いながらも、折角見てくれるのである。ブリジットは小さな声で、あんとぱんのヒーローの曲を歌った。
歌に反応して小さな魔法陣がキースの前に現れる。これはいつもと同じ。歌い続ければ、くるくると魔法陣が回り、仄かに光り出す。
「おお、本当だ。キースの封印に反応しているようだな」
ウィリアム団長は目を見開いて、驚く。ブリジットが歌うのをやめればすぐに魔法陣は消えた。
「何かしらの制限がかかっているように見えるのですが」
キースが自分の見解を告げれば、ウィリアム団長は頷いた。
「そうだな。ずいぶん昔だが、魔法を制限する魔法について聞いたことがある」
「魔法を制限する魔法?」
「主に、子供に使う魔法だ。ごく稀に体の成長と魔力の大きさが合わない子供がいる。暴走の心配がある場合は制約魔法を使うと聞いた。とはいえ、今はほとんど使うことはないんだが」
魔力の暴走というのは、今はほとんどないらしい。そもそもそこまで魔力を多く持つ子供が生まれていないという事情もある。だが、二百年ほど前までは十人に一人の割合で、魔力を暴走させる子供が生まれていたそうだ。
「では、ブリジットは魔力暴走を抑えるために制約魔法をかけられている?」
「そうだと思う。ただ、歌で解除されるのは不思議な感じもするが……」
不思議な状態であることは間違いないらしい。理屈上、納得できないことも多いようだが、ブリジットには関係なかった。とにかくこの制約魔法が外れれば、魔法が使えるようになるのだ。しかも精霊の愛し子なのだから、その力は無限大だ。中二病全開に魔法を使ってみたい欲が一気に膨れ上がった。
そわそわしながら、ウィリアム団長に聞いてみる。
「制約魔法を解くにはどうしたらいいですか?」
「教会で成人の儀式を受ければ外れるはずだ」
「えっ」
すでに成人の儀式は受けている。キースが確認するように聞いてきた。
「でも、外れなかったんだよな?」
「うん。魔法、使えないままだわ」
ブリジットもそうだと頷く。だが、ウィリアム団長の解釈は違った。
「いや、成人の儀式では制約魔法は外れているんだ。だから前世の記憶が戻った」
「魔法使えないのに?」
「歌うと精霊魔法が発動しているだろう? しかも今は精霊の森の管理人をしているということは、プラム殿と契約をしている」
確かに。全く使えないのとはまた違うのかもしれないが。なんか、屁理屈にしか聞こえない。
「わたし、歌以外で魔法を使いたいんです。できれば精霊魔法だけじゃなくて、普通の魔法も」
歌以外、と強調して言えば、ウィリアム団長は目を丸くする。
「歌、いいじゃないか。いかにも聖女っぽくて。すごく人気が出るぞ」
「人気なんて出なくていいです。それに、わたし、聖女ではないですから」
「そうか? 聖女認定なら教会長に申請すればすぐに通ると思うが」
愛し子だけでも十分人と違い過ぎるのに、さらに聖女とか。やめてほしい。それに今は歌でしか精霊魔法が発動できない。聖女になったら、年中歌うことになる。
「お断りします」
「そう言わずに。愛し子が聖女だったこともあったよな?」
自信がないのか、ウィリアム団長がキースに確認を取る。キースは首を傾げた。
「あまり覚えていませんね。どの聖女です?」
「150年ほど前の歌って踊れる聖女。確か彼女が愛し子だったはずだ」
歌って踊れる聖女、と聞いて、思わず日本で大人気だった派手な金色の着物を着たサンバを思い出してしまった。あんな風な踊りと歌であれば、老若男女問わず人気が出そうだ。しかもノリノリで浄化作業が進みそう。
「歌って踊れる?」
キースはウィリアム団長の言う聖女を思い出せないらしく、難しい顔をしている。
「うーん、名前が出てこないな。まあいい。とにかく状況はわかった」
ウィリアム団長は悩んでも仕方がないと思い出すのをやめると、ブリジットの肩をガシッと掴んだ。反射的に顔を上げ、下からウィリアム団長を見上げる。
「鍵は外れているが蓋が閉まっている状態。使って使って使い倒せば、おのずと蓋は外れるはずだ」
どういうことだろう。
言われている内容がわからず、瞬いた。
「幸いなことにしてここは辺境。山ほど穢れがある。聖騎士も沢山いる。見習いもそこそこいる。失敗しても大丈夫な環境だ」
「確かに?」
言いたいことがよくわからないけれども、ブリジットは頷いた。
「俺は幼いころから騎士になることだけを考えて行動してきた。だからこれは実体験による確証だ」
「はあ」
「つまり、考えているよりは体を動かしてしまった方が突破できるということだ。明日から、頑張って討伐に出かけるぞ」
ブリジットの顔が引きつった。




