◆24 聖騎士、理想と現実に打ちのめされる
魔法の制約が外れる条件を探すために、ということで、ブリジットはキースと共に聖騎士団に行くことになった。条件を割り出すにも、キースだけではなく、他の聖騎士たちにもあたりを付けてもらおうということである。
「王都に行っても大丈夫なの? キースは陛下に目を付けられているのではなかった?」
「聖騎士団は王都だけじゃない。マクラグレン辺境伯領にもある」
マクラグレン辺境伯領はロウンズ伯爵領の二つ隣にあり、第二の王家とも言われる貴族家である。リュエット伯爵家とロウンズ伯爵家はマクラグレン辺境伯家から数代前の当主の弟たちが興した家。そしてここ辺境では、唯一聖騎士団を置いている領地でもあった。
「マクラグレン辺境伯領の教会は確か大きいのよね」
「あそこには聖騎士団が常駐している。聖騎士団の団長がマクラグレン辺境伯の実弟なんだ」
その情報に、ブリジットの妄想が爆発した。
聖騎士団の団長、それから辺境伯の実弟。
ブリジットの知っている聖騎士はキースが基準。
キースは誰もが振り返るほどの美貌の持ち主、さらには清廉で人柄も良い。騎士服をしっかりと着込んだキースは素敵すぎて、いつまでも鑑賞できる。
最初に会った聖騎士がキースであったから、ブリジットは聖騎士とは例外なくキラキラした集団だと思い込んでいた。
振り向くだけで薔薇が周囲に散るような、そんな花のある集団。
キースに出会う前もロウンズ伯爵の娘ヴァネッサからも聖騎士については聞いていた。辺境の地での穢れを浄化する実力集団で、貴族だけでなく平民にも人気が高い。それだけ人格者が多いのだ。
そんな前情報と、キースの美貌っぷりにブリジットの脳は勝手に期待していた。
もしかしたら、乙女ゲームのスチルのような麗しい何かが見られるかも、と。
久しぶりに鮮明な前世の記憶を呼び覚まし、辺境にある聖騎士団の拠点へ行くのをとても楽しみにしていた。
辺境までの長い道のり、転移魔法と馬車で目的地へとたどり着く。
「足元気を付けて。一人での行動は避けてほしい。勝手に入り込まれたと思われると、摘まみだされる」
「ええ、わかったわ」
キースがいくつか注意を繰り返し、ブリジットは上の空で頷いた。どんな聖騎士たちに出会えるだろうと、そればかりに気を取られていた。
キースの手を借りて馬車を降りると、すぐに声を掛けられる。胸が高鳴ったが仕方がない。
「キース、待っていたぞ」
声をかけられて、ブリジットはキースと共にそちらに目を向けた。そこにいたのは、聖騎士団の証のついたプラチナシルバーの甲冑を着たごっついスキンヘッドの騎士。
ブリジットの目が見開かれた。目の錯覚かな、と思い、一度ぎゅっと強く目をつぶってから、ゆっくりと目を開ける。だが変化は何も起こらず、体格のいい聖騎士は人の好い笑みとは言い難い、迫力のある笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ウィリアム団長、お久しぶりです。彼女がブリジット。しばらくお世話になります」
「……ブリジットです。よろしくお願いします」
想像と違う、世紀末の覇者のような聖騎士団の団長。
身に纏っている鎧がプラチナシルバーの色でなければ、きっと極悪人に見えるだろう。
前世の自分がしくしくと泣いているが、現実とはそういう物だ。
「辺境にようこそ。辺境聖騎士団を預かるウィリアム・マクラグレンだ。随分と可愛らしい聖女候補じゃないか」
「ブリジットは聖女候補ではありませんよ」
「そうなのか? キースが護衛になるぐらいだから、聖女だと思っていたんだが」
キースは苦笑しながら否定したが、ウィリアム団長は首を傾げる。ブリジットも勝手に聖女に祭り上げられても困るので、きっぱりと否定しておいた。
「わたしは精霊の森の管理人です」
「なるほど」
にやりとウィリアム団長は人を殺せそうな物騒な笑みを見せた。そして、ブリジットに覆いかぶさるように、少しだけ身をかがめる。突然の距離の近さに、ブリジットはのけぞった。
「精霊の愛し子様でしたか。大変失礼いたしました」
何で、バレている。
ブリジットは目を見開いて固まった。
「まったく、ブリジットは間抜けね。前にキースが言ったことを忘れてたのかしら?」
固まったブリジットにベルが呆れて尻尾で叩いた。そういえば、聖騎士の上層部には精霊の森の管理人イコール愛し子であるという認識があった。すっかり抜け落ちていたブリジットは一人落ち込んだ。
「安心してほしい、愛し子様は保護すべき対象。大っぴらにはしない」
「お願いします……」
自分の迂闊さを呪いながら、ウィリアム団長の心遣いをありがたく受け取った。
◆
興味深くあたりを見回した。ブリジットが育ってきたリュエット伯爵家の屋敷とも、今暮しているロウンズ伯爵領ともまた違う趣だ。
聖騎士団の拠点は大きく、多くの聖騎士が常駐していて、建物は厳つい石造り。砦と言っていいほど。建物を中心に、二重三重の城壁にぐるりと囲まれていた。王都にある城のような華美さはなく、外敵から守るその作りに、ここが辺境で瘴気が多いことを窺い知れる。城壁は浄化の結界にもなっており、周辺に住む人たちの避難場所にもなるらしい。
避難場所と説明されて、首を傾げた。
「ここは瘴気が多いから、短時間で魔物化する。溜まり過ぎた穢れが地から噴き出すこともある。討伐が終わるまで、周辺の民はここで過ごすんだ」
リュエット伯爵領もロウンズ伯爵領も同じように辺境の領地。だけど、常に穢れが側にあるわけではない。実際、ブリジットは魔物を見たことはなかった。
その場所に行ってみないとわからないことが多いのだな、とブリジットは勝手に納得した。
この辺境ならではの事情と合わせて城の中を案内してもらっていると、大きな畑が見えた。城の正面からは見えない後ろにあるため、気が付かなかった。村一つ分、入ってしまうのではないかと言うほどの広さに、ただただ驚く。こうして畑ごと城壁で囲むのは大変なことだ。
「すごく広い」
「籠城するにも食べ物がいるからな。野菜と薬草、それから家畜が飼われている」
ブリジットは興味深く畑を眺める。丁寧に手入れされているが、すべて人の手でやっている。作業しているのは、聖職者と下積みの聖騎士たちだ。所々、騎士の制服でない者がいるが、きっと雇われている人だろう。
作業をしている彼らの様子を眺め、いかに精霊の森の畑が恵まれた魔道具で支えられているかに気が付いた。
「ここにあの便利な魔道具を設置したらいいかも」
「それは」
驚いた顔をしたのはキース。
ブリジットはその反応に勘違いをした。
「あ、ごめんなさい。もしかしたらああいう道具を使うことは駄目なのかしら? 農作業も修行の一環? そういう宗教的発想も悪くないと思うし」
「いや、楽になるならそれに越したことはないぞ」
突っ込んだのはウィリアム団長だ。ブリジットは首を傾げた。
「じゃあ、魔道具を使って管理しても問題ない?」
「もちろん。便利な道具がないから、こうして手作業なんだ」
「便利な道具がない? そうなの?」
精霊の森の畑に使っている魔道具は確かにこだわりの逸品だ。でも、精霊の森の管理人が一から作っているわけでない。てっきり、どこかの誰かがすでに外の世界に広めているものだと思っていた。キースは苦笑しながら、教えてくれる。
「恐らく失われた技術だと思う」
「便利なのに、失われるの? そんなに難しいのかしら? 使っていても複雑な動きをしているわけではない感じだったけど」
便利ならさらに発展させるのが普通ではないのか。
そんな疑問を言えば、キースは頷いた。
「作り方というよりも、魔力操作が必要になる。そうすると、使える人間が限られる」
ブリジットも魔法は使えない。プラムがいるからホイホイ使っているだけだ。キースがこともなく使っていたので、普通の人でも使えるのだと思っていた。
「普通の人はそうだけど、ここにいる人たちは魔法が使えるのでしょう? 魔道具、置いてもいいと思うけど」
「……そもそも精霊の森から持ち出してもいいものなのか?」
「いいんじゃない? 代々の管理人の拘りだっただけだから。予備がいくつか倉庫に転がっていたはず」
プラムが提供した技術というよりも、愛し子としての前世の記憶から作られた魔道具。世間に広めていけないわけではないはずだ。
「ふむ。色々ありそうだが、それについてはまた後で相談しよう」
ウィリアム団長はいったん話を打ち切った。




