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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第三章 同居人

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19/52

◆19 ただ歌っただけなのに、精霊魔法らしい


「ブリジットの歌は精霊魔法の一種だと思う」

「ええ?」


 そんなびっくり発言をしたのはキース。

 精霊たちに気持ちよくカラオケを聞かせて、三日後。

 何か考え込んでいたキースが言ったのは、そんなあり得ない言葉だった。


 魔法は本人の魔力を使うもの。精霊魔法は契約した精霊から自分の魔力を対価に、力を借りるもの。

 魔法は四大元素、風・火・土・水。精霊魔法は自然に呼びかける力。だけども、精霊魔法にも風・火・土・水に働きかける魔法があり、使い方が少し異なるだけだ。


 これは魔法が使えない人たちにとっても、常識的な話。


 ちなみに、この世界。小さな魔法も使える分類に含めるなら、九割ぐらいの人が使える。そして精霊魔法が使える、つまり精霊と契約できる人は貴族が多い。精霊は魔力を報酬として受け取るので、自然と魔力の多い貴族が契約するのだ。とはいえ、単純に魔力の量だけで決まるわけではないらしく、精霊次第といったところ。


 ブリジットは二年前の成人の儀式のとき、精霊魔法が使えるようにならないかと期待をしていた。だけども、現実はそう甘くなく。魔力が多くても、精霊と契約できるほどではなかった。

 前世を思い出したことで、精霊の愛し子認定されたことで、プラムが契約してくれただけ。だから契約した後も魔法なんて使ったことはない。


「精霊魔法は精霊の力が必要でしょう? プラムが力を貸してくれたの?」

「ボクは貸していない。それに、ボクがブリジットの力を受け取ることはできるけど、ブリジットは自分で魔法が使えないでしょ。キースの勘違いじゃないの?」


 精霊魔法を使うのは精霊ではない。明確な説明に、ブリジットも頷いた。


「でも、精霊魔法でないと説明がつかないんだ」


 正論をぶつけられても、キースは精霊魔法の一種だと言い張る。

 どうしてそんな結論に至ったのか。ただただびっくりしていると、キースが説明する。


「実は、精霊たちと一緒に聞いた歌で、穢れが少しだけ弱くなった」


 そう言って、躊躇いなくシャツのボタンを外す。はだけた胸元には、どす黒い穢れとプラムとベルの封印の印が見える。興味はあったが、流石に前のめりに彼の肌を見るわけにもいかない。

 ブリジットの戸惑いに気が付かず、キースは肌にある封印をよく見てほしいという。


「ほら、少し薄くなったと思わないか?」


 そう言われてしまえば、見ないわけにもいかない。ブリジットはひどく真面目な顔をして、封印だけを見つめた。


 禍々しい黒と紫が混ざったような拳大の痣が封印の印の中にある。それは初めて見た時と何ら変わらないような気がした。


 薄くなったと思っているのは本人だけではないのだろうか、と首をひねる。


「気のせいじゃない? わたしにはあまり変わったようには見えないけど」

「でも、痛みはなくなっているんだ」

「時間が解決したのではないかしら? ここは精霊の森だから、浄化作用はあるはずよ」


 ブリジットとしては、歌に効果があるとは思っていなかった。しかも歌ったのは、讃美歌でもなんでもなく、前世のポップスだ。精霊たちは気に入ってくれているだけで、歌の力など見出せない。


 笑い飛ばして終わる話。でも、プラムは食いついた。


「キースは精霊魔法の一種だと思うんだよね?」

「ああ。しかも浄化に特化した力だと思う」

「ボクたちもブリジットの歌を聞くととても元気になるんだ。だから特別な力だと思っている」

「興味深い。愛し子だからということもあるのかもしれない」


 勝手に話が膨らみ始めて、ブリジットは慌てて二人の会話に割り込んだ。


「ちょっと待ってよ。わたしの歌にそんな力はないわよ」


 プラムはふわりと空を飛び、ブリジットの目の前にやってくる。


「だったら、歌ってみて!」

「え!」

「封印を見ながら歌ってみれば、変化がわかるでしょう?」


 プラムがキラキラした目を向けてくる。そして、キースも期待に満ちた目で見てくる。


「一度でいい、歌ってほしい」


 結局断ることができず、ブリジットは歌うことになった。


 期待に満ちた三対の目をできる限り意識しないようにして、歌い出す。


 選んだ歌は高校の合唱祭で歌ったもの。当時の音楽の先生の趣味で選曲されたものだ。明日が混沌として、先が見えなくても一歩一歩足を踏みしめてがんばろー! というメッセージが込められている。


 一度歌い出してしまえば、気持ちよく歌えてしまう。

 歌いながら、前世での記憶が浮かび上がってくる。プロでも何でもなかったけれども、歌が好きで、年中歌っていた。そんな、どこにでもあるような日常が蘇り、平和で幸せだったんだとしみじみ思う。


 調子に乗って、もう一曲、とキースを見れば、彼の胸にある封印の魔法陣がくるくると輝いている。あり得ない状況に、ブリジットは歌うことを忘れ唖然とした。


 魔法陣の中心にある穢れが溶け出し、光と共に散っていく。光は次々に穢れを取り込んでいく。


「やっぱり、ブリジットの歌に反応している」

 

 どこか嬉しそうにキースは自分の封印に触れた。光は徐々に弱くなり、消えていく。

 浄化がなされたのか、色は先ほどよりもほんの少しだけ薄くなっていた。気のせいかもしれないというレベルだけど。


「……本当にわたしの力なの? どういうこと?」


 半信半疑になってしまうのは仕方がない。ブリジットは魔法が使えないはずだから、これが証拠だと言われても信じられない。頑なに信じようとしないブリジットにキースは訊ねた。


「ブリジットの両親は貴族?」

「ロウンズ伯爵から聞いているんじゃないの?」

「いや、聞いていない」


 仮婚約の話をしたぐらいだ。きっと話しているのだろうと思っていたが、そうではないらしい。どこまで話すのが正解なのか、わからない。だからふんわりとした事情だけ伝えることにした。


「わたし、生まれてすぐに養女になったので、本当の両親のことはよく知らないの」

「母親は?」

「元々は平民だったみたい」


 キースはなるほど、と頷いた。


「もしかしたら、両親の属性の組み合わせが悪かったのかもしれないね」

「属性の相性?」


 そんなものがあるのかと目を丸くした。


「魔法が使えなくても、生活には支障はない。だから、あまり知られていないんだ。例えば、父親が火の属性で、母親が水の属性の場合、どちらの属性も持って生まれることがある。その中でごく稀に、属性が反発し合って、魔力を持っていても魔法が発動しないことがあるんだ。もちろんどちらの属性も持っているから、鍛錬すればちゃんと使えるようにはなる」

「そうなの?」

 

 初めて聞く内容に、びっくりした。リュエット伯爵が方々手を尽くしてくれていたにもかかわらず、原因不明と判断された。魔力を持ちながら魔法を使えない人はブリジットも聞いたことがなかった。

 

「ああ。実際そうして両方使えるようになった騎士もいる」

「え! じゃあ、わたしも使えるようになるのかしら?」


 魔力はあるのだから、使いたいと思っていたブリジットはキラキラした目をキースに向けた。キースはにこりとほほ笑む。

 

「もちろん。鍛錬はとてつもなく大変みたいだけどね」


 鍛錬の大変さで期待がしぼんだ。そこまで苦労して身につけたいわけではない。簡単ではないのなら、現状でも十分だ。


「諦めるのが早いわね」


 ブリジットの心の動きに、ベルが呆れたようにしっぽを振った。


「今でも不自由はないから。プラムに頼めば魔道具は使えるし」

「向上心、なさすぎ」


 ブリジットは肩を竦めた。熱意がないのは仕方がない。


「でも、魔力は多い。一度も魔法の勉強はしなかったのか?」

「幼いころ少しだけ。でも、初歩の初歩もできなかったから、すぐに無駄ということになって」


 幼い頃、魔法を使う義兄のテイラーに自分も使いたいと強請ったことがあった。テイラーは義父にお願いして、テイラーの家庭教師に学ぶこととなったのだが。魔力さえ認識できない状態で、無駄な学びと家庭教師に一刀両断されたのだ。

 あの時はショックが大きくて、泣いて、熱を出して寝込んでしまった。その後だ。リュエット伯爵が色々な人に聞き始めたのは。


「少し魔法を習ってみないか? ブリジットの歌には浄化の力があると思うんだ」

「浄化の力? わたし、聖職者でもないのに」


 歌に力があるのは何とか呑み込めても、浄化の力があるかと言われれば疑問しかない。


「キースに習ってみたら? 魔力が動かせるようになるだけでも、魔道具が使えるようになるから儲けものだよ」

「プラム」


 大人しく話を聞いていたプラムが口を挟んだ。どうやら彼はブリジットが魔法を習うことに賛成のようだ。今までは自分がいるからしなくてもいいという雰囲気だったから、ちょっと驚く。


「しばらく勉強して、無理そうなら辞めたらいい」

「そういう問題?」

「とりあえず、やってみることは大事」

 

 言いくるめられた感じがしたけれども、魔法が使いたいと思っていた過去の自分もいる。できれば、過去の愛し子のように魔法で色々なことをしてみたい。

 出来なければやめたらいい、と一歩前に出ることにした。

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