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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第三章 同居人

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18/52

◆18 つい乗せられて、歌って

 精霊の愛し子だとバレてしまってから、生活はほんの少しだけ変わった。


 朝は必ずと言っていいほどキースの方が先に起きていて、家のことをほとんどやってくれるようになった。

 おかげで、ハーブのパウンドケーキとカステラは前よりも倍の数を焼くことができている。お店に沢山置ける、とアーサーはとても喜んでいるし、すごく助かっている。


 だけど、本調子ではないのはわかっているので、あまり無理してほしくはない。

 家のことなのだから一緒にやろうと言ってみても、ブリジットの提案はキースに受け入れられることなく。


 今日こそは先に起きて準備をしようと、いつもよりも一時間も早く起きた。なのに、リビングにはすでに寛いでいるキースがいる。しかも朝のルーチンが終わったかのような雰囲気。


「おはよう。今日もキースの方が先に起きている。そんなに朝早くから何をしているの」

「朝は鍛錬しているんだ。ブリジットはもう少し寝ていていいのに」


 どうやらもう一仕事終わった後らしい。ちょっと悔しくて、起きている時間を聞いた。今度こそは早く起きたい。


「ねえ、何時に起きているの?」

「それは秘密だ。教えると、無理に起きてくるだろう?」

「……」


 図星を指されて、黙り込む。キースは立ちあがると、ブリジットに座るように促した。


「コーヒー淹れるから、座って」


 素直に座って、キースの後姿をじっと観察した。本調子でないのか、動く姿は少しぎこちない。


「具合の悪そうな人に面倒を見てもらうなんて。わたしが落ち着かないのだけど」

「夜、しっかり眠れるようになってきたから、辛さはほとんどないよ」

「そんなにも顔色が悪いのに?」


 本当に大丈夫なのだろうかと、キースを見つめる。彼はふわりとほほ笑んだ。

 その笑顔にどきまきする。

 ブリジットがキースの笑みに弱いことに気が付いてから、自分の意志を通そうとするときには微笑むようになった。


 イケメンに弱い自分が悪いのか、キースがずる賢いのか。変に意識しすぎて、挙動不審になる。ちょっとの笑みで狼狽えてみっともないと思っても、どうしようもない。キースはとにかくすべてが満点だ。やることなすこと、王子様すぎる。


「痛みは時々ある。でも、ほんの一瞬だ」

「……そう」


 これは本当なのだろう。


「はい、どうぞ。やけどしないように」

「ありがとう」


 キースからコーヒーカップを受け取り、シュガーポットを引き寄せる。大量に砂糖を流し込み、さらにミルクを投入した。ほとんど、コーヒー牛乳である。ブリジットが大量に砂糖とミルクを入れるので、キースはいつも零れないようにコーヒーは半分ぐらいしか入れない。


「いつ見ても、すごい量を入れるね」


 初めて一緒にコーヒーを飲んだ時には、キースの目が落ちてしまいそうなほど目を見開いていた。砂糖とミルクを使わずに飲むキースには信じられない嗜好のようだ。


 くるくるとスプーンでかき混ぜてから、一口飲んだ。


「はあ、甘くて、おいしくて、幸せ。これがあるだけで、一日何とかなりそう」

「気持ちはわからなくもないが、不健康だ。軽食作るから、ちゃんと食べて」


 渋い顔をして、キースは立ち上がった。その彼を止めるようにブリジットは声をかける。


「朝から固形物は食べられない」

「その甘い飲み物で済まそうというのが駄目だ」

「じゃあ、果物を」


 朝からしょっぱい食事をしたくないブリジットは果物を食べると言い出した。だが、それもキースは首を左右に振る。


「ブリジット、食事はちゃんととらないと」


 そう窘めてから、キースはキッチンに立つ。卵とベーコンを冷蔵庫から取り出し、手際よくベーコンエッグを作った。そして薄く切ったパンをフライパンで軽く焼く。美味しそうな匂いがダイニングに立ち込めた。


 あっという間に軽食が運ばれてきた。わざわざスープとサラダまでついている。どこかのお洒落カフェのような出来栄え。

 料理経験は野営料理だけと胸を張っていたのに、数日、ブリジットの手伝いをしただけでできるようになってしまった。もしかしたら、キースの方が腕はいいかもしれない。なんせ、ブリジットではこんなお洒落に盛り付けることはできない。


「……ありがとう」

「さあ、食べて。お代わりもあるよ」


 仕方がなく、フォークを手に取った。乗らない気分でちまちまと食べていると、ふらりとプラムが現れた。


「ブリジット、これから森の奥に行くよ!」

「行かない。今日は薬草畑の手入れをしないと。明日収穫できない」

「一日ぐらい、問題ないよ! だから今日は歌を歌いに行ってほしい」

「歌?」


 てっきり薬草を採りに行くつもりなのかと思っていたら、違っていた。ブリジットはプラムに詳しく話を聞く。


「精霊の森がブリジットの歌を聞きたいって騒いでいて。そろそろここの生活も落ち着いたみたいだから、行ってもらいたいんだ」


 どうやらキースが無理やり飛んできた時に歌った曲が気に入ったらしい。それに歌を聞いていると気力が満ちるそうだ。

 流石、あんとぱんのヒーローの歌だ。異世界でももれなく希望に満ち溢れている。


「理由はわかったけど、でも今日は手入れの日。明日納品した後に歌いに行くわ」

「今日じゃないとダメだよ。森が暴走する方が面倒くさい」

「うーん」


 勝手に変更していいのかと、ブリジットの眉が寄る。薬草の納品日に合わせて、役所の方も薬師を待機させている。要するに、予定を変更すると何人かの予定も変わってしまうのだ。

 今まで精霊の森がお願いしてくることはなかったから、こういう事態は起きなかった。どうしたものか、と唸った。


「でもね、プラム。仕事の納期は守らないと。他の人にも影響するから」

「ブリジットは精霊の森の管理人でしょう? 薬草はあくまでついでの仕事のはず。優先順位は精霊の森の方が高いんだよ」

「優先順位。そう言われてしまえば、問題ないような気もしてくるけど」


 うんうんと唸りながら、ベーコンを口の中に突っ込んだ。


「僕も手伝うよ」

「キースは怪我人。あまり動いてもらいたくない」

「無理はしない。二人で畑仕事をすれば、すぐに終わるだろう?」


 少し強引な感じがして、ブリジットはキースを見た。彼は何か聞きたそうな顔をしている。


「歌とは何か聞いても?」


 歌が気になると言われても。ブリジットは肩を竦めた。


「歌ったのは一度だけよ。気に入ってくれたみたいだけど」

「僕も聞きたい」

「え、何その罰ゲーム」


 イケメンの前であんとぱんのヒーローの歌など、歌えない。顔を引きつらせると、キースが不思議そうな顔をする。


「精霊の森が望む歌、気になるじゃないか」

「そうかもしれないけど……上手じゃないから聞かれるのは恥ずかしい」


 積極的に聞かせたくない気持ちを素直に話した。


「ブリジットは上手だよ! ボクは大好き!」

「プラム、ありがとう」


 プラムの励ましに、お礼は言うものの。多分プラムが好きな理由はブリジットが上手だからではない。


「プラムが好きだというのなら、声に力が乗っているのかもしれないね」

「どういうこと?」

「聖職者たちの祈りに近いと思う」


 聖職者の祈りを込めた祈祷は荘厳で素晴らしいと聞いている。ブリジットは一度も立ち会ったことがないので、その素晴らしさは人伝えだ。そんな素晴らしい祈りと同列に語られて、顔をひきつらせた。


「わたしは気分がいいから歌っているだけだから。そんな特別な力が入っているとは思えない」

「そうなの? 貰った魔力は最高に上質だったのに?」


 ベルが不思議そうな顔をした。ブリジットは何とも言えなくて、話題を変えた。


「キースは聖騎士だから、特別な祈りをするの?」

「聖騎士は聖職者とは少し違う。精霊を信奉しているのは同じなんだが、聖騎士は守る者で、聖職者は祈る者なんだ」

「なんか、難しい話になった」


 ブリジットはむむむ、と眉間を寄せた。聖職者と聖騎士、どちらも教会という組織に属しているものとしか捉えていない。


「それほど難しいか? 特殊と言えば特殊だが、貴族と騎士と同じぐらい違う」

 

 キースはブリジットの感覚がよくわからないのか、首をひねっている。


「とりあえずブリジットは食事をちゃんと食べる」

「うっ」

「食べにくいなら、食べさせようか?」


 そう言って、意味ありげにほほ笑まれた。言われたことが呑み込めなかったブリジットは目を丸くした。


「え?」

「食べさせてもらうと、食が進むだろう? 試してみようか?」

「大丈夫です、間に合っています。ちゃんと自分で食べます」


 家族でも恋人でもない異性に食べさせてもらうなど、あっていいわけがない。ブリジットはハイペースで残ってた料理を口の中に入れた。


「ちゃんと咀嚼しないと、喉に詰めるよ」

「誰のせいよ。余計なことを言うから」

「でも食べる気になった」


 揶揄われているんだろうか。

 男女の距離なんて前世も合わせて知らないし、この世界では親兄弟でも適切な距離を保つ。キースが近すぎる。

 好みの顔で、好ましい性格で、大切な人として扱ってくれる。一緒にいるたびに、ぐんぐんと好感度が上がっている。

 恋愛感情なんて持たないと思っていても、芽が出始めそうだ。


 優しい笑顔であーん、なんてされたくないブリジットは最後の一口まで残さず食べた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


 食事の話で歌の話が有耶無耶になった。

 ブリジットはプラムの希望通り、出かけるつもりでいたが、キースが簡単にあきらめるわけもなく。


「では、畑の手入れをしたら、一緒に森の奥に行こうか」


 先に先手を打たれた。


 ◆


 結局、怪我人のキースを働かせるわけにもいかず。畑仕事は後回しにして、プラムを先導に、森の奥にやってきた。もちろん途中で愛し子限定のショートカット機能を使って。

 

 「二人とも、着いたよ!」


 プラムがはしゃぎながら少し開けた場所へと飛んでいく。プラムが姿を見せたことで、沢山の光が飛び交う。精霊と言っても、まだ形になっておらず、光が点滅しているだけだ。


「すごい精霊の数だ」

「この間はこれほどいなかったのに」


 そもそもこの精霊の森にこんなにも精霊がいたなんて、知らなかった。

 びっくりして立ち尽くしていれば、精霊たちが中央に誘う。


「歌って」


 そう願う精霊たちの声があちらこちらから聞こえる。


「ブリジットの歌が好き」


 ブリジットは小さな光たちに乗せられてしまった。

 キースとベルがいることをすっかり忘れ、気持ちよくアカペラを披露したのだった。

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