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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第三章 同居人

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◆14 久しぶりの誰かと一緒の食事

 キースが精霊の森にやってきた夜。

 ブリジットは少しだけ頑張って料理を作った。もちろん前世のレシピ使用。


 この世界は異世界の魂を持つ精霊の愛し子がいるおかげか、食事は不味くない。中世ヨーロッパの世界ならば、身分によって食べられる食材は異なるし、パンだって明確に差がある。飲み物も基本ワインもしくはエールだ。そんな地球の中世ヨーロッパではないのは、適当に異世界の進んだ文化を取り入れているおかげに違いない。


 とはいえ、貴族が食べるような手の込んだ食事をブリジットが作れるわけもなく。

 さんざん悩んだ挙句、出した食事はここに来てから作ってきたものにした。それ以外のものを用意しろと言われても、無理。


 手早く料理を作り、ドキドキしながらキースの前に料理を並べた。

 ジャガイモとチーズとベーコンの入ったオープンオムレツに、野菜と腸詰のポトフと手作りの丸パン。それからデザートには畑で採れた果物。オムレツには手作りのトマトソースだ。

 ちょっといいお皿に盛りつけてみたが、絶対に貴族の食事ではない。それに、男性には物足りないメニューかもしれない。肉はあまり食べないので、これ以上出せないのだが。

 

 キースが口にしてくれるのか、不安に思いながら目の前に座る彼をじっと見つめる。ブリジットの視線を気にすることなく、彼はフォークとナイフを手に取った。


「とても美味しそうだ」

「お口に合えばいいのだけど」

 

 嬉しそうに笑い、キースはオムレツを一口、口に入れた。一瞬、動きが止まったがすぐに動き出す。しっかりと咀嚼して、味わいながら飲み込んだ。見ている方も幸せになれるほどの笑みを浮かべる。


「これはシンプルなのに美味しい。卵に具材を入れるなんて、初めて食べた」


 卵に具材、と言われて首を傾げた。もしかしたら、この世界には卵に具を入れないかもしれないと思い至る。

 リュエット家の食卓を思い出しても、オムレツはふわふわの木の葉型だ。確かに混ぜ物が入ったものを一度も見たことがない。

 まさか前世のレシピですと言えるわけもなく、適当な理由を述べた。

 

「一人暮らしだから、フライパンひとつで済ませることが多いの」

「僕にも作れるかな?」

「炒めた具材に溶いた卵を流し入れて焼くだけだから、誰にでも作れると思う」


 簡単に作り方を説明しつつも、キースが自分で作らなくてはならない事態など、ほとんどないのではないかと疑問に思う。キースはブリジットの不思議そうな顔を見て、説明してくれた。

 

「聖騎士は辺境へ討伐に行くことが多い。その時、持ち回りで料理を担当するんだ」

「野営料理?」

「そう。基本は焼く」


 何を焼くのだろう。やっぱり肉だろうか。

 聖騎士たちが野営地で、調達した獣肉を捌いて焼く様子を想像する。彼らの手にするのは、豪快なマンガ肉。大きいと火の通りが悪そうだが、この世界には魔法がある。火の魔法を使えばきっと時短できる。


 前世で読んだ異世界グルメ物を聖騎士たちに当てはめて、物語のような現実にワクワクしていれば。


「焼くのはキノコだ」

「……キノコ」

「時期が合えば、木の実の時もある」


 あまりの草食ぶりに、ブリジットははっとした。


「もしかして、聖騎士は食事に制約があるの?」


 聖騎士は教会に属する。聖職者と同じように戒律で食べ物が決められていてもおかしくはない。同時に、今日のメニューも大丈夫だっただろうか、と心配になる。


「聖騎士には食事の制約はないよ」

「よかった。でも、野営で肉を焼かないのはどうして?」

「浄化が必要な場所には食べられる獣類はいないんだ。それに、たとえ食べられる獣が獲れたとしても、その場で捌くと血が出る。穢れが深くなってしまうんだ」

「へえ。でも、キノコと木の実だけでは体力が持たないんじゃない?」


 キノコを大量に食べたとしても、力は出ないだろう。この世界の携帯食を思い浮かべた。前世ほどではないが、それなりに進化している。もしかしたら討伐用の携帯食があるのかもしれない。


 だが、キースの口から出てきたのは、想像していた携帯食ではなかった。

 

「キノコは雰囲気を変えるための添え物だね。基本は干し肉と乾かしたパンだ」

「……どちらも硬くて食べにくそうだわ」

「その二つを沸騰したお湯に入れて、柔らかくして食べるんだ」


 調理も何もない原始的な料理に、不味そうなイメージしか出てこない。

 ブリジットはリュエット伯爵家で暮らしていた頃、一度だけ干し肉を齧ったことがある。酒の肴だとリュエット伯爵が美味しそうに食べていたから、好奇心から齧ってみたのだが。ただただ塩辛いだけだった。大人の味というよりは、血圧を上げるだけの食べ物だ。


 よほど変な顔をしていたのだろう、キースが笑う。


「味は二の次。とにかく食べることが大事なんだ」

「そうかもしれないけど。どうにかならないの?」


 前世日本人がいたのなら、携帯食にこだわりを持っているはずだ。現に、インスタントコーヒーもカップスープもあるのだから、温めるだけで食べられるレトルトもあるはず。

 そう思って聞いてみたが、キースは不思議そうに首をひねった。


「温められるだけで食べられる料理? 聞いたことはないな」


 キースはこの国の中央にある聖騎士団に所属している。そして、その身なりの良さから、出自はとても身分が高いはず。そんな彼が知らないというのなら、もしかしてレトルト食品はないのかもしれない。


 もしかしてこれは事業の種なのでは!? とブリジットは心躍った。ようやく前世の記憶が役に立つ日が来るのではないかと期待が膨らむ。とりあえず、キースから情報を引き出そうとさらに質問を重ねた。


「インスタントスープは知っている?」

「ああ。インスタントスープは知っている。でも、干し肉やパンを柔らかくする必要があるから、あまり人気がないんだ」

「どういうこと?」


 よくわからなくて聞けば、インスタントスープで干し肉を柔らかくするのは美味しくないと教えてくれる。確かにコーンスープに干し肉を入れてもまずいとしか思えない。


「干し肉を使うことを考えると、塩とハーブの方がまだ美味しくできる」

「なるほど。うーん、難しい。商売になると思ったのに」

「商売?」

「そう。管理人の仕事があるから、生活には困っていないんだけど。何か自分の力でしてみたくて」


 できれば、前世の記憶をフル活用して、知識チートをしたい。でもすでに何でもかんでもそろってしまっている世界。


「自分の力で? それはすごい目標だ」

「できれば世界が驚愕するような何かがあればいいんだけど」


 世界が驚愕と聞いて、キースは目を見開いた。


「世界? 随分と規模が大きい」

「夢は大きく、ってね。でもちょっとしたことも思いつかないから、気持ちだけだけど」


 知識チートしていた人たちはタイミングも良かったのだろうけど、目の付け所も良かった。いや、やっぱりタイミングか。

 異世界転生定番の、唐揚げもすでに屋台で売っているし、前世日本人垂涎の品、米だってある。


 世の中やっぱり甘くないなぁ、と苦笑しながらも、ブリジットはキースとの会話を楽しんだ。

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