13.オリヴィアは学ぶ
ティアラ様を泣かせてしまった日に、ダリエル侯爵家とフォルスター伯爵家の縁談は決まり、わたしたちの婚約は正式に王家へ上申され、国王からの許可を得た。
心配していたティアラ様は翌日からもちゃんと宮殿に出仕してくれたので、わたしは胸を撫でおろした。
あいかわらずアーサー様の前では猫をかぶり、わたしにはつれない態度だけれども、やり直したオルブライト領の書類は一日で完成させてくれたから、ティアラ様は進歩している。
「すごい! すごいですティアラ様!!」
「三十分でできる人に言われても……」
「いいえ、やり遂げたことがすばらしいんですよ。だって初めてなんですから」
「……ふん」
同じ領地の書類を二度作成したことで、ティアラ様にとっては復習の機会になったらしい。同程度の規模・産業・地理であれば迷わず資料との紐づけができるようになったため、追加で三領地を任せた。
ティアラ様に教える時間と、ティアラ様が引きとってくれる仕事の量は均衡し、わたしたちは残業から解放された。
その時間は婚約発表の準備に充てられた。
とはいっても、貴族各位に招待状を出してダリエル侯爵邸で披露目をする正式な婚約発表は数か月後。今は、身内だけを誘って内輪のものだけだ。
準備のためにミリアお姉様がフォルスター家に戻ってきてくださったので、わたしはお化粧を教えてもらうことにした。
本当は、ティアラ様にお願いしたかったけど……「教えるわけないでしょ!?」とすげなく断られてしまった。ちょっと顔が赤かったから、照れているのかもしれないけど。
***
「はい、いいわよ」
お姉様の声に、おそるおそると目を開く。
魔物か、人間か……そう思いながら鏡の中の自分と目を合わせたわたしは、そのまま驚きに目を見開いた。
「こ、これがわたし……!?」
まさか人生でこの台詞を言う時がくるとは。
「め、目が、ぱっちりしてる……! 髪も、しっとりしてる……!?」
「オリヴィアは控えめなほうがいいでしょ? ナチュラルメイクってやつよ。アイラインで輪郭をはっきりさせつつ、アイシャドウは落ち着いたブラウンだけ。眉も地毛と同じベージュでぼかし気味に」
「ま、待って! メモするから!」
「メモするほどのことじゃないと思うけど……」
「髪は!?」
「これは昨日の夜のトリートメントと、乾かし方よ。あと傷んだ毛先もちゃんと手入れしないと」
用語の時点でよくわからないのでやっぱりメモは必要だ。
「ドレスも、別に苦手なら肌を見せなくってもいいのよ。首や肩はレースで隠せばいいし、髪もアップでなくていいし」
「そうなのね……」
そんなこともわたしは知らなかった。尋ねようともせずに、自分とは縁遠いものだと思い込んでしまった。
けれどそれが間違っていたことに気づかせてくれたのはティアラ様だ。
お化粧や髪型、ドレスを変えることでまったく別の雰囲気を作り出していたティアラ様は、きっとおしゃれの技術に精通しているのだと思った。……そしてそれが〝技術〟であるならば、わたしにも真似ができるのかもしれない、と思わせてくれた。
現に、お姉様の施したお化粧は、右も左もわからないまま塗りたくった以前のわたしの化粧とはまったく違うものだった。
「オリヴィアはわたしたちの中で誰よりも優秀なのに、妙に要領の悪いところがあって……アーサー様と結婚すると聞いたときはどうしようかと思ったけど」
ミリアお姉様は眉間に皺を寄せて難しい顔になった。
普段は美人のお姉様だけど、そうするとお父様にそっくりだ。
その表情がふとほころび、
「オリヴィアに綺麗になりたいと思わせてくれたんだもの、お礼を言わなきゃいけないかもしれないわね」
「……うん」
わたしは照れくさくなってうつむいてしまった。
***
翌日、お化粧をし、髪型もお姉様に整えてもらったわたしに、アーサー様はぽかんと口を開けた。
表情が出てるの、めずらしい。
「……あの、やっぱり変でしょうか?」
「いや、そうじゃない」
アーサー様は口元を押さえた。
「アーサー様にはもっとふさわしい方がいらっしゃいます。それはわかっていますが、今はやはり少しでも釣り合いを――」
「俺に必要なのは君だけだ」
どきり、と心臓が鳴った。
どういう意味かを、尋ねたい気持ちと、尋ねたくない気持ちが入り乱れる。
……仕事上、必要な相手だ、ということにしよう。
そうでないと、わたし、もっともっとアーサー様を好きになってしまう。
そう思ったのに、
「普段とは違うオリヴィアを見て……かわいいと思って、惚けてしまったんだ。すまない」
頬をわずかに染めたアーサー様が、そんなことを言うから。
わたしはしばらく床を見つめたまま、硬直していた。





