九十六話 やるべきこと
「…………なに、これ……」
2人の尋常じゃない衝突に私は完全に脅され、全くと言って良いほど体が固まってしまっていた。
そして、その衝突が明けた頃には………どちらの魔力防壁も壊れ、揃ってその場に倒れ込んでいった。
「ふ……2人とも、大丈夫なのっ!!?」
忘れていた息を再開させ、私は2人のもとへ駆け寄った。すると……ウルスくんが体を寝返りを打ち、カリストへ指をさした。
「俺は……大丈夫、だ。カリストに、回復魔法を……」
「わ、分かった……癒せ、『ヒーリング』!」
ウルスくんの指示に従い、私はカリストに回復魔法をかける。そして、ピクりとも動かない彼の体に触りながら容体を測る。
「……気絶してる…………?」
「流石に……無茶しすぎたん、だな。でも、多分大丈夫……だろう。」
「ウ、ウルスくん……動かない方が……!」
私がそう言うも、ウルスくんは心配ないと言わんばかりに体を起こして立ち上がった。
「心配…………ない。慣れてるからな。」
(な、慣れてる……?)
『魔力切れに慣れてる』ってこと……? じゃあもしかして、いつもこんなになるまで自分を…………
『……苦しいのは、当たり前なんだ。お父さんの魔法は難しいし、1日や2日ぐらいじゃ絶対できない……毎日必死にやらないと、できないんだ。』
(……………。)
「…………ウルスくん。」
「……何だ?」
「……さっき、目標って……夢って言ってたけど、ウルスくんにも夢があるの?」
『俺もあいつも、強くなりたいんだ。目標のために…………夢の、ために。』
彼のこの言葉に、私は息を詰まらせてしまった。
似ていると、思ったから。
「…………前に、俺とミルは孤児だって言ったよな。」
「……うん、一緒に育ててもらったって……」
「ああ……あの時は特別悲しいことがあったわけじゃないって言ったが…………やっぱり、血の繋がった人がいないのは……寂しいんだ。」
「……さび、しい…………」
ウルスくんらしくない感情に、私はつい真似をするように呟いてしまう。そんな呟きに答えるように彼は話し続ける。
「もちろん、助けてくれたあの人には感謝しても仕切れないし、今でも師匠として尊敬してる。」
「……………」
「でも…………どうしても、親とは思えないんだ。俺にとってあの人は強い人で、優しい人で……親のような人なんだ。」
天涯孤独……口にするのは存外簡単なものだが、いざそれが自分のことだと思い、言葉にするには……………嘘でも、無理だ。
「………………ミルは、泣いてたんだ。」
「……………ぇ」
『うん……私たちってもう友達でしょ? だから、これからは私のことをミルって呼んで! 私もライナって呼ぶから!』
『フィーリィアさんは夏か冬、どっちが好き?』
『おお、これで2対2だ!』
『そう、自信……自信を持とうよライナ! 後悔じゃなくて活かそう、まだここから私たちは強くなれる!!』
(………ミル……)
……いつも元気で、明るく笑っていたミルも泣いていたなんて…………想像もできない。
誰とも深く関わろうとしなかった私に、初めて対等に……友達として接してくれた、あのミルが…………
「嫌なんだ、俺は。誰かが……大切な人が泣いて、悲しむ姿を見るのは…………イヤなんだ。」
「……ウルスくん…………」
「だから、夢……っていえるほどじゃないが、やりたいこと……やるべきことはある。」
ウルスくんはそう言って立ち上がり、私から体を背けてしまった。
『……いや…何でもな、い……?』
『…………駄目だ。俺は行かないと……いけないんだ。』
(……なんで…………?)
本当に、似ている。声色も、立ち振る舞いも…………悩んでいる時の雰囲気も、全部同じ。
そんな彼に、私は面影を重ねてしまうしかなかった。
「…………ウルスくんって、ウルくんなの?」
「………………………
…………違うぞ。」
無機質に…………当たり前のように、そう言われてしまった。
「…………ミルから聞いたよ。ライナを助けてくれたのがその『ウルくん』って奴だってこと、そいつがライナの昔馴染みだったってこと…………そいつと俺が、似てることも。」
「そう……なん、だ…………」
「…………ああ。俺は、『ウルくん』じゃない。」
ウルスくんは顔を見せないまま、頭を横に振る。
「あの時、俺はミルたちと一緒に居て仮面から逃げてたんだ。俺に転移は使えないし……仮面の奴らを圧倒する力も持ってない。」
「……ウルスくんなら倒せちゃいそうだけどね。」
「買い被らないでくれ…………俺は、ライナを守れるほど……強くないんだ。」
(…………っ………)
謙遜のような、否定するような口ぶりに……私の胸は何故か、痛かった。
(何で…………?)
堪らす私の目は何かを流してしまいそうになるが……何とかそれを留めさせて、彼に失礼なことを言ったと謝る。
「……ごめんね、変なこと言っちゃって。」
「いや…………大丈夫だ。」
ウルスくんはそう言って、こちらを振り返って近づき、カリストの容体を診始める。そんな彼の表情はいつものように凛々しく、迷いを見せない真っ直ぐな瞳をしていたが……どこかよそよそしく、いつも以上に距離を私に感じさせてきた。
そして、彼は1つだけ私に尋ねた。
「…………ライナにとって、その……『ウルくん』は、大切な、人…なんだよな?」
「うん、もちろん。」
遠慮気味に聞かれた質問に、私は一切の躊躇なく答える。
「ウルくんは、私にとって夢で…………何よりも大切な幼馴染だよ。」
「……そうか。」
「うん……だからまた絶対に会いたい、一緒に過ごしたい。」
「…………でも、『ウルくん』はライナから逃げたんだろ? それでも……会いたいのか?」
「関係ないよ、そんなこと。」
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「ウルくんは『行かないといけない』って言ってた。それって多分、死にかけてた私の前に現れたのも、すぐに消えたのも何か訳があると思うんだ。だから…………ウルくんはウルスくんのように『やるべきこと』があるんだと思う。」
(……………。)
「その『やるべきこと』が終わったら、絶対また私の前に現れてくれる…………そう、信じてるから。」
……………………。
「…………………そう、か」
揺らぎそうな意志を、何としてでも磔て正当化させる。
『正体を明かしてしまえば、変わってしまった俺をきっと恐れるから』………………と。
「………う、ぁ………?」
その時、呻き声のような音が聞こえる。その主は……もちろんカリストだった。
「あ……カリスト、気がついた?」
「あ、ぁあ……? 何で俺は………?」
「お前は魔力切れで倒れたんだ……覚えてないか?」
「……いや…………覚えてる、結果は……どうなったんだ?」
まだ完全に回復していないのか、苦しそうに頭を抑えながらそう聞いてくるカリストに、俺は簡潔に答える。
「引き分けだ、同時に魔力防壁が壊れたんだよ。」
「同、時…………クソっ、同時かよ……」
引き分けの言葉に、カリストは悔しそうに繰り返し呟く。だが、その朧げな目はどこか嬉しそうでもあり、何かを噛み締めているような色でもあった。
「…………嬉しそうだな。」
「……はぁ? 何言ってんだ……まだ、俺はお前に、勝って……無いんだ。」
「なら、またいつか勝負するか?」
「当たり、前……だ!」
力強く、彼は言う。
「俺の……俺の目標は、『お前を超える』ことだ。そのために俺は…………もっと、もっと強くなる。精々……覚悟するんだな、クズ野郎。」
馬鹿にするような、挑戦するような彼の言い草に………俺は応えた。
「…………ああ、覚悟は……できてるよ。」
本当にできたのでしょうか。




