九十二話 死ぬ気
俺はただ、気に食わなかった。
特別不自由でも自由でもないこの環境が退屈で、その退屈を憂さ晴らすかのように弱者を虐めてきた。まあ別にそれも特段面白いわけでもなかったが……暇潰しにはちょうど良かった。
そんな俺を見て何人かの小心者がくっついてきたり、恐れたりと気分が少し良くなってきた頃…………奴が目に入ってきた。
『…………そう、らしいな。』
一見、ただ軽く睨むだけの……実際のところ奴も俺もその時はそう感じていたが…………今思えば、あの『目』が俺は気に食わなかったのだろう。
見下すわけでもなく、恐るでもなく……だだ、目に映すだけの淡白な色。全部を理解したかのような……知ったかぶりの、薄っぺらい色。
そんな奴が、俺は気に食わなかった。だから、どうでもいい言葉をあれこれ並べて喧嘩を売ってやった。そしてそれが効いたのかどうか知らないが、まんまと奴はそれを買ってくれやがった。
『……こういうことだ。』
…………いや、買ったんじゃない。売ってきやがったんだ。
『さぁ……かかって来い。』
力も速さも、ちょっと高いだけの普通の男。なのに俺は、そんなちっぽけな男に完膚なきまで叩きのめされた。
智略とも技術とも言い難く底知れない強さに俺は、ついに奥の手を使わされ…………それでもなお、全くと言っていいほど敵わなかった。
それは、俺にとって屈辱で…………初めての、悔しさだった。
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夏期休暇、最終日。俺は時間が来るまで部屋で本を眺めながら過ごしていた。
「………そろそろか。」
やがて約束の時間が迫り、俺は被った埃を払いながらボックスへと入れ、部屋を出た。
「……あっ、ウル……スくん。」
「…………ライナ、か。」
寮を出て目的の場所へと向かう途中、ラナが向こう側からやって来た。彼女は俺を見ると近寄って来て話しかけてくる。
「どうしたの、こんな時間に。もう夕方だよ?」
「ああ……今から、ちょっと訓練所に行こうと思ってるんだ。」
「訓練所……もしかして、カリストのところに?」
「…………知ってるのか?」
俺がそう聞き返すと、ラナは首を縦に振る。
「うん、最近カリストがずっと特訓してるって……もしかしたらと思って。」
「……ライナの言う通りだ。カリストは俺と勝負するために、今日まで鍛えてきた。」
「勝負……私も、見に行ったら駄目かな?」
「…………俺は別に構わないが……カリストがなんて言うかだな。」
断る理由は色々あったが、俺は口にすることなく了承し、カリストのところへと向かった。
「……ウルスくんとカリストって、仲良くなったの?」
「いいや……むしろ最悪だろうな。あいつは今にも俺をぶっ倒そうと息巻いてるくらいには、多分嫌われてるよ。」
「ふふっ、本当かなぁ?」
後ろからとことこと足音が鳴り響く。その音は昔よりも硬く、大きな物となっていたが…………音の聞こえる間隔、鳴るリズムは何も変わっていなかった。
「……あ? 何で次席がいんだよ、デート帰りか?」
「たまたまそこで会っただけだ、別に問題ないだろ?」
「…………ちっ。」
訓練所に入ると、そこには汗をあちこちにかかせたカリストが立っていた。
以前までは立派な服も、今ではすっかりとくたびれ汚れており……また、この前とは桁違いの覇気を辺りに漂わせていた。
「……約束通り、俺は今からお前に勝負を挑む。一応聞いておくが……ぶっ倒される覚悟はあるのか?」
「………お前こそ、3度目の敗北を味わう準備はできてるのか?」
「あるわけねぇだろ、もう俺は腹一杯だ。」
くだらない話をしながら、俺とカリストは互いに剣を構え見据える。
名前・タール=カリスト
種族・人族
年齢・15歳
能力ランク
体力・115
筋力…腕・124 体・111 足・132
魔力・98
魔法・12
付属…なし
称号…【力の才】
【魔法の才】
(……とてつもない上がり幅だ、まるで別人………)
たった3、4週間……しかも1人でこれほどの上昇率、そしておまけには2つの称号の開花。もしカリストに『記憶維持者』の称号があったらどうなっていたか…………
「……死ぬ気で俺は自分を虐めた、お前みたいな生意気な奴を超えるために……ひたすら。」
「死ぬ気……か。」
「ああ、だから…………お前にも死ぬ気で戦ってもらう。そして今度はウルス、てめぇが地面を転がる番だ。」
その言葉には執念でも執着でもなく、ただ『そうしてやる』といった脅威だけが渦巻いていただけだった。そんな言葉に、俺は俺なりの『脅威』をぶつけた。
「なら、俺に見せてみろ。その死ぬ気で培った力を証明する…………意地を。」
クズ同士の戦いが始まります。
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