九十一話 特別
(…………一緒に街、か。)
街、プリエの中央にある時計台…………俺はその下のベンチで1人座り、彼女を待っていた。
ここの時計台は人族にあるどの街の物よりも大きく、世界でも観光名所としてかなり有名らしい。また今の季節は旅行シーズンも近づいてか、人通りも普段以上に多くなっていた。
『街に行く……? 一体何をするんだ?』
『えっと……と、とにかく街を2人で歩くの。私はまだ、この街に詳しくない……から、だから…………お、教えてほしい。』
『は、はぁ。よく分からないが……そんなお願いでいいのか?』
『いい、それで……じゃあ、待ち合わせは…………』
「……別に待ち合わせる必要は無かったと思うが…………」
俺たちは同じ学院で寝泊まりしているので、その学院内で会ってから街を案内したほうが効率的なはずだが……まあ、何でもいいか。
(……街を教えると言っても、そんなに詳しくないんだけどな。)
俺は過去に2、3回この街に来てはいるが、そのどれも観光目的で来た訳ではない……一度だけ、結果的にそうなったのは除いて。
なので、俺はあまりこの街に詳しくはない。教えることなんてほとんどないと思うが………
「お……お待た、せ。」
「……来たか、フィーリィ………?」
彼女の囁くような声が聞こえ、顔を上げるとそこには…………何故か、普段と違った服を着たフィーリィアがいた。
「……いつもと服が違うが…………どうした?」
「………『友達と遊ぶときはコレを着ろ』って、言われたから。」
「言われた……例の恩人って人にか?」
「う、うん。」
いつもの彼女は、藤色のスカートにあちこちに鉄で守らせた長めの薄ピンク色のトップスといった動きやすい服装だったが…………今は真っ白のワンピースに麦わら帽子といった、普段より幼い印象を与えてきた。
「…………どう?」
「どう……とは?」
「……この服…………変じゃ、ない?」
「変? ……全然似合ってると思うぞ。」
相変わらず服のセンスはいまいち詳しくないが、それでも彼女の格好はとても可愛らしい……と言っていいのだろう。
ミルよりも女性らしい体つきではあるが、彼女よりも子供っぽい雰囲気を抱かせてくる…………服装のせいもあるだろうが、何故かいつもよりソワソワしているのもやけに目に入る。
(緊張…………してるのか?)
「そ、そう……ありがとう。」
「……………。」
…………何でこんなに話しにくいんだ……人が変わった訳でもあるまいし…………
「…………とりあえず、どこか行こう。」
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「……ウルスの服って、いつも全く変わらないよね。」
「ああ……同じのを何着か用意してるからな。服装が変わると戦い方も若干変わってしまうし………まあ、気にしたことはほとんど無いが。そう言うフィーリィアは他にもあるのか?」
「うん……一応。待っとけって、いっぱい待たされた。」
フィーリィアとなんてことの無い会話をしながら、街をぶらぶらと歩く。
結局案内と言っても、ただ適当に歩いて目に入った店や建物をあれやこれやと語るだけで、特に何か楽しい事をしている訳でも無い。本当にこんなのでいいのか…………?
「……なぁ、フィーリィア。今更言うのも何だが、ただ街を回りたいならローナに頼んだほうが良かったんじゃないか? あいつの方が多分この街は詳しいぞ。」
ローナはこの街出身らしく、俺が初めてこの街に来た時に連れられたように、街を歩き回るなら彼女の方がどう考えても適任だ。最近は仲も良さそうだったし、『頼みにくい』なんてことは無いはずだが。
「………………で、でも……」
「……でも?」
「………ウ、ウルスは、特別だから。」
「特別?」
あまりピンとこない表現に、俺は首を傾げる。
(特別……魔力暴走のことを詳しく知っている人間だからってこと…………なのか? それを特別に思う理由は分からないが………)
「そ…そんなことより、ウルス。服、見ない?」
「服……何か欲しい物でもあるのか?」
「違う、ウルスの服を見る、ってこと。」
「俺の服? 何でそんな…………」
「い、いいから。あそこの店で探そう。」
半ば強引に話を切り替えられ、俺はフィーリィアに袖を引っ張られ店の中へと連れられる。というか、この街の店を知って…………
「……ウルスも、たまには違う服とか持ってた方がいい。遊ぶ時とか、同じ服じゃ飽きる。」
「あ、飽きる? ……飽きるものなのか?」
「…………女の子は……飽きる、らしい。」
(そんな適当な…………)
俺は自分のおしゃれとか全く興味が無いタイプなので、今まで気にしたことはなかったが…………あいつらも、色んな服とか着たかったのだろうか。
「ウルスは、好きな服とかある?」
「そうだな……何でも良いが、軽くて地味めな色がいいな。嵩張ると動きが鈍るし、明るい色だと目立って戦いには不利になりやすいからな。」
「…………ウルスって、いつも戦う時のことを考えてるの?」
店の服を漁りながら、フィーリィアが呆れた様子で言ってくる。
「いや、そんなことはない……と思う。」
「……ほんとに?」
「あ、ああ。ローナたちがどうやったらジェットをうまく覚えられるのか……とか。」
「…………それ、あんまり変わらない。」
「………………」
……言われてみれば、この学院に来るまで強くなること以外、ほとんど考えたことがなかった。それが良いことなのか悪いことなのか分か…………
『……ウルくん?』
『胸を張っておけ、次席なんだから。』
(…………いや、悪だ。)
今まで考えてこなかった、甘さ。何度もそれを顧る機会は……時間は、あったはずなのに…………結局、最後の最期までできなかった。
「…………確かに、強くなることしか考えてなかったかもな。」
俺は再び逃げるように、飾られた興味もない服を流し見る。そして彼女の目を見ずに質問をぶつけた。
「……フィーリィアは、悪いことだと思うか?」
「………何を?」
「『強くなりたい』って、思うことを……だ。」
……こんな質問、彼女にするような物じゃない。そう分かっていても、俺の口は勝手に聞いてしまった。
「…………私は、魔力暴走がある。だから、強くなりたいって思うのは駄目だと思ってた。」
「………………」
「強くなる……つまり、誰かを傷つける力を付けるって………今でも思ってる。あの人は『違う』って言ってたけれど…………ずっと、そうは思えなかった。」
『もう……やめ……てぇ………』
きっと、彼女は魔力暴走によって何か……辛い過去が、あったのだろう。そしてその魔力暴走は、鍛えることでより強大な物となってしまう。
「……やっぱり、聞かなかったことにしてく………」
「でも、違うって分かった。」
フィーリィアはいくつか服を選び、俺の言葉に被せるように見合わせてきた。
「ウルスは言った、『守りたいから』……って。」
「…………!!」
『……守りたいからだ。』
『守、る……?』
『自分が守ると決めたものを絶対に守り抜く…………そのために、俺は強くなりたいんだ。』
「失うことが怖いから、強くなって守る。そんなの、私は考えたことなかった。」
『……俺は、もう失いたくないんだ。それが例え…………知り合ったばかりの相手でも。』
『………うしな、う……』
「……それを聞いて、安心したんだ。」
「あん……心?」
聞き返すと、フィーリィアは口元を緩めた。
「愛想が悪くて、暴走する危険がある……こんな私でも…………守ってくれる、優しい人が近くに居たんだって。」
(………………)
「……そんな人が強くて、それで更に強くなりたいって思ってたら………私も強くなりたいって、思わない方がおかしいよ。」
服で顔を隠しながら、フィーリィアはそう照れ臭そうに言ってくれた。
(……………守る。)
学院に入ってから、色んなことがあって……………また、忘れかけていたのかもしれない。
「……これとか、どう?」
「…………ちょっと派手じゃないか?」
『………三度目は、ない。』
強くなるために守るんじゃない、守るために強くなる…………何故か、それをいつも忘れてしまう。
(……人にあれこれ言ってこれじゃあ、本当に情けないな。)
俺が強くなろうと、何かを守ろうとしたのは……誰かに認めて欲しいから、褒めて欲しいからじゃない。
『………嘘、だ……』
『……お父さんが……お母さん、が………死ぬ、なんて……嘘……うそ…………ウソ………!!』
失いたくない…………ただ、それだけなんだ。
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「……結局、服選びで日が暮れたな。」
「……そうだね。」
店を出る頃にはもう夕陽が降りてきており、世界が夕焼け色に染まっていた。
あれからフィーリィアに着せ替え人形として色々と着せられたり、逆に俺がフィーリィアの服を選んだりと、街を案内する目的は完全にどこかへといっていた。
「良かったのか? 街に何があるのか知りたかったんじゃ…………」
「………それもあったけど……私は、ただウルスと遊びたかっただけ。」
「…………何で俺と……?」
「……だって…………」
そう言いながら、フィーリィアは一歩前に出て俺の方を見上げた。
「……初めての、特別な友達だから。」
いつも暗い色をしている彼女の目は、その時だけ少し………輝いていた。
「……私は今まで誰かとこうやって……遊んだり、街を歩いたり……したことなかった。ちょっとだけ……羨ましかった。」
「……フィーリィア…………」
「でも、今日はお願いが叶った。私はそれだけで十分だよ。」
こんな…………誰でもありそうな、ただの普通の1日。そんな1日ですら、彼女は許そうとしなかった。
暴走するから、人を傷つけてしまうから…………と。
「……そうか、良かったな。」
「…………うん、良かった。」
そんな彼女に、俺はそう告げることしかしなかった。
決意は執念に。




