八十六話 魔技
「う〜ん、やっぱり自然豊かでいいねっ!」
「……そうだな。」
夏期休暇の初日、早速俺たちは転移で師匠の家前まで来ていた。
相変わらず草原のど真ん中にある木造の建物は少し浮いているが、それでも懐かしさが変わることはなかった。
「師匠は……中にいるな。」
扉の前に立ち、ゆっくりと開けていく。すると、その奥には…………
「おかえり、2人とも。」
「…………ただいまです。」
「ただいま、グランさんっ!!」
ミルはリビングの椅子に座っている師匠を見るや否や家の中へ飛び込んでいき、師匠に抱きついた。
そんなミルの様子に驚きながらも、師匠は優しく彼女の頭を撫で始める。
「元気そうだな、ミル……どうだ学院は、友達はできたか?」
「うん、いっぱいできたよ!」
「そうかそうか、それは良かったな。」
『やった、僕にも魔法ができたよっ!!』
『おおっ、良かったなウルス! さすが俺の息子だ!』
(…………俺も、こんな感じだったんだろうな。)
溢れる懐かしさと少しの悲しさを飲み込みながら、俺は玄関へと入った。
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「仮面を付けた謎の集団……まさに悪者って感じだな。」
しばらくして、俺たちは師匠に学院が襲撃されたことを伝えた。
その話を聞いた師匠はどうしたものかと頭を捻らせていた。
「神界魔法が使える人間もいる、か……英雄の価値も下がってしまったものだな、これは。」
「……すみません。」
「はっはっ、謝られても困る。まあとにかく今は様子を見るしかないな、ウルスの神眼で感知できないなら奴らが攻めてきたところを捕まえるか、足を使って探すしかないからな。俺もやれることはやるから、ガラルスの言う通り今は普通に過ごしておけ。」
「…………そういえば、学院長……ガラルス=ハートさんってグランさんと同じ英雄なんだよね? グランさんは学院長がいるって知ってたの?」
俺が聞こうと思っていたことを、ミルが先に質問する。すると師匠は大きく首を縦に振った。
「ああ、もちろん。せっかく通うならガラルスのところに行ったほうがいいと思ってな。あそこに通っている子供たちはお前たちほどじゃないが、強い奴もたくさんいるし……飽きなかっただろ?」
「………………」
「うん、みんな強かったよ!」
返答に困っていると、代わりにミルが答えてくれた。
(…………飽きない、か。)
「そうか、いつか見に行きたいものだ……それで、お前たちはどれくらいここにいるつもりなんだ?」
「1週間くらいだったっけ、ウルスくん?」
「ああ、夏期休暇中ずっとここにいるわけにはいかないからな。」
仮面のこともある。またいつ奴らが学院に来るかも分からないし、あまり長居はできない。
なら、そもそも何故俺がここに帰って来たのかというと………
「……師匠、1つ頼みたいことがあります。」
「頼み?」
「はい……この1週間、俺の特訓相手になってください。」
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「……ここでいいな、お前との勝負となると辺りが散らかって仕方ないからな。」
家からだいぶ離れた影の深い森の中、俺と師匠は向かい合っていた。
「帰ってきて早々特訓とは……何かしたいことがあるのか? 別に俺じゃなくてもミルとやれば…………」
「いや、師匠じゃないとできないことです。ミルが相手だと危険すぎるので。」
「……一体なにをするの?」
近くの岩に座っているミルがそう聞いてくる。そんなミルと師匠に対して俺は自身のステータスを見せた。
名前・ウルス
種族・人族
年齢・15歳
能力ランク
体力・860
筋力…腕・812 体・821 足・790
魔力・1773
魔法・30
神界魔法・2
付属…なし
称号…【運命の束縛者】
【記憶維持者】
【魔法を極めし者】
【限界を超えし者】(人間の力を超えた者に贈られる)
【龍神流継承者】
【化身流継承者】
【神界・神眼】
【神眼・鬼神化】
「相変わらず強い……ニイダくんも初めて見た時は目玉が飛び出てたよね。」
「……まあ、あいつはどちらかというと面白がってたけどな。」
『やっぱり俺の目に狂いはなかったっす!』……って言うぐらいだからな、どこまで肝が据わっているんだか。
「……それで、お前のステータスがどうしたんだ?」
「…………見ての通り、俺のステータスは誰よりも高いです。英雄と呼ばれている師匠よりも、ずっとです。」
名前・グラン=ローレス
種族・人族
年齢・50歳
能力ランク
体力・589
筋力…腕・568 体・574 足・561
魔力・868
魔法・30
付属…なし
称号…【魔法を極めし者】
【魔法の才】
【化身流継承者】
【英雄】
【成人の証】
「だから、俺は今まで本気の力で戦ったことがないんです。」
「…………つまり、今からやるのは……本気の勝負ってことか?」
師匠の質問に、俺は自分の作った拳を掌に全力でぶつける。
すると……そこから破裂音と共に突風が吹き荒れた。
「え……うわぁっ!?」
「………!」
その突風は深い森の葉を吹き荒らし、俺の足元に生えていた雑草や花たちは全て宙へと舞っていった。
そしてその突風が明けた頃には、すっかり葉のない森に光が刺していた。
「び、びっくりした……今のって……?」
「……想像以上だ。」
ミルは岩にしがみついて何とかやり過ごし、師匠はその場で踏ん張って突風を耐えていた。さすがにこれくらいは耐えられるか。
「俺は、今まで本気で戦うことはありませんでした……ですが、仮面の中に神界魔法を扱う奴がいると知った今、いつか俺が本気でやり合わないと勝てない相手も現れるかもしれません。」
「だから、俺で本気を試すと?」
「はい……まあ試すというより、慣れさせるという感じですね。何せ初めて本気でやるので、自分がどれだけできるのか正確には分かってないんです。」
もちろん素振りなどの単純な動きはしたことがあるが……実践的な動きとなるとそう簡単にはいかず、的などを使ってやろうにもまず的がもたない。
その結果、俺は本気を出す場面もこれまで無かったのですっかり意識することは無くなったが……今はそうもいかない。
「手合わせしてもらえますか、師匠?」
「………………
…………もちろん。」
師匠はそう返事しながら、姿勢を深く落とした。
「ミル、もっと離れたところに移動してくれ……そこじゃ危険だからな。」
「う、うん…………このくらい?」
「いや、もっとだ。俺と師匠がこれくらいに見えるまで離れてくれ。」
「えっ、そ、そんなに……?」
俺の示した大きさにミルは驚きながらも、どんどん距離を取っていき…………やがて、俺と100メートル近く離れたところでこちらに手を大きく振ってきた。
「…………くら………!」
「…………ああ、それくらいだ!」
晴れた森に吹く風もあり、あまり声が届かなそうだったので身振り手振りもしながらオーケーのサインを送った。そして準備体操をしながら師匠にルールを伝える。
「師匠は魔法も武器も使っていいです……武器は使ってなかったと思いますが。逆に俺は魔法も武器も使いません、あと俺は何か行動する前に師匠に伝えます。『拳を突き出します』……という感じに、いいですか?」
「別に構わんが……流石にそこまでされたら、うっかり勝つかもしれないぞ?」
師匠は冗談半分に、それでも譲る気はない姿勢でそう言う。そんな師匠に対して、俺は口角を上げながら言い放つ。
「やれるものなら、やってみてください。」
「……言うようになったな?」
(……師匠のステータスは確かに俺より低いが、代わりに師匠には、俺とは比べられないほどの経験値がある。単純に考えれば圧勝できるが…………)
…………そう簡単じゃないのが、実戦だ。
「いきます。」
「ああ、かかってこい。」
「それじゃあ、先手を……………
……………『蹴ります』。」
そう言ったと同時に、俺は師匠の正面に移動して足を上げる。そして、師匠の横腹に狙いを定めてぶっ飛ばそうとした。
「………っ!!?」
その足が当たるほんの直前、師匠は俺のスピードに目が追いついたようで、無理やり体を後ろに転がして蹴りを避けた。
その結果、俺の足は空を蹴り…………コンマ数秒後、周りに生えている禿げた木たちが根から空へと浮かび上がった。
「これが……お前の本気か……!?」
「まだギアは上がり切ってません……殴ります!」
「……!!」
続いて拳を顔面に突き出すが、師匠は同じようにギリギリで顔を逸らして避けた。そしてその拳の一直線上の地面は風圧で抉られ、晴れた地を砂埃で曇らせた。
(…………ほぼ勘で避けてる、というより任せてるな。)
体に染み付いた経験から、無意識に頼って反射的に動いている。それなら理論上最速の反応ができるが…………そんな神技、やろうと思ってできる代物じゃない。
ましてや、300近い力の差のある俺に…………さすが師匠だ。
「俺だって、ただ隠居してるわけじゃない……やるからには、全力で勝ちにいく!!」
「………!」
師匠はそう言って俺から距離を取って、魔法を放つ。
「打て、『トール・ハンマー』!」
(……破壊級か。)
唱えた師匠の周りには、超高電圧の電流で作られた大きなハンマーが数本現れた。
(……師匠は基本的に手数の多い洋神流を好む。そして得意な属性は電気……いつもなら同じ破壊級の土魔法で受け流すが、今回俺は魔法を禁止している。)
腕を振って吹き飛ばすのもいいが……せっかく本気でできるんだ、『アレ』を試そう。
「さあウルス、どうするんだ!!」
「…………こうします。」
そう言って俺は片手を手刀の形に変える。そして俺目掛けて振られるハンマーの軌道上に、その手刀を合わせた。
「紫の剣か? だが魔法は使わない条件……」
「もちろん、魔力は使いません。だから…………自力でやります!!」
「じ、じり……?」
手刀を高く掲げ、俺は一気にそれを振り下ろす。
「《時空斬り》!!!!」
その手刀は空間を斬るように鋭く、速く…………そして力強いもので、まるで空間を切り裂くような動きだった。
「……………え?」
その結果…………実際に空間が斬れた。
「は……はぁっ!??」
常識を超えた現象に師匠は声を上げる。また、その裂けたところに現れた謎の青黒い空間はそのままトール・ハンマーを迎え、ぶつかり合った瞬間……電気のハンマーたちはその異空間に吸い込まれ、消えた。
「な、何だその魔法は………? また新しい龍神流なのか……?」
「いいえ、そもそも魔法ではありません。魔法というのは魔力を消費して使われるものですが、今のは俺がただ空間を斬った……それだけです。」
「く、空間を斬る……そんなこと、ありえるのか?」
俺のステータスの高さは、速さで言えば音速を優に超えている。また、握力で言うなら大抵の金属なら軽く摘むだけでも粉々にできる。
これらの力は明らかに人間の範疇を超えており、前世でいう物理法則的な物も既に破壊してしまっている…………まあ魔法の存在があったり、俺の体の大きさが力に比例していない時点でそんな常識もないに等しいが。
「普通はあり得ないですが……俺にはあり得てます。限界を超えた体を使って、魔力を使用せずに魔法のような動きをする技…………名付けるなら、『魔技』ですね。」
「魔技…………もはや、何でもできるんだな。」
師匠は驚きを通り越して呆れ気味にそう呟く。そんな師匠に俺はそんなことないと伝えるながら、さっき蹴ったことで舞い上がって降って来ている葉っぱを掴んだ。
「でも、今できる魔技はさっきの時空斬りと……こうやって物を高速で擦って燃やす《火点》だけです。それに時空斬りも今のところは手刀でしかできないですし、まだまだですよ。」
魔技は魔法とはそもそもの性質が違い、イメージしたところでできる物ではなく、完全に自身の発想力に任せられてしまう。また絶対に体を使う必要があり、魔法のように構えなくても唱えたりイメージするだけで使えるものでもない。
そして極め付けには………できたところでそれが強いものとは限らない、というところだ。
例えば火点のように、ただ火をつけるだけなこの魔技だが…………正直、炎属性魔法を使った方が早いし便利だ。これを使うことになる場合はおそらく訪れないだろうし、案外魔技のほとんどは芸みたいなものでしかないのかもしれない。
「……勝負の途中でしたね、まだいけますか?」
「あ、ああ……ちょっと面食らったが、まだまだこんなもんじゃないんだろ? お前の気が済むまで付き合うさ。」
「…………ありがとうございます。」
感謝を述べながら、再び構えの体勢を取る。
(…………やっぱり、変わらないな。)
無茶やってますね。
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