六十五話 傘
「く…悔しいです……まさか、空に投げてた剣にやられるなんて……」
「まあまあ……あれはウルスさんがずるいだけっすよ。完全にあれを狙ってたようですし。」
「……人聞きが悪いな、ズルでもなんでもないだろ。」
俺は何故か、試合の行動のことをニイダとカーズに批判される。
今はリーグ戦の間の休憩ということで、俺とニイダとカーズの3人で試合の感想を言い合ったりしていた。
ちなみに現在はラナが2勝、ニイダ・カリストと俺が1勝、そしてカーズが0勝といったところになっていた。
「しかも最後のあれ……試験の時の俺のやつをパクったでしょ?」
「……参考には、させてもらったな。」
「参考ねぇー……まあいいっすけど。というかあんな大胆なこと、逆にできないっすよ。」
そう言われながら、ニイダに肘で突かれてしまう。
「……? ……へぇ。」
「…………」
………まあ、確かに我ながら結構なことをしたとは思う。もしこれが本戦ならある意味悪い噂が流されていたかもしれない……だから人の居ない予選で使ったのというのもあるが。
(それに……あいつもいるしな。)
……ラナと『あいつ』の試合を見て思ったが……どうやら、まだ何かを隠しているようだし、場外乱闘みたいで気が引けるが…………
『…もし、大会でカリストと当たったら……ボコボコにして。それなら、私も気が晴れる。』
…………約束だからな。
「……そろそろ時間っすね。行きましょう、ウルスさん!」
「いや、先に行ってくれ。お前と一緒に行ったら運気が吸われる。」
「えぇ? 失礼っすね……じゃあ先に行ってるっすよ!」
俺は先にニイダを向かわせ、その間に服を整えながらカーズに話を聞く。
「………聞き忘れてたが、カーズはニイダと戦ってどうだった?」
「ニイダさんと? …確かに、さっきはずっとウルスさんの話ばっかりしてましたし……もしかして、そのために先に行かせましたか?」
「まあ、そんなところだ。遠目で見た感じだとそこまで癖のある戦い方はしてなさそうだったが………」
「うーん、そうですね……ニイダさんは一撃よりも手数で攻めてくる感じですね。なので攻撃を受け止めるのは苦労しなかったですけど…………やっぱり足のステータスが高いので、それに振り回された感じでしたね。」
カーズの言う通り、ニイダは魔法武器も相まって足が結構速い。その足の速さを活かした動きをされると俺でも少し不味いだろう。
そして何より……ニイダが持つ『忍・表流』とやらの魔法が厄介極まりない。
「あの最後に食らっていたクナイの魔法はどうだった?」
「……あれは凄いですよ。まず攻撃範囲に入ってしまったら避けられないですし、魔法で跳ね返したり守ろうとしてもすぐに打ち消されます。しかも、そんな魔法をニイダさんは動きながらでも使える……それだけでかなりの重圧でしたよ。」
苦無ノ 舊雨、だったか……おそらくクラス分けすると超級レベルの代物のはず。真正面からの対策はまず無理か……
「…ありがとう、カーズ。それじゃあ行ってくる。」
「はい、頑張って…って、ウルスさんこれっ!」
一通りニイダのことを聞き、あとは向かいながら対策を練ろうとしたところ……カーズが慌てたように俺を呼び止めた。
振り返るとカーズの手には俺が用意してきた大会用の剣が握られており、それを彼は押しつけてきた。
「……ああ、すまん。忘れてた。」
「わ、忘れ…………危ないところでした。これが無かったら魔法だけで戦うことになってましたよ?」
「……武器はいつも『ボックス』に入れてたからな…頭から抜けていた。」
この世界のほとんどの人は、大きなバッグなどは持ち合わせたりしない。その理由は単純……『ボックス』という、誰でも使えていつでも使える便利な魔法があるからだ。
人によってボックスに入る物の量は決まっているが、日常生活で使う分に困ることはほぼ無い。しかも、俺のボックスは人の数十倍は入れられるし、それに加えて旅の時は武器なども直していたのでその癖が出てしまったってところだろう。
「…意外とウルスさんもそういうところがあるんですね。」
「……なんだ、俺が完璧超人とでも思ってたのか?」
「い、いや、そこまでとは言いませんが……普段の授業なども卒なくこなしていましたし、間違えたりしても焦ったりしないので………忘れ物をするのは意外だな、と…………あっ、別に悪い意味じゃないですよ!」
「そうか………」
……こういうところから綻びが来るものか…………もう少し慎重な振る舞いをしないと。
「………まあ、俺だって忘れ物の1つや2つはする、人間だしな………………じゃあ、今度こそ行ってくる。」
「はい、頑張ってきてください! 応援してます!」
そう言って、今度こそ俺は舞台へと向かう。
(ボックス、か………)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『それでは、1年の部・第2グループの第6試合、ウルス対ニイダの試合を開始する。』
「…そういえば、ウルスさんとこうやって正面切ってやりあったことはないっすね。」
「……それもそうだな。」
もちろん、簡単な打ち合いなどはしたこともあるが……何故かは分からないが、こいつは俺の力を疑っている。
俺は学院外でこいつと会ったこともないし、名前も知らない奴だった。なのに、俺が何かを隠していることを見抜いている。
(……もう、何をやってもこいつの疑いは消せないか。)
…………本当、面倒な奴だ。
『3、2、1……』
「………!」
アナウンスが開始までのカウントダウンをし始めた時、ニイダが片手をこっそり後ろに回した。
……確か、ニイダはいつも短剣を背中側の腰に付けていた。だとすれば…………
『……始め!』
「いくっすよ!!」
(……接近戦か。)
始めと共にニイダが全速力で距離を詰めてくる。どうやら予想通り剣を使って攻めてくるのだろう。
ならば、俺も一先ずは剣で…………
「はぁぁっ!!」
(来る……)
「………なっ?」
「……へっ………!」
俺の上げた声に、ニイダはへらっと笑う。
そして、ニイダは後ろに回していた手を前に出し、剣…………ではなく、手のひらを俺の目の前に突き出してきた。
「燃やせ、『フレイム』!」
「ぐっ……!」
(ブラフか……!)
俺は炎を食らわされ、大きく吹き飛ばされる。
……おそらく、俺の思考を全て読み切った上での行動だろう。でないとあんな憎たらしい笑みは浮かべない。
「……やってくれたな。」
『ジェット』
「おっ、無詠唱でも使えるんすかそれっ!」
俺は空を飛び、ニイダの周りを回っていく。
……ニイダにはちょっとした不意打ちは効かない。カーズの時のような剣を投げる攻撃も警戒されているだろう。
(そもそも、ニイダに使う予定の物じゃなかったので良かったが……これもおそらく気づかれている。やはり、色々と厄介な奴だ………)
……しかし、空の動きにはニイダも慣れていないはず。
「……はっ!」
俺はニイダの背後から蹴りを食らわせようとする……が、流石に反応され、今度こそ短剣で迎え撃とうとしてくる。
(ジェットの動きなら、試験の時のような連撃はされない。武器を使うより……)
「……おっ?」
俺はニイダに食らわせようとしていた蹴りを地面に当て、ニイダの目の前に降り立つ。そして、俺は転がさせるために足を引っ掛けようとする。
「うぉっ…危ないあぶない……」
しかし、ニイダは避けるためにその場で飛び上がった。いい反応だが……
「……『そこ』からどうするんだ?」
「……あっ。」
地面に足を付けていないこの状況は、俺にとってチャンスでしかない。
「落ち…ろっ!!」
「ぐぉっ!?」
引っ掛けようとした足をそのまま回転させ、体に勢いをつける。そして、その勢いを利用した回し蹴りを無防備なニイダへとぶつけ、地面に叩きつける。
そのニイダを俺は続けて攻撃していく。
「おらぁっ!」
「ぐっ、強っ……がぁっ!!」
回し蹴りの回転の力を活かし、裏拳を食らわせてから空いている手で剣を抜き、斬りつける。その斬撃でニイダは遠くへと飛んでいきながらも、体制を立て直して立ち上がる。
「……これはまずいっすね、あとちょっとで壊されるところでしたっすよ。」
「…………クナイの雨は降らせないのか?」
「御所望っすか? なら……『苦無ノ舊雨』」
ニイダはする必要もない指を高らかに鳴らす。するとその瞬間……空中から魔力の反応を感じる。
「量はちょっと少ないっすけど……これくらいなら一瞬で出せるようになったんすよ?」
(これくらい……タッグ戦の時とあまり変わってないけどな…………)
空を見上げると、そこには数え切れないほどのクナイが俺目掛けて降ってこようとしてきた。
…………この範囲じゃ、避けられないな。
「流石のウルスさんも、これには参ったっすか?」
「……まさか、ただの雨に降参する奴はいないだろう。」
「いやいや……ただの雨ってそれは………」
ニイダが何か言う前に、俺は上に手を突き出す。
そして…………俺は態とらしく、その『魔法』を口に出して唱えた。
「『ボックス』」
「……………えっ?」
戦いの場に場違いな声が届いたと共に、俺の頭の上に別次元の穴が傘のように開く。その穴は俺1人が被るぐらいの小さな物だったが…………
「えっ、そ、そんなまさか……!?」
空から落ちてくるクナイが穴に簡単に入っていき、俺に何一つ当たらない光景を見てニイダが珍しく動揺する。
(やはりな…………)
ボックスに入れられる物はあくまで物質であり、炎や何にも保存されていない水などが入ることはなく、それに加えて魔法で作られた物質などは何故か入る量が限りなく少なくなる。
……が、今降ってきているのはクナイ。いくら数が多いとはいえ、俺が立っている場所だけの範囲なら今の実力でもギリギリ収納させることができる……まあ、ボックスの容量は流石に調節できないので、実際はまだまだ入るが。
「……こんな物……かっ!」
「っ、うぐっ……!?」
雨が止んだ直後、俺は消えてしまう前に地面に落ちているクナイを拾い、ニイダへと投げつけた。
そのニイダはあまりの出来事に呆けていたようで、飛んできたクナイに反応し切れず何本か食らっていた。
そんな怯んだ隙を俺は逃さず、一気に接近していく。
「終わり………だっ!!」
「がはぁっ…………!!」
接近したところを剣で再び斬りつける。そしてニイダはその衝撃で吹き飛び…………魔力防壁を破壊させた。
『……そこまで! 勝者はウルス!!』
…………これで、2連勝だ。
誰もが夢見る、異次元的ポケットです。
便利な世界なことです。
評価や感想、ブックマーク、誤字訂正などよろしくお願いします。
また、Twitterはこちら
https://twitter.com/@SO_Nsyousetuka




