百八十八話 殺した
「……………寒いな。」
1人ベンチに座りながら、俺はそう息を零す。
彼女が勝負をした数日後、既にシングル戦の予選開始日の前夜となった。タッグ戦はシングル本戦の3日後であり、申し込み日はその前日なのでまだ時間はあるが……まだ、俺はしていなかった。
理由は明白……俺のペアと、まだ話し合っていないからだ。
『…………今夜、あの場所に来て。』
『……分かった。』
授業が終わった直後、目の前を横切った彼女にそう言われ……俺はいつも彼女が気に入って座っていたベンチへと赴き、少ない街灯に細々と照らされながら待っていた。
もう、この時間になると辺りはすっかり闇に包まれ、季節も相まって調整を入れているにもかかわらず、俺の体は中々に冷え切っていた。
(……これより、寒かったのだろうか。)
結局のところ、転生してから俺はひとりというものを感じる機会はほとんどなかった。辛い時には誰かが側にいてくれて、笑ってくれていた……だから、そういう意味ではきっと…………俺なんかよりよっぽど、寂しかったはずだ。
「………………………来たか。」
その時、遠くから何度も肌に感じた魔力の反応を受け取る。また、その魔力はこちらへと近づき……やがて、その姿を暗がりから見せた。
「…………………。」
「…………髪、伸びたな。」
「……………………うん。」
桃色の髪は背中にまで掛かるほどに伸び、いつもの藤色の服に寒さ対策のピンクと白の入り混ざった短いマントを羽織り……俯きがちにフィーリィアは、俺の目の前に現れる。
その雰囲気は出会った頃のように……しかし、決して無感情ではなく、何かを怯えるような…………憂いを感じた。
「……とりあえず、座ってくれ。」
「…………うん……」
俺がそう促すと、フィーリィアは拳一つ開けて隣に座る。そして、彼女が話を始めるまで……口を開こうとはしなかった。
(…………今日は、俺が話しかける日じゃない。彼女の……フィーリィアの想いに耳を傾ける日なんだ。)
今まで彼女と話す時は、ほとんど俺からのことが多かった。もちろんフィーリィアから話しかけられることもあったが、その時の内容はほぼ事務的、必然的なものであり、雑談のような他愛のない話は……してくれなかった。
冷たい人間、感情の見えない女……学院の中でも、そう思っている人は少なくない。ただ、それは…………決して彼女の性格なんかじゃない。
「…………あの日は……ごめんね。ちょっと……いや、かなり……焦ってた。」
「……気にしてない。それほど、フィーリィアにとって何か重要なことがあったんだろ?」
「………………そんな、こと…………」
否定しようとした彼女だったが、そんな口も苦しそうな表情と一緒に閉ざされてしまう。
迷いを…………動揺を含んだ、その瞳に……潤いは許されていなかった。
「………………ウルスたちが、調査隊で居なかった時……私は何もできなかった。」
「…………それは、相手が悪かっただけだ。それにカーズたちも……」
「……あの中で私だけが、対抗できる力を持ってた。なのに…………何も……」
(…………だから、『焦ってた』のか。)
『だいじょうぶ、だからっ……!』
己の力不足を感じて……変わるために、彼女は動き出した。しかし、それは今の彼女の精神には追いついていない気持ちだったのか、その姿はとても不安げで……小さく見えていた。
「……私は……こんな、何もできなくて……情けない自分を変えたかった。守られてばかりで……テルやウルス、みんなに助けてもらってばかりで………何も、お礼できなくて…………」
「………………」
「でも……変わろうとしたら…胸が痛くて……苦しくて…………怖くなる。体が……震えてしまう。」
フィーリィアの言葉は、分かりやすく……しかし、伝えることに怯えていた。
「…………ひとりじゃ……ダメなんだ。もう、私は…………ひとりで生きていけない……入学した時のように……むり、なんだ……」
「………………それが、人間だ。」
フィーリィアの凍えそうな声に、俺は少しでも安らぎを与えようと言葉をかける。
「俺だって……みんなと出会って、ひとりで生きていくことは……厳しいモノだって気づいた。だから……」
「私は……違う。私は…………自分を制御できない……不器用だから…………だから……………」
息を殺そうにも、彼女の動悸はどんどん早まっていき……まるでながい時間ずっと走っていたかのように、呼吸を繰り返していく。
「私は……わたしは…………言わないと、話さないと…いけない。じゃないと……『資格』なんて、一生無い。」
「…………話してくれ、フィーリィア。」
「……ワタシは……………
……両親を、殺した。」
心と、一緒に。




