百八十七話 嘘
「……どうしよっかなぁ…………」
休日のある日、私はぶらぶらと廊下を歩きながら考えごとをしていた。
『ウルスくん、タッグ戦はもう誰と出るか決めた?』
『…………ああ……いや、決まっている……とは思う。』
『……? どういうこと?』
『……すまないが、あんまり詳しいことは言えない。誘ってくれていたなら悪いが……他を当たってくれ。』
「また組めなかったし……というか、他のみんなももう決めちゃってたのはびっくりだなぁ………」
ウルスくんを初めに、私が聞き回ったところもう同級生のみんなはとっくにタッグ戦の申し込みをしてしまっていた。それもニイダくんやローナさんは意外な相手だったりと、どこか置いてかれたような気がして寂しい……
「……ライナにも断られたし……というか、誰と出るんだろう…………」
「……………ん? あれは……」
ライナも今回は何故か断られてしまったが……今思えば、誰と出るのかさっぱりわからない。カリストくんはマグアさんだし、カーズくんとソーラくんはいつも通り……他にライナと親しくしている人が思い当たらない。
「……っていうか…………ウルスくんは誰と……私といつになったら……最近全然構ってくれないし、ほんとに……」
「おーい、ミル。少しいいか?」
大体……ウルスくんはみんなに親しまれすぎてる。そりゃ優しいしかっこいいし、おまけに強いから当然のことかも知れないけど…………そのせいか、私と話す機会も徐々に減ってきているような気がする。
寂しいのはもちろんだけど……何か、心の奥底でモヤっとした、我ながら気持ち悪い感情が溢れかえりそうになる。こんな『想い』、持つだけ嫌われるのに…………でも、やっぱり私は…………
「…………ウルスくんは……私のこと……」
「……なんだ、お前もウルスのことか? 全く……ミル!!」
「ふえっ!? ミ、ミカヅキさん!?? いい、いつの間に居たんですか!?」
「いや、さっきからずっと後ろに居たぞ……どれだけ考え込んでたんだ。」
背後から名前を大声で呼ばれ、肩がビクッと震えると同時にみっともない声を漏らしてしまう。そんな声を誤魔化すように、その主でもあるミカヅキさんの方へ勢いよく振り返り、彼女の腕を揺らした。
「び、びっくりするのでいきなり話しかけてくるのはやめてください! せめてもっと遠くから声を!!」
「いやいや、それが聞こえて無さそうだったから近づいたんだが…………それで、なんだ、ウルスのことでも考えてたのか?」
「え!? ど、どうしてそのことを……」
「口から溢れてたぞ……誰かのことを思うのは良いことだが、あんまり悩みすぎるなよ。」
ミカヅキさんはどこか遠い目をした様子でそう助言してくれる。そんな姿に私は少し疑問を持ったものの、とりあえず話しかけられた理由について聞いてみた。
「それで、私に何か用ですか? タッグ戦の相手がまだ決まってないので、あんまり時間は取れませんが……」
「おおっ、決まってなかったのか。それならば都合がいい……ミル、私と組まないか?」
「……えっ、私と?」
予想だにしていなかった提案に私は聞き返すが、ミカヅキさんは『その通り』と言わんばかりに首を縦に振る。
「実は、もう既に相手は決まってたんだが……諸事情でな、組めなくなったんだ。だから代わりというのは失礼かも知れないが……どうだ?」
「も、もちろん大丈夫ですけど……『諸事情』って、何があったんですか?」
「まあ……色々だ。とにかく、組んでくれるならありがたい! 早速特訓と行こうじゃないか!」
「は、はい……?」
……諸事情…………それって、もしかして……
「……もしかして、ウルスくんと組む予定だったんですか?」
「…………どうしてそう思った?」
「その……ウルスくんにタッグ戦のことを聞いた時、歯切れが悪そうだったので。多分そうかなって……」
「……意外と鋭いな、お前も。」
予想が当たっていたのか、ミカヅキさんは一息ついてから歩き出す。その後ろを私は追いながら、ウルスくんのことについて質問をして行く。
「何かあったんですか? もしかして……喧嘩……?」
「いや、そういうのじゃないさ。ただ……今回、ウルスと組むべき人間は私じゃないと思っただけだ、ウルスには悪いがな。」
「……なら、一体誰がウルスくんと……」
「それは当日までのお楽しみだ……まあ、言わなくてもいずれ分かることだろうけどな。」
……あまり言っていることが分からないが…………きっと何か口にできないようなことがあるなのだろう。そのうち分かるのなら、今は深掘りしないでおこう。
「…………時にミル、調査隊のことは聞いたか?」
「調査隊? 確か……ウルスくんたちが神と接触して、逃げられたとか……あと、学院長とグランさんともう1人の英雄の3人で学院にやって来た仮面たちを全員捕らえたって聞きました。まだ情報は引き出せてないらしいですが……きっと、今回で大きく進んだと思いますよ。」
「……その、ウルスに詳しく話は聞いたりしたのか?」
「はい、でもウルスくんは特に有意義なことは何も聞き出せなかったって……他の人たちもそう言ってました。」
「………………。」
……後から聞いた話だが、今回の調査隊は元よりウルスくんと学院長たちが計画していたものらしく、私や他の人たちの調査隊には最初から何も起こることはなかったそうだ。そしてウルスくんの所は端から怪しい地点だと踏んでいたようで、学院の襲撃もある程度予想されていたそうだった。
それを黙っていたのは単に作戦がバレることを避けるのと、私たちに気負わせないためだったらしいけど…………
(……私にくらい、教えててくれても良いのに……やっぱり、まだウルスくんには認められてないのかなぁ……)
これでも、ステータスだけで言えば私はだいぶ高い方なのに……まだまだ足りないってことなのかな……?
「……なあミル、ウルスはよく…………嘘を吐くのか?」
「……………え?」
………………『嘘』? 突然何を………
「……おそらくだが、ウルスはまた……わたしたちに何か隠し事をしている。多分ミルも知らないような……重要なことだ。」
「ええ? いや、そんなことはないと思いますが……」
……確かに、転生の話はみんな知らないだろうけど…………それを知った知らないで何か変わるようなことはないはず。だからウルスくんも別に話そうとはしないし、それを気にしている様子も特になかったけど…………
「私も、調査隊のことを一度ウルスに聞いたんだ。そうしたら、何故かあいつは歯切れが悪そうにしていた……逃したことを悔やんでいると一瞬思ったが、それならばあんな…………空虚な表情はしないはず。」
「……くう、きょ…………」
「……お前は、何も感じなかったか?」
『ウルスくん、大丈夫だったの!? そっちじゃ神が出たって話だけど……!』
『…………………
………………ああ、逃げやがった。』
「…………逃げ……『やがった』……?」
……ウルスくんは基本的に、カリストくんのような強い口調で話すことはない。もちろん相手や状況によっては口にするけど……少なくとも私の前ではそんな言い方はしない。
なのに、あんな言い方…………不自然とまではいかないが……何か変だ。
「……どうやら、何か思い当たる節があったようだな。」
「で、でも……じゃあ、調査隊の時に何か別の重要なことがあったって、ことですか……?」
「…………それは分からない。ただ……あいつが何かまだ抱えていることだけは真実だろう。自分の本当の力を私たちに伝えなかった時のように、きっと……誰にも話す気はないのかも知れないな。」
「そ、そんな……じゃあ、私はどうすれば…………」
……本人に聞いても、絶対に答えてくれない。なら、他にウルスくんと一緒に行った人たちに聞けば…………
(…………いや……もし調査隊で何か起こったということが本当なら、他の人たちにも口止めしているのかも……)
実際、ニイダくんたちとも話したりしているが、そこまで重い出来事があったのなら私に伝えてくれているはず。それがないと言うことは…………私にそうしたように、真実を隠させている…………
「…………ウルスくん……一体、何が……」
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「はぁ、はぁ………ぐっ……」
「…………もう、終わり?」
「……い、いえ……まだです!!」
手に持つ武器を握りなおし、再び彼女へと振り下ろすが……軽く避けられてしまう。
そして、反撃のように彼女は私の肩を突き飛ばし、地面へと転がした。
「……最近変えたのか知らないけど、慣れてないね……その武器に。」
(……鋭い…………そんな雰囲気は出してないのに……)
「なんでも良いけど、勝ちたいなら立って。これじゃ足枷にもならないから。」
「……はい、分かってます……!」
「なら、休まないで。」
厳しい言葉に心を揺さぶられるが…………今更、こんなちっぽけな状況に挫けられるほど、余裕はない。
(…………勝つんだ、ウルくんに。)
刀を両手で握り…………私は何度も立ち上がる。
道は別れていきます。




