百八十話 『変わりたい』
「待ってくれフィーリィア……話って、ルリアさんにか? だが今更……」
「聞かないと、分からない。」
「……フィーリィア…………」
結構な速度で廊下を走るフィーリィアを、俺は後ろから追いかける。また、俺は彼女の意図がいまいち分からず、ひとまず落ち着かせようとするが……一向に聞く耳を持たなかった。
(……そこまで、俺とペアを…………いや、違う。あの顔は……そんな緩さを含んだ色じゃ無かった。しかし、なら何故………?)
学院で出会ってから一度も見たことのない彼女の様子を、俺は必死に汲み取ろうとしたが……何一つとして答えは出てこなかった。それは、こんな彼女の姿を俺は見てなかったからなのか…………それとも、まだ……………
「はぁ、はぁ……ミカヅキ、さん………」
「ん? ……フィーリィアか? それにウルスも……そんなに慌ててどうした?」
「は、話が……あります。今度の、タッグ戦……私に、譲ってください。」
「…………え? 譲るって、何をだ?」
「待ってくれフィーリィア……さっきも言ったが先に……」
「ウルスと出るって……でも、私も………出たいから、だから………」
「……………………」
頑なに俺の言うことを聞かず、いくら知り合いとはいえ上級生に対しまるで子どものような言い方でルリアへ告げる。しかし言葉足らずだったのか、いまいち彼女は疑問符を浮かべた様子でフィーリィアへ聞き返した。
「……つまり…………冬の大会のウルスとのタッグを解除して、『私』にやらせろと? そういうことか?」
「…………はい……」
「……ウルスは言ったんだろ? 数日前から私と組む約束をしているって。別に『先だから』なんて主張はしないが……それは少し我儘過ぎないか?」
「……………」
最もな正論に、興奮気味だったフィーリィアの口は閉ざされる。だがルリアは構うことなく彼女を諭し始めていく。
「ウルスの気持ちは考えたか? 事前に決めていたことを、そんな子どもの癇癪で振り回される気持ちを……お前が何を考えてそう言ったのか、ウルスには伝えたのか?」
「………それ、は……まだ…………」
「お前の中で完結しているのかは知らないが、どんな人間も他人の全てを理解することなんてできない。実際、私もお前が何故ここに来て、何のために代わって欲しいのか全く分からない……筋や道理以前に、説明する義務があるんじゃないのか?」
「………………ごめ、んなさい。」
(………………)
ルリアの強い言葉に、いつもは感情を見せたがらないフィーリィアも分かりやすく落ち込む。そんな姿を見て俺はフォローを入れようとしたが…………それは違うだろう。
「……フィーリィア、話してくれ。なんで、そこまでして俺と出たいのか…………」
「…………………
……………………変わりたい、から。」
……変わりたい…………
「……失礼で……自分勝手、だけど……お願い、します。ミカヅキさん……私とウルスで、冬の大会に……出たいんです。もう、『このまま』じゃ……居られないんです。」
「…………まだ、全然分からないぞ。」
彼女なりの言葉だったが、それでもまだルリアは理解を示そうとせず……厳しい言葉をぶつける。
「…………仮に、私が譲ったとして……ウルスが断るとは思わないのか?」
「っ……………!」
「ウルスは優しいからな、『そんな真似はしない』…………そう決めつけていないか? 普通なら、そんな一個人の思いで決定事項は揺るがないんだぞ。」
「…ぅ………」
「『変わりたい』……何をどう変わりたいのか、私は知らない。お前が何か変わったところで…………私たちに “ 利点 ” はあるのか?」
「…………ルリアさん、それは言い過ぎだ。」
流石に見ていられず、俺は口を挟まざるを得なかった。彼女の言い方は…………今のフィーリィアには、悲しすぎる。
「……そこは、突つく話じゃない。あなたに今話して欲しいのは……受けるか断るか、です。」
「……お前も被害者なんだぞ。たとえ友達であっても、無駄に甘やかすのは優しさじゃ…………」
「やめてください、お願いします。 ……誰もが、あなたのように真っ直ぐは生きられないんです。己の弱さを認めて、強くなろうと……簡単に前を向けないんです。」
「…………………」
『…………その先の景色を、観たいからだ。』
『私に…そんな資格……ない……!』
…………2人はある意味、真逆な人間。
片方は強くなろうと、常に自分を客観的見つめ直し……そして、1人でも毅然と前を向ける凛々しい人間。
片や、全てを諦めて自分を失い…………弱々しく、1人じゃ踏み出す勇気を持てない恐がりな人間。
…………どちらも、俺とは違う……他人。だからこそ、寄り添って心を溶かしてやらないと……いけないんだ。
「……………まったく、罪な奴だな。でも、そんなお前だから……変わろうとするんだろうな。」
「……それは、どういう…………」
「……よし、ならばフィーリィア。もしこの条件を満たせば、お前にタッグ戦は譲ってやる。」
「…………じょう、けん……?」
俯いたまま、フィーリィアが聞き返すと……半ば無理やりルリアがその顔を上げさせ、言った。
「私と戦って、意志を示せ。」
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「…………おっ、なんか面白いことになってるっすね。この2人の戦いは見ものっすよ。」
「いきなり飛び出したかと思ったら……読めない奴だ。にしても、てめぇはどんだけたぶらかせば済むんだ?」
「…………何しに来たんだ。」
いきなりの勝負となり、2人が訓練所で準備をしている間……突然の来客たちにため息を吐かざるを得なかった。
「ニイダ、カリスト……冷やかしなら帰ってくれ。色々とややこしくなる。」
「ただの見物っすよ。それに……俺もフィーリィアさんの様子は気になってたっすし、邪魔はしないっすって。」
「確か、ミカヅキが俺と同じ解放を使えるんだろ? 研究のためにも見せてもらうぞ、大体お前に止められる筋合いはない。」
「…………はぁ。」
……よりにもよって、コントロールのしにくい奴らが来てしまったが……まあ、掻き乱すようなことはしないだろう。
「……ミカヅキさん、少し人が来ましたが………」
「ん? ……なんだ、お前たちか。それくらいならいいぞ。」
「ってことで、じっくり見させてもらうっすよ。」
「……つうか、なんでわざわざこいつらは戦うってんだ? そんなにウルスと組みたいもんか?」
「…………それが分かったら、俺も苦労しない。」
小馬鹿にしたような人差し指を軽くあしらい、俺たちは観客席の方に座って彼女たちの勝負を見届けようとする。
(……あの人はともかく……何故もう1人居るのか気になるが……まあいい。)
「…………それじゃ、準備はいいか?」
「……はい。」
「よし……じゃあウルス、開始の合図をくれ。」
「分かりました。」
色々と気になることはあったが、ひとまず隅に置いてこの戦いのゴングを俺は鳴らした。
「それでは…………始め!!」
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「いきます……!」
「いきなりか、見せてみろ!!」
ウルスの声が聞こえた瞬間、私は剣を抜いて走り出す。
(……相手は格上。普通に戦ったらまず勝てない……でも、だからと言って諦められない。)
『私に何かできるか……もしかしたら無いのかもしれない、でも…………もう、これ以上私の意思を……殺したくないっ!!!』
……もう、弱いままじゃいられない。私は…………変わらないといけないんだっ!!!
「はぁぁっ!!!」
「っ、オモい一撃だな……だが効かんぞ!!」
「ぐっ…冷やせ、『アイススフィア』!!」
渾身の一振りは呆気なく弾かれたが、私は自身の足が地面に着くまでに魔法を発動し、手を休ませないように氷塊をミカヅキさんへ飛ばす。また、足が着くとともに再び距離を縮め、剣を構えていく。
「魔法は苦手と聞いていたが……十分だ、『水紋』!!」
(ここ……!)
彼女が対抗するための魔法を発動した時を狙い、背後へと回り込んで構えた剣を横に振るう。この体勢ならば完璧に避けることは不可能…………
「……成長しているのはフィーリィア、お前だけじゃない!」
「…………!!?」
しかし、ミカヅキさんは私の剣筋を見ないまま、しゃがみ込んで回避し、さらに片足をこちら側へと伸ばして……自分の足首を蹴り押す。その結果、私の重心は偏ってしまい、そのまま彼女の上に被さるよう転んでしまった。
また、ミカヅキさんは地面を転がって私を避け、反撃の一振りを喰らわせてきた。
「ぐはぁっ……!?? ……くっ、『アイスホーン』!」
「当たらん!」
時間稼ぎの氷柱を生成するが、それも余裕を持って避けられる。その間に何とか立ち上がることはできたが……状況はただただ不味い。
「……仮にも、私は2年の上位。一応そっちも10位らしいが…………その差は歴然だ。」
「…………『順位なんて、何の価値もない』です。だから……」
「……ふははっ! いかにもウルスが言いそうな言葉だな!!」
「…………えっ……?!」
一変、急な大笑いとその発言に私の思考は止まってしまう。『ウルスが言いそう』って………………
「な、何が……おかしいんですか。」
「いやっ、お前を学院で見るたびウルスと一緒にいると思ってな。影響を受けやすいのかは知らないが、あまりにもそのまんまでな……まるで、自分が無いよな。」
「…………ど、どういう……」
「さっきのやり取りもそうだが、お前にとってウルスは『自分』なんだろ? だから変わりたいって……押し付けがましいにも程がある。」
「い、言ってる意味が……分からない………」
…………しかし…胸を刺すような痛みは……冷や汗として、体を……伝っていく。
「さっきも言ったが、『変わりたい』って何だ? どう変わりたいんだ? 性格か、容姿か、戦い方か……はたまた別の何か?」
「ち、ちが…………」
「何でウルスと組んだら変われるんだ? ウルスがいつも助言してくれるからか? 代わりに辛いことをやってくれるからか? お前を思ってくれるからか? それとも……」
「や、やめて………違うっ!」
『……資格は、ある。』
「資格が、あるって……言ってくれて…………だから、もうこれ以上……誰かに迷惑をかけなたくない、から………!」
「……それも、ウルスに言ってもらったのか? 何でもウルス頼りだな、きっとあいつもお前の相手をするのも必死だろう。」
「うっ……そん…なこっ…と…………」
「『誰しもが前を向けない』……あいつはそう言ったが、それは間違いだ。後ろを向ける時点で人は前を見れる、それをできないと嘆くのは弱者じゃない…………傍観者なんだよ。」
『……すまない、フィーリィア。こんな……お前に無理をさせて……』
『フィーリィアはフィーリィアらしく、そのままでいい……今はもう、色んな人が認めてくれてるだろ?』
「…………ウルスじゃない、フィーリィアをぶつけてこい。」
「ぅあっ……あアっ!!!!」
『アイスショット』
溢れそうに魔力に身を任せるように、私は無詠唱で魔法を放つ。すると氷弾はとても中級とは思えない威力と速さでミカヅキへと向かっていき……彼女の魔力防壁を掠らせた。
「!! …………それが、お前の全力か?」
「まだ、まだァっ!!!」
手を掬い上げ、冷気を彼女は思いっきりぶつける。すると冷気は舞台全体を包んでいき、視界を全て薄い水色へと変えてしまった。
「はぁ、はぁ…………」
「凄い範囲だ……だが!!」
(………つ、翼が……!?)
しかし、そんな景色も束の間……どこからともなく鳥のような両翼が冷気の中にぼんやりと映り、瞬く間に羽ばたき世界を晴らしてしまった。
そして、晴れた先にいたのは…………その大きく白い翼を背中から生やしたミカヅキであり、凛々しく整っている表情は嬉々とした色を見せていた。
「『天・双翼』……これが、ジェットを私なりに解釈した、オリジナル魔法だ。そして…………『ストームガーデン』!!!」
「ぐっ……あぁっ!!?」
翼を勢いよく羽ばたかせ、ミカヅキは見知らぬ魔法を唱える。すると何故か辺りから予兆もなく暴風が吹き荒れ始め、私は堪らず地面に剣を刺し、飛ばされないよう耐えていく。
(ど、どこから……こんな風圧、少しでも気を抜けば紙切れみたいに吹き飛ばされる………!)
その証拠に、先ほどまで私から漂っていた冷気はすっかり打ち消されてしまい、その反動で暴走すら無かったことにされてしまう。しかも、この風には攻撃性もあるのか、吹かれているだけで徐々に魔力防壁を削らされていた。
「さぁ、どうするフィーリィア! 勝負じゃ誰も助けてくれないぞっ!!」
「そんな、こと……分かって、る!!」
考えろ………私は……もう、物置に隠れて…………人の 死 を…………………
家 族 の 、死 を 。
「…………『ブリザード・フィールド』ォォッ…!!!!!」
「…………!? それは、武闘祭で見せた……!?」
「風なんか…………吹雪で、飛ばす!!!!」
剣から手を離し、一瞬の間に氷風の球を作り出して地面に投げ飛ばす。すると今度は冷気でも暴風でもなく吹雪が訓練所を支配していくが…………ここからだ!!
「あつ、まれ………!!!」
「……!? 視界が明け……なっ!?」
白風の景色はすぐさま明けていき、空へと舞い上がっていく。そしてその氷風は宙で踊り出し…………やがて、巨大な大剣を象った。
「落ちろ……『アイシクル・グラディウス』!!!」
「……………!!!」
氷の大剣は勢いよくミカヅキへと振り落とされ…………地面への衝突とともに崩壊した。
(……これが、今の私の…………)
「ぐっ……がはっ……!」
今までにない大技を出したことにより、私の体は一気に疲労感に襲われる。だが、この勝負はもう終わった……だから今はこれで十分……………
「それが、限界なんだな……フィーリィア。」
「……………えっ……」
…………嘘だ、確かに魔法は当たったは……………
「この程度じゃ、お前には譲れない…………終わりだ!」
「そぐっ……がはぁっ………!?」
蒼い光は、私を容易く破壊した。
緩やかな成長を待ってくれる人は、もういません。
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