百七十話 託す
(この、声…………まさ、か……)
聞こえないはずの声を聞いた途端、力なくとも俺の体は勝手に彼女を守るように前に立つ。しかしもう体力が……精神の限界が、俺に膝をつかせる。
「ウル、くん…………今度こそ、私が……!」
『もう、争う気はない…………剣をしまえ、少女よ。』
「なん…………え………」
予想外の言葉に、俺たちは戦う意志を削がれてしまう。そしてそれは正しかったようで、再び起き上がった龍の目にもはや殺意のカケラも残っていなかった。また、何故か体から淡い光を放っていており、そこいるのが実体なのかどうかも怪しく映って見えていた。
「…………意識不明が……切れたのか?」
『その通りだ。我は白髪の男に自由を奪われたが、少年に命を取られたと同時に解除された。今、お前たちに見えているのは幻に近い……最期の時までの余力だ。』
「……なら……今さら、何か用か……?」
『……戦った中だ、少しだけでも聞いてゆけ。』
そう告げる龍の目はどこが悲しげで……とてもじゃないが、拒否することはできなかった。
『…………我は、奴らに操られ、ここに来た。ほとんど意識は無く、自由はなかったが……それでも、少年の持つ龍器に触発され、そこからの記憶はある。』
「『龍器』……それが、俺の………」
『神器とは違い、龍に認められし者しかその能力すら使うことを許されない……それが、龍が人間へと託す、写し鏡だ。』
「写し……かがみ………」
龍に認められた者だけが…………いや、なら……おかしい。
「……じゃあ、俺は何故……これを使えるんだ。龍に認められた覚えなんて……ないぞ。」
『………………20年前、同族である黒色の龍が人間によって倒された。奴はどうやら誰も認めはしなかったらしいが……それを残したということは、まだ希望はあると信じている証拠だ。』
「き……ぼう……? さっきから、何言ってるか……」
『我々に寿命はない。だが……生き物だある以上、傷付けばいずれ灰となって世を去る。そのために……我らは残していく。』
「お、おい……分かるように言ってくれ。」
俺の問いかけに、龍は何故か首を横に振った。その目には何か…………哀しげな色が入り混じっていた。
『……今、お前たちに話すわけにはいかない。話したところで……どうこうなる問題ではないからな。ただ……お前たちがこのまま進むと言うのなら、必ず ソ レ は立ち塞がるだろう。ソノトキがいつになるかはお前たち次第だが、考える時間はきっとはある……何も分からなくても、今はそれでいい。』
(………………時間。)
…………その時間が何を示すのか知らないが…………少なくとも、俺の時間はそこまで待ってくれないに違いない。
『……物事には順序がある…………お前も分かってるはずだ、少年。』
「っ………! ……お前、どこまで………!?」
『どこまでもだ。何にせよ、運命は永い……そして、我ができるのは、その長かった命を…………託すことだけになった。』
「……………え?」
龍は姿勢を低くし、俺たちへ…………ラナへ、その頭を近づけた。
『…………もう一度問う。少女よ、お前は…………何故、ここに戻ってきた?』
「…………そ、それは………」
『分かっているはずだ、己の力では我らの戦いに手も足も出ないことを。圧倒的な力も持たず、選ばれた者でも、名を勝ち取った者でもない…………凡庸な人間であるはずのお前は、何故この場に再び現れた?』
「…………………」
(…………ラナ……)
…………彼女がどう答えるか…………もう、知っていた。さっきの……『アレ』がきっと、全てなんだ。
………………全てになってしまったんだ。
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…………きっと、あの頃から……村で一緒に過ごしていた時から変わってないのだろう。
優しくて、自分の夢に真っ直ぐな彼に…………惹かれていくのに、そう時間は掛からなかった。
「…………さっきも……言った通り、だよ。」
彼との別れに……涙も枯れた頃には、その気持ちは心の奥底に秘めてしまった。
嫌になってしまった。こんなことになるなら…………誰かと過ごすことはもう、したくなくなった。
「私は、ずっと………ずっと…………」
それでも。ミルやみんなが……奥に閉まっていた私の日々を思い出させてくれて…………彼は、帰ってきた。
その瞬間……気づいた。私がどうして彼の夢を追いかけようとしたのか…………どうして、強い彼のことを…………『守りたい』と想えたのか。
「……………彼が、ウルくんのことが好きだから……だよ。」
、応えたかったんだ。
何も無いから、こそ。




