百六十九話 ココカラだ!
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「…………ところでな、ウルス……お前の神器を見せてくれないか?」
「神器? ……分かりました。」
あらかた作戦も決め終わり、今度こそ院長室を出ようとしたところ……またもや学院長にその足を止められ、俺の神器である『アビス』を見せろと言われる。それに対し俺は疑問符を浮かべながらも球体のまま彼へ手渡した。
学院長はアビスをペタペタと触りながら、何やら難しそうな顔をしていた。
「……やっぱり、あの時のか……」
「あの時? 何の話ですか?」
「……あぁ、確か聞かされてないんだな。ウルス、この武器はな……正確には神器じゃないんだ。」
「…………えっ?」
いきなりの事実に、俺は声を上げざるを得なかった。
「いや、でも……グランさん、師匠が『これは神器だ』と……」
「それは、わざわざ説明する必要がないと思っていたからだろう。実際、お前の武器は神器とほとんど変わらないからな……ある『一点』を除いて。」
「一点?」
そう言って、学院長は俺にアビスを見るよう動かし、まるで剣を持つような構えをする。おそらく変化させるつもりなのだろうが…………
「…………? 何をしてるんですか?」
「……儂は今、お前さんみたいにこれを剣に変えようとしてるんだが……見ての通り無理だ。」
「無理? 無理って……神器の能力は誰でも使えるのでは?」
俺の質問に、学院長は首を横に振った。
「……そもそも、神器というのは世界のあちこちに存在している、常軌を逸した武器のことだ。これを手にした者はその恩恵を得られる…………誰でも、だ。」
「……けど、俺の神器は…………」
「そう、お前の神器は20年前……儂たちが倒した相手、ドラゴンが落とした物だ。」
「…………え、お……『落とした』?」
次々に話される真実に、俺はおうむ返しをすることしかできなかった。
「ああ、儂たちが倒した直後、ドラゴンは踠きながらその場にこの球体……『アビス』とやらを落として消えていった。もちろんその後、儂たちは直感でそれが武器だと信じ、どうにかして扱おうとしたが…………誰も使えなかった。」
「……つまり…………俺の神器は龍から生まれ、他の誰も扱えない特殊な物と……」
「そうなる。なぜお前だけが扱えるのかは分からないが……使える以上、グランさんはそれをお前に託したんだろう。見たところ、お前が一番上手く使えそうな能力だしな。」
「そう……ですか。」
褒め言葉なのだろうか、学院長は俺を見て軽く笑うが……俺は何とも言えない返事をしてしまう。
すると、そんな様子の俺に気づいたのか、彼はこちらを訝しんだ。
「? どうした、何か思うことでもありそうだな。」
「…….俺はまだ、こいつを……アビスを完全に扱えていません。」
「そうなのか? ……まあ、『称号』にもないし、そいつが完全体ではないのは一目瞭然だが。」
「……………?」
称号……完全体……??
「……どういうことですか?」
「ん? 知らなかったか? お前さんの武器は知らんが、少なくとも神器というものは進化する。儂の称号に変なのがあるだろ? それが神器を己の物とし、完全体神器を手にした者に贈られるんだ。」
「……この、【未来の使い手】というやつですか。」
……今まで、これが何を意味するのか全く分からなかったが……そういうことだったのか。
「完全体となった神器は、より一層強く、異常な力を発揮する。それも神器と同じ気配を出している以上、進化する可能性も十分あるだろう。」
(進化………)
『…………色、が………こんな……だったか……』
……確か、鬼神化を発動させた時、アビスの色が変化していたはず。あの時の記憶は曖昧で定かではないが、あれが進化の前触れなのだろうか。
「…………学院長は、いつ神器を進化させたのですか?」
「いつ……か。昔のことだからな、具体的なことは覚えてないが…………1つだけ、確かなことがある。」
学院長はアビスを机の上に置き、今度は自身の神器……アヴニールを取り出し、言った。
「神器が進化するまで……儂は迷っていた。自分にできることは何か、何を成したいのか…………そして、その結論が出た。」
「………………」
「誰か守るわけでも、誰かを倒すわけでもない。儂は……人を導き、照らすこと。それが……儂の使命だと心に決めた瞬間、神器は応えてくれた。」
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………………俺は。
『????』
「…………えっ……飛んで……!!?」
『……………ホウ………』
瞬間、俺の体は動き出し……ラナを抱えて空を飛んだ。その速さは普段よりも数段…………いや……これは………?
(……何か、違う。この感覚………)
「ウ、ウルくん……目が、黄色いよ……?」
「…………なに?」
抱えているラナがどこか恥ずかしそうにしながら、俺の目について言及した。
「…………『黄色』……何か、魔法が勝手に発動したのか……?」
「そ、それより……来るよっ!」
困惑も束の間、空に浮かんだ俺たち目掛けて龍が超スピードで突っ込んできてい……て………?
(…………………遅い?)
「わ、私も…………きゃっ!!?」
先ほどまで相当な速さに見えていた龍の動きは、何故か今はかなり遅く……俺は軽々と避けれてしまった。また、続いてやつは俺たちを撃ち落とすため迫って来るが、それも簡単に回避していく。
「手を抜いた……いや、そんなわけは………」
「ウ、ウルく………うわぁっ!!?」
「……しっかりつかまってろ。」
超高速のやりとりにラナが悲鳴を上げるが、今は止められないため、片腕で力強く抱き寄せながら動いていく。
『……ウゴキが、変わった……ココカラだ!』
「………………悪いが、終わりだ。」
不気味に喜びを見せる龍だったが……俺はそれに応えることは無かった。
「っ、転移…………って、あれ……ウルくんの武器が………」
(…………まさか………)
剣へと変えていたアビスを握りしめると、その瞬間…………謎の白い輝きに包み込まれ、実体を隠していく。そして、その光が明けた頃には……新たな姿へと進化していた。
「…………『テラス』、これが……進化か。」
「えっ、進化……? って、また来るよ!」
遠くへと転移した俺たちを追いかけ、龍はその巨体をぶつけようと近づいてくる。それに対し、俺は進化した神器……テラスを手のひらに乗せ、形を変えていく。
「ウルくん、避けないと……!」
「大丈夫だ……もう、これで決着だ。」
「え……決着……?」
…………進化した理由は……今は、いい。ただ…………俺は……………
「『………………見失うなよ。』」
「……………ああ。」
『………ッ、ソレは………!!?』
変化したテラスを握りしめ、指を引き金にかける。その狙いは……やつの頭だ。
「…………死んでくれ、龍。」
指を引き、風船が割れたような音が鳴り響く。その結果…………
「ガッ………グギャァァォオオオァァッ!!!!!」
俺の放った数発の凶弾は……いともたやすく、龍の脳天を貫通した。
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「っ…………って、あれ……?」
ドラゴンと激突しそうになった直前……ウルくんの放った謎の玉? が相手の魔力防壁と頭を貫き、吹き飛ばした。
「…………死んだか。」
「し、死んだ……!? 今、ウルくんは何を……」
「…………『これ』で、あいつの頭を撃ち抜いた。それだけだ。」
「う、撃った………?」
ゆっくりと地面へと落ちていく中、私はウルくんにさっきまで光っていた彼の神器を見せてもらう。それは…………見 た こ と の な い 形 を し た 、道具だった。
「…………拳銃だ。ただ敵を殺すためだけに造られた……殺人道具だ。」
「………………聞いたこと、ない……」
「だろうな…………ぐっ……!」
「ウ、ウルくん……!!」
墜落したドラゴンの横に降り立った私たちだったが、それと同時にウルくんは苦しむようにその場で蹲ってしまう。そして、戦っていたダメージがあったのか、口から血を流し始めていた。
「『ヒーリング』……これしかできなくて、ごめん……!」
「…………いや…………くぅ………うぅ…………」
「っ、ウルくんどこがいた…………い………」
今まで聞いたことのないうめき声に、たまらず私は彼の顔を覗き込むが…………その顔にはただ、涙でいっぱいだった。
『よし、じゃあ早速やるぞウルス!!』
『ウルくん、頑張って!』
『うん……頑張るよ!!』
その顔を見た瞬間、私の口からも嗚咽が自然と溢れて、こぼれてしまう。
「なんで…………どう…して………おれは………なにか、まちがって………」
「……ウルくんは……なにも………うぅ……!」
「とうさん………なんでだ、なんでなんだよっ…………!!」
地面を打つ拳はとても重々しく、地盤を軽く揺らしてしまうほどだったが…………握り込む力なんて、もう……無かった。
「…………ごめん………ラナ……ぜんぶ、ぜんぶ………」
「ウルくんは……悪くない…わるくなぃ………!! きっと、おじさんに……何かあったん、だっ………」
「……………ごめん……ご…めん………!」
感情を抑えられず…………彼は泣くことしかできなかった。今までの全てが揺らされ…………あの頃の、絶望の日々が蘇るように、何もかもが怖くなってしまう。
もう、方法は無いのだと。失って、それでも僅かな希望として、支えとして生きてきた過去は…………跡形もなく打ち消されたのだから。
(……………………なにも………できなかった……)
私も、彼の横で泣くことしかできなかった。考えることが……………考えたくなか……………
『……………礼を言う、認められし者たち。』
ここからです。




