百六十話 悪者の、
「……がくいん、ちょう…………」
「大丈夫か、儂が来たからにはもう……」
「……ふっ、安心するにはまだ早い…………元々そのつもりだったんだ、用意はしてある。」
(用意……?)
そんな疑問を打ち消すかのように、またもやこの場に新たな気配が2つも現れる。その気配の主は…………緑と茶色の仮面をつけた男女だった。
「やっと現れたか、待ちくたびれたぜ。危うく俺様も手を出してしまうところだったぞ?」
「今回こそ間に合ったようだけど、一歩遅ければ可愛い生徒が惨殺されてた……英雄とは名ばかりだな。」
「…………やはり、儂を誘き出すのが作戦だったようだな。」
「『やはり』? 随分と強がるんだな、どうやらこの状況が見えていないようだ。」
「…………………。」
そう言って紫仮面は現れた2人の元へ転移し、倒れている私たちを指差す。それが意味することはつまり…………
「1人なら足元にも及ばないが……こちらは3人に加え、お前には守るべき存在が転がっている。それを死守しながら果たして渡り合えるだろうか?」
「…………それが、儂の使命だ。」
「なら、こうしてやるぜ……『シャウトウォール』!」
「っ、壁が…………!?」
顔を上げると結界を覆い被せるように、新たに透明な壁が出現する。
(確か……超越級の、空間魔法……これじゃ、出られない………)
仮に結界を壊せたとしても、あの壁を壊すことは物理できほぼ不可能だ。それこそマジックブレイクか、とてつもない力をかけなければ不可能……いくら化身流を持ったカーズといえど無理だ…………
「……さぁ、舞台は整った。ここからが本番だ!」
「まずは石ころからだ……裂け、『神嵐』!」
「ソー、ラ……!!」
「ちっ……アヴニール!!」
ソーラへと放たれた破壊級魔法でもある烈風は、学院長の持つ大きな両手剣……神器と呼ばれる特殊な武器から飛ばされた、謎の緑の斬撃によって無力化される。すると、その光景を見た緑仮面の男が笑い声を上げた。
「かかっ……来風剣・アヴニール。神器魔法の『ユーフォルビア』で斬撃を具現化して操ることのできる魔法。完全体な分、厄介だが……そこまで思考を割けるか?」
「…………お前たち、何とかして出口まで移動するんだ!」
「でも、マグアが……動けません……!」
「マグアは俺が全力で守る! お前たちも援護するから先に行くんだ!!」
「させない……まずはあなたから!」
(き、来た………!)
茶仮面の女は剣を手に取り、一瞬で私の目の前に現れ水平に振るってくるが、学院長の斬撃がすかさず守ってくれる。しかし、その間にもソーラやマグア、そして学院長自身も攻撃を仕掛けられていき……操られている斬撃もどこか精一杯な感じを見せていた。
(に、逃げないと………)
「はぁ、はぁ…………」
「その遅さで逃げれるとでも?」
何とか堪え切った私は立ち上がり、朧げな足取りで何とか舞台から出ようと歩むが……その度に女が目の前に現れ剣を振るい、斬撃がギリギリのところで守ってくれていた。
「早く……行かないと、学院長の邪魔に…………」
「……教育がなってないな、ガラルス=ハート。己が強すぎるが故に、周りと歩幅を合わせられない。だからこのような事態を引き起こすんだ。」
(…………ほは、ば……)
『……フィーリィアはいつもどんな本を読んでるんだ?』
『こんな本はどうだ? きっと気に入ると思うぞ。』
「他が為が、他を潰す……結局は自分の地位をその物にするためだけなんだろ、学院長よ。」
「何が……貴様らなんかに……!!」
「あの男……ウルスとやらも同じだ。弱きを救うことで、自分の存在を確立させる……そんなくだらない意志でここに居るんだろ? そうでなければ奴の行動に理解は示せないな。」
「なんだと………!!!!」
(……よわ、き…………)
『強くなる……つまり、誰かを傷つける力を付けるって………今でも思ってる。あの人は違うって言ってたけれど…………ずっと、そうは思えなかった。』
『……どうしたら…………あの子に、私は何もできないのか……?』
「お前らに、ウルスの何が……分かるんだ……!!」
「いいや、分かるね。彼奴は未だ『過去』に縛られている……だから、それを忘れようと無闇にお前らを甘やかした。この現状が証拠だぜ!」
「っ、そんなわけ……!!」
(…………………)
『………怖い、な。』
『……まだ、魔法を使うのが怖いか?』
「………うぅ…………」
「………………違う。」
怖く思うこと……何かに怯えることは、悪じゃない。そして、過去に縛られ、生きることも…………『罪』じゃない。
過去のない人間なんていない。消えることも、失うことも…………一生、ないんだ。
「だから、私は……………!!」
「……なっ、どこに行くつもり!?」
出口へと向かっていた足を切り返し、私は全速力である方向へ走り出す。その瞬間から冷気が体から溢れそうになるが……そんなこと、どうでもいい!
(私に何かできるか……もしかしたら無いのかもしれない、でも…………もう、これ以上私の意思を……殺したくないっ!!!)
『俺も、殺してやる。』
『えっ…………』
『俺も、お前のことは少しだけ怖く感じる。いつ暴走するのか…その結果、周りの人や……『お前自身』が傷ついてしまっていくのを考えると、怖くなる。』
あの時の、ウルスの言葉……その真意は少しずつ理解できるようになってきた。
アレは、『私の傷ついた姿を見るのが怖い』という意味だけじゃない…………『私自身が傷ついた姿を受け入れること』、それ自体を怖がっていたんだ。
(何もできず、ひとりを……孤独を受け入れる。そんなのを放っておくなんてウルスには絶対できない、だから……私に手を伸ばした。)
そして、今……その思いを吹き飛ばさなければいけない。私が自分を守ろうとしている…………弱くて小さな歩幅を!
「フィーリィア!? 何をしてるんだ、早く……くっ。」
「すみません……でも、駄目なんです、私は……!!」
「……ぇ………?」
私はそのまま足を止めず、震える体を抱えながら倒れて動けない彼女……マグアの方へ向かっていく。今のところ彼女は何重ものの斬撃の壁で守られていたが……このままここに居たらいずれ巻き込まれてしまうに違いない。学院長が動きやすくなるためにも、彼女を運ばなくては…………!
「けっ、させるかよっ!!」
「……邪魔っ!!!」
「「……!!?」」
背後に迫る茶仮面に加え、緑の仮面を付けた巨漢の男が正面に待ち構えてきたが、私は溢れる魔力を逆に利用した腕の振り払いで氷風を起こし、奴らを吹き飛ばす。
「はっ、おもしれぇ! さっきまで倒れ込んでたくせにその活きよう、少しは楽しませてくれよっ!!」
「うるさい……飛んでけっ!!」
意気揚々と叫ぶ男に苛立ちを覚えた私はより強く力を込めて振り払う。すると先程よりも桁違いの冷風と新たに現れた氷塊がどんどんと発生し、襲っていく。
しかし、それも一時的なものですぐに止んだり消えてしまい、すぐさま斬りかかってくるが……それもある方向からの水撃によって阻止される。
「カーズ………!」
「行ってください、フィーリィ……ぐぁっ!!?」
「英雄の魔法……見かけによらず目障りだ、そこで寝てろ。」
遠くからそれを放ってくれたカーズだったが、いつの間にか学院長から離れていた紫仮面の手によって蹴り飛ばされる。その光景に唇を噛みながら、やっとマグアの元へと辿り着けた。
「はぁ、はぁ……大丈夫、マグア!?」
「……な、ん……で……こっち、に……?」
「なんでって……なんでもだから!!」
「2人とも、避けるんだっ!!」
だが、マグアを抱え、立ちあがろうとしたその時……転移で現れた茶仮面の女がこちらへ剣を深く構え、私もろとも斬り伏せようとしていた。
それを見た私は…………彼女を守るために、あえて背を見せた。
「ぐっ、あぁっ……!!!」
「うっ……!? フィ、リィア……血が……!?」
「……馬鹿だ、わざわざ人を庇ってこんな真似……自分が傷ついたら意味ないだろ?」
「くそっ、まだか……!?」
「余所見するなよ、英雄!」
全力で斬りつけられた私はマグアを抱えながら吹き飛び、魔力防壁を貫通して背中に傷を付けられてしまった。また、吹き飛んだ先の壁に激突し、もろに衝撃が全身へと走り、頭が大きく揺れた。
「あた、ま……からも、か……」
「フィーリィア……なんで、そこまで…………僕を…僕が、隙を見せたせいで………」
視界が朦朧とする中、マグアが私の体を看取るように摩り、か弱い声をこぼす。
その表情は今まで一度も見せたことのない、泣き出しそうで不安げなものだった。
「ごめん……タールくんが言ってた、のは……このことだったんだ…………」
「……カリ、スト…………?」
「まだ喋れる余裕があるのか、子供にしてはできたものだ。」
再び転移で現れた女は私を仰向けに転がし、抵抗できないように腕を足で踏みつけた。また、その衝撃で腕に激痛が走っていく。
「がぁ、ぁぁっ………!!」
「やめ、て……ぐぅぁっ!」
「……その冷気には驚かされたけど、所詮こんなもの。立派に弱者へ手を差し伸べても、その手が弱くては道連れに等しい。」
「………………!」
キリキリと踏む力を上げていく女からは、どこか執念のようなものを感じさせた。ただ、その執念を今を汲み取る余裕は与えられず、私は痛みに顔を顰めていた。
「くぅ……なんで、人を……そんな簡単に、傷付けられる……!?」
「逆だ、何故お前たちは簡単に他人を護ろうとする? 『生き物』としての矜持を完全に履き違えてる……そうは思わないか。」
「…………は……?」
飛躍した発想に、私は堪らず疑問の声を上げる。生き物としての矜持……何が言いたいんだ?
「生物は類に漏れず、自己利益を求める。そのためなら同種でさえも踏み台にすることは厭わない……それは人間も同じだ。」
「……………。」
「『誰かを助けたい・守りたい』なんて感情は結局、自身の為でしかない、綺麗事だ。その実現不可能な戯言に必死になるとは、現実が見えていないのだ。」
「何、言って………」
「目を逸らすな、青髪……お前だって同じだろう? 誰かの為かと偽っても、辿れば自分の為……本当に心当たりはないのか。」
「っ……………」
彼女の発言に何か引っかかるものがあったのか、マグアは苦しそうに声を噛み殺してしまう。その様子が彼女にとって好都合だったようで、今度は私に切先を向けて言い放った。
「お前はどうなんだ、桃髪。冥土の土産にでも聞いてやろう。」
(…………冥土……か………)
『めいどの……みあげ……?』
『土産な、要は最期に相手の言葉を聴くってことだ……まあ、そんな悠長なことをしてる暇があったら早くやっちまえって話だけどな。』
『…………どういう、こと?』
『だって、そうは思わないか? いつも絵本の登場人物は話さなくてもいいことをペラペラと喋って、その結果自分にとって不都合な展開がよく起こる……本当に、自分の目的を果たしたいならそんなことする必要が無いだろ?』
『………………??』
『だから思うんだよ私は……そいつは話をしたいんだ。自分の行いが受け入れられないと知りながら、それでも正しさを相手に聞いて、それで……自分が何者かを知りたいんだ。』
『…………よく、わからない……』
『解らないのが一番さ……でもな、もしかしたらこういう場面にお前も巡り合うかもしれない。その時は、フィア……そいつのセリフはきっと、お前にとって……………………
「……………悪者の、セリフだ。』」
「……急に何を…………っ!?」
過去の記憶に呼応するように、私は空いている手を突き刺されている剣へと伸ばし…………溢れる極寒の冷気で破壊していく。
その崩壊していく様を見た女は慌てて剣を引き離そうとするが……私は血を流しながら剣を掴み続けていた。
「悪者は……いつか、倒される……それが悪役、だから………」
「……ついにおかしくなったか、意志の弱さが垣間見え「『勇者』に、やられる……勇む、強き者に………」」
そうだ……あの人が語ってくれた、物語じゃ……きっと………………
「…………『淘汰される。』そうだよな……フィア。」
紫電の光と黄金の輝きは、私にそう答えた。
勇者なんて存在し得ません。




