百四十九話 伝わらない
「……じゃあ、始めよう。調査隊第1チームの全容を話すぞ。」
学院長はそう言って席から離れ、自身のボックスの中から分厚い資料のような物を取り出す。そして、その資料を漁りながら今回のことについて話し始めた。
「まず、今の神の状況について話そう。奴らはこの学院を一度襲ったのを機会に、各地で様々な被害を起こしていることが判明し出した。いつから、どこを拠点に活動しているのか、その目的……そういった情報はまだ何も掴めてない、正体不明の軍団だ。」
「確か、そいつらは仮面を付けているとか。そんな奴らが街中を歩いていたら一発で分かりそうだが……それでも目撃情報はほとんど無いんですか?」
「ああ、その報告も指で数えられるほどしかないし、おまけに有力なものも皆無に等しい。一体どうやって隠れているものか…………」
……神眼のことはあくまで話に出さないようだ。まあ神眼使いがいるからというのもあるかもしれないが……どうしようも無い情報で彼らを混乱させたくないのだろう。
「……それで、手が足りなくなって私たち学生も動員することになったってことですか? その学生が言うのもなんですが、私たちに負える相手なんですか?」
「噂によると、神はステータスで見ても100以上はあるとか。いくら俺たちでもそう簡単にはいかなそうですが………」
「そのために、今回は冒険者や教師を同行させることにしている。そして、このチームの同行者が……」
「……私たちというわけです。年下ということもあって頼りないかもしれませんが、必ず皆さんの役に立つことを約束します。」
「何なら、敵は私たちが全部倒すよ! 冒険には慣れてるし、みんなは見てるだけでいいかもね!」
そう言ってハルナは拳を鳴らし、その威勢を見せつける。正直なところ、彼女たちの力ならあの赤仮面クラスでも渡り合えるかも知れないが…………やはり、危険なことには変わりない。
俺が居るから良いものの、果たして他の調査隊チームはどうするつもりなのだろうか…………
「……ということだ。彼女たちと共に今回の調査地……この地図にある町の近くにある、ここに行ってもらう。」
そう言って学院長は資料の中から一枚、俺たちに見せてくる。そこに載っていたのはここから移動して数日はかかるような場所の地図で、そのほとんどが森や山で埋まっていた。
「……完全に森っすね。そんなところに人なんて居るんすか?」
「隠れ場所にはもってこいだろ……しかし、奴らの情報は皆無に等しいんじゃ?」
「その限りなく少ない情報の一つがこれなんだ。話に聞くと、どうやら仮面を付けた人物がこの森へ入っていく姿を見たという報告があったらしい。」
「仮面を付けた人物……なるほど、それを俺たちに探してこいと言うわけですね?」
「そうなるな。ただあの時も言ったが、今回はあくまで『調査』であって『討伐』ではない。今回の情報の頼りなさも総じて考えるとおそらく鉢合わせることはない……だが、必ず奴らの痕跡がこの場所の近くにあるはずだ。」
(……………?)
…………変な言い方だ、やはり何かあるのは間違いないな。
「その町までは、おそらくお前たちの足なら3日程度で着くはずだ。長旅になるとは思うが、そこは冒険者の2人を頼ってくれ。」
「3日か……俺たちはともかく、1年には少しきついのでは?」
「大丈夫っすよ、これでも俺たちは根性があるので。ねぇ、ウルスさん?」
「……まあ、そうだな。」
…………俺のステータスなら、飛行で1時間もすれば行ける場所……そもそもその町は旅の最中で訪れたことがあるし、大体の場所なら転移で十分…………
「…………学院長、転移で移動はできないんですか?」
「あ、確かにそれなら一瞬でいけるね。ウ……じゃなくて、学院長の魔力量なら私たちまとめてできるんじゃないですか?」
「…………いや、それは無理だ。」
(…………無理?)
……そんなことは無いはず。学院長の魔力量で言えば結構な消費になるかも知れないが、それでも俺たち8人を一気にこの町に転移させることくらいはできるはずだ。
「儂はその日、ここの警護に当たらなければならない。その日は調査隊が一斉に出発して、しばらく教師の数も減るからな……それで、度々お前たちを転移で飛ばしていたら魔力がすっからかんになってしまう。だから悪いが、今回は自分たちの足で向かってもらうことになっている……納得してくれたか?」
(……なら、学院長が転移させているように見せかけて、俺がしても良いが…………)
だとしても、何チームかを全部転移させるのはきついか……いや、転移を使えるのは俺や学院長だけじゃない。ミーファはもちろん、他の優秀な冒険者や教師だって使えないことはないはずだ。
「……もっと細かい話はあるが、今回の件は概ねこんなところだ。分かってくれたか?」
「はい。俺たち8人でこの森へ調査に入り、神の痕跡を探し出す……要はそういうことですね。」
「そうだ。また、この調査隊のリーダーはクルイ……お前に頼む。大丈夫か?」
「もちろん、この中じゃ俺とワールが最年長ですからね。お任せください。」
「言っておくが1年。私たちも最低限の手助けはするが、自分の身は自分で守るんだぞ。冒険者の2人はともかく、私たちだってこんな長旅に駆り出されるのは初めてなんだ……だから、しっかりしてくれよ?」
メイルドの煽りと鼓舞を混ぜた台詞を聞き流しながら、俺はミーファとハルナの様子を観察する。
(……どうやら、2人は特に疑問は持っていないようだ。学院長から既に話を聞かされているのか……?)
転移の話を聞けば流石に何かしら反応があってもおかしくなかったと思うが……彼女たちにそんな様子はない。ハルナはともかくミーファなら絶対にアクションを起こすはずだ、何も知らないということは無いだろう。
「……では、今日のところはここまでにしよう。みんな、解散してくれて構わない。」
「解散……なら、ついでに今回のことで俺たちで話し合っても良いですか? 誰に何ができるのかの把握をしておかないといけないので。」
「ああ……だがウルス、お前さんだけちょっと残ってくれ。」
「…………どうしてですか?」
話も終わり、皆が部屋を出ようとしたところ……学院長が俺を呼び出す。それに一応俺は知らんフリをするが、学院長は想定済みなのかそれらしい理由を語ってくれた。
「この前の武闘祭についてのことだ、お前さんは確か1年の優勝チームの代表だっただろ? そのことについて色々と街で話題になっている、その記事を書くのに協力して欲しいんだ。」
「き、記事? なんで1年のウルスだけそんなのが……俺も一応、今回の武闘祭で優勝しましたよ?」
「おう、そうだそうだ! 私たちの圧勝でこっちも賑わってたって学院長!!」
……どうやら、クルイとメイルドも武闘祭で優勝していたらしい。さすが首席と次席だな。
「いや、すまないが今回は例外でな。上位でもないウルスたちのチームが主席を倒した……この話が思った以上に広がっているんだ……それで、この学院の今後のためにそういった記事を書きたいんだ。」
「へぇ、なんか変なこともするんすねぇ。でもわざわざそんなことする必要ってあるんすか?」
「まあ、他にも理由はあるが……とにかくそういうことだ、ウルス以外は先に解散していてくれ。」
「なるほど。じゃあ後でウルス、お前も合流してくれよ。」
「……はい、分かりました。」
そう言って俺は1人部屋に残り、彼らが学院長室を離れるのを待つ。そして、完全に距離をとったと判断したところで、俺は学院長へ端的な質問をした。
「…………何を考えているんですか、学院長?」
「……というと?」
「この作戦……いや、この調査隊自体、あなたの言葉をそのまま受け止めて考えると、無謀にも程があります。」
俺は正直な感想を彼に告げていく。
「まず、いくら教師や冒険者を連れていくにしても危険すぎる。少なくとも赤仮面がボスでは無い以上、もしそれより上の存在が先々の調査場所にいたとしたら……ほぼ全滅です。しかも、それを学生たちに背負わせるのはどう考えてもおかしい。」
学生たちを抜きにして調査隊を組むのなら百歩譲って理解できるが、だとしてもそもそもの話……この調査隊自体、俺だけが行けばそれで済む話。
「仮に、そこに居るのが赤仮面クラスだったとしても、ミーファやハルナでギリギリ勝てるかどうか……そんな相手に半端な者を連れて行くのはあなたらしくない。」
「……そうだな、俺らしくない。この調査隊の話を出した時もそう言われたよ。」
俺が指摘する内容もあらかた予想はついていたのか、学院長は何も動じることなく頷く。
だが、まだまだ他にもこの策の欠点はある。
「それだけじゃないです…………そもそもの話、町の人間が仮面の姿を見たってのは本当のことなんですか? 奴らがそう簡単に姿を表すとは思えないし、もしそれが本当だったとしても、その『見た』という情報だけでこんな何人も動かす必要はあるんですか?」
俺が今言った通り、この作戦は何故かそこに神の奴らがいる前提で話されている。普通、そこで見たからと言って『じゃあこの近くに潜んでいる』とはならないだろうし、流石に奴らもそこまで馬鹿なことをするとは思えない。
「他のチームも『見た・聞いた』程度のものなんですか? だとしたらこれは…………」
「……愚策、だな。儂もそれくらいは分かっている……まあ、ひとまず座ってくれ。」
俺の話を一通り聞き終わった学院長はそう再び促す。そして今度は俺の対面へ彼も腰をかけ、こちらの目を見て口を開いた。
「……ウルス、お前の言っていることは正しい。何も知らない身からすれば、今回の調査隊はあまりにも欠陥であやふやなものだ。大した確信もなく、生徒たちを危険な目に合わせる……普段の儂なら絶対そんなことはさせない。」
「…………何も知らない、ということは……学院長は何か知っていると?」
「…………ああ、この地図をもう1回見てくれ。」
そう言って先ほど見せられた地図を取り出し、俺は渡してくる。
「お前さんはここに行ったことがあるか?」
「はい。昔、この町には寄ったことがあります……といってもすぐ出発したのでどんな町かは覚えてませんが。」
「随分と早急な旅だったんだな……まあそれはいい。なら、ここにお前は行けるか?」
「……転移ってことですか、それはもちろん……」
俺はそこでこの場所を魔力で探るため、軽く集中し始める。いくら俺でも離れた地への転移はちゃんとしないと微妙にズレが……………
「……………………えっ?」
「…………分かったか、これが今回、この調査隊を結成することにした重要な点だ。」
俺の困惑した表情を見て、学院長はそう言った。
「ちなみに、この状態……その場所に転移ができないといったチームはお前のところだけだ。他の調査隊が向かうのは全て近場の、『ちょっとした魔物が発生していて、怪しいから討伐する』ってことになる……あくまで、神を調査するという目的でな。」
「…………そういうことだったんですね。」
…………つまり、今回の調査隊のほとんどは嘘のもので、俺たちのチーム……さらに言えば、俺がいるチームだけ本物の調査隊ということか。
「これは……結界? ここを襲撃された時に感じた空気感と似ているような……」
「ああ、魔力感知が乱されるような感覚だ。それに加え、転移不可能な領域を作り出すとは……技術力も奴らが上手ということか。」
『結界』といった魔法の類いの道具は一応存在はしているが、まだ研究が進んでいないのか市場に出回っているほとんどの物が使い所の少ない、その場限りのレベルだ。少なくとも森全体を包み込み、転移不可にするような物は聞いたことがない。
「…………確かに、これは奴らがこの森にいる可能性を高めていますね。しかし、あまりにも露骨では……?」
「ああ、まるで誘い込まれているようにこの結界が存在している……これが発生したのも、赤仮面を捕まえた直後だったらしいしな。」
(直後…………)
……だとしても、やはり疑問点はどれだけ潰しても浮かび上がってくる。
「何故、奴らはこんな真似を? これが罠だったとして、一体誰を嵌めようと?」
「それは分からない。ただ言えるのは……奴らはこの結界を結界として使っているのではなく、人を呼ぶために起動させている。そして、この魔力の乱される感覚を知っているのは……数少ない人間しかいない。」
「…………じゃあ……それは…………」
……………俺の可能性もあるということ。
「……まあ、これは憶測だ。そこに執着していても仕方ない……肝心なのは、その結界周辺の魔物が凶暴化しているということだ。」
「……凶暴化?」
「ああ、まるで何かに操られているかのように、本来の習性を無視した行動をしたりして、辺りを荒らしている。このままなら近くの地域や町にも被害が出てしまう……」
「……だから、どちらにせよ誰かが行かなくてはいけない。そうするくらいなら、俺で返り討ちにしてやる……そういうことですね。」
「……………そうだ、お前ならたとえどんな奴が相手でも倒せるだろう。」
『だから、こっちのことは任せておいてくれ……なに、ちゃんとお前さんの力も借りる予定だ。発表の時まで今しばらく待機していてくれ。』
……俺の力を借りるというのは、そういう意味だったのか。だがそれならば……………
「……今回の作戦の意図は理解しました。けど……学院長、何故俺1人ではないのですか?」
「…………どういう意味だ?」
「そのままです。正直なところ、ラナたちを連れて行くのは無意味です。たとえ赤仮面クラスの敵が何十体居たとしても、俺だけで全て方をつけられます……それなのに、彼女たちをわざわざ巻き込む必要はないのでは?」
邪魔……とまではいかないが、所詮ハルナやミーファのレベルの人間がついてきたとしても、やはり俺だけで十分に違いない。それに、俺1人でここから飛んで行けば、ほんの数時間で着くことができるのは学院長もわかっているはずだ。
「……一応、チームは学院の教師たちで選抜したんだ。そこで1つだけひとりの調査隊を作れば変に思われるだろ?」
「それくらい、嘘や誤魔化しで行けると思います。クルイやメイルドはともかく、ラナとニイダに口裏を合わせて貰えば今からでも………」
「……ウルス。」
俺の提案に、何故か学院長は口を挟んできた。それに対したまらず彼の顔を見ると……何やら重苦しい表情がそこに浮かんでいた。
「……難しいことでしたか?」
「違う。お前は……本当に独りで戦うのが得策だと思っているのか。」
「……………?」
…………どういう意味だ?
「……それは、もちろん。学院長だって俺のステータスや力は知っているでしょう? 本人の前で言うのは失礼かもしれませんが、英雄よりも強い人間なら何も心配する必要はありません……万が一、俺より強いできますが現れたとしても、その時は鬼神化で……」
「……その鬼神化が通用しなかったら?」
「そんなことはあり得ないですよ、鬼神化が通用しないなんてことがあったらそれこそ世界の終わりです。それに、仮に敵が持っていたとしたらとっくにそれを使って攻撃してくるはずです……だから」
「以前赤仮面たちにやられたようになった時、また同じように挽回できる保証はあるのか。」
「……………保証……ですか。」
……そんなもの……………
「……ありません。あの時はたまたま……というより、ギリギリのところでし…偶然鬼神化を発動できただけなので、もう一度できるかどうかはわかりません。」
……称号のことを言えば、いずれ俺の呪いについて話さなければいけないかもしれない。ただでさえ多忙な彼に、これ以上負担をかけるわけにはいかない。
「ならば、何故独りで行きたがるんだ? 誰かがいれば、その万が一にも対抗することができるかもしれないだろう?」
「そうすれば、今度は誰かが危険に晒されます。しかも、今回はただの学生や……俺の弟子が巻き込まれて、最悪の結果を引き起こしてしまうかもしれないんです。」
俺がいくら強かろうと、どれだけ守りたいと思っていても…………結局、叶わないことだってある。
『いいから早く逃げろ! 俺は強い……それは知ってるだろ!!』
『で、でも………!!』
『大丈夫だ、俺は母さんも連れて必ず生き残る…………行けっ!!!』
『っ…………!!!』
あの日、俺はあの場に居なかったから生き残れた。それはつまり……死の危険のある場所から逃げることができたから、今も生きていられているということなんだ。
「俺なら、誰も危険に晒さずとも解決できる……そのために強くなったんです。だから、学院長………」
「…………………
……………駄目だ。」
俺の訴えに、学院長は頑なに耳を貸そうとはしなかった。
「……どうしてですか。」
「…………ウルス、お前は間違っていない。間違っていないが……知らないんだ。」
「…………何を?」
「それは……儂の口からじゃ伝わらない。」
「……………え?」
伝わらない…………?
「み、みんなを連れて行くのは……作戦の一部ではないのですか? それとも、そんなに言語化の難しい話なのですか?」
「………………そうなるな。」
「……はっきりしてください。俺は……守らないといけないんですから。」
「………………」
さっきからぼんやりとしたことしか言われないので、俺は少し急かすように責め立てるが……それでも学院長は沈黙のまま答えることはなかった。
(……俺がピンチになって、ラナたちに助けられる…………そんなこと、あってはならないはずだ。)
精神的な話をすれば、俺は人並みで弱いのかもしれない。だからこそラナやミル、ニイダたちに支えてもらい……今の俺がいる。そこに物理的な手助けまでしてもらうなんて……不可能なんだ。
「…………とにかく、お前はここじゃ生徒であり、儂が守るべき存在なんだ。下手に独りで行かせるくらいなら、こんな作戦は端から無しだ……お前の中じゃ煮え切らないからもしれないが、今はこれで納得してくれ。」
「…………分かりました。」
俺はこれ以上言っても平行線になるだけだと考え、渋々承諾する。
しかし、不安材料はここだけの話じゃない。まだまだ確認しておかないといけないことが………
「……………調査隊が出払っている間、学院長は1人でこの学院を警備するのですか?」
「ん? ああ、そうだな……残っている教師も動員するが、彼らの実力じゃ雑魚相手を潰すのが精一杯だろう。だから実質的に儂だけになるな。」
……学院長1人だけか。それこそ、俺に言ったように…………
「…………俺に、考えがあります。」
それぞれの物語や想いがあります。
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