百四十七話 楽しい
「……『空っぽ』? ……それは」
「よし、元気になった!! ありがとうねミル!!!」
「えっ、う、うん……?」
俺がその言葉の意味を聞くが先に、マグアはいきなり飛び上がって腕をブンブン回し始める。それを見たミルが困惑した表情を出すが、構わず彼女は大声でカリストへ呼びかける。
「おーいタールくん!! 僕はもう回復したよー!!!」
「…………らしいけど、どうする?」
「……ちっ。」
勝負に水を刺されたからか、側からそのつもりだったのかは分からないが、カリストはマグアの声を聞いた途端に大剣をしまって勝負を中断させた。そして苛立ちを含んだまま、無言でこの場を立ち去ろうとするが……当然のようにマグアは彼の後ろをついていった。
「じゃあね3人とも、また明日!!!」
「うん、また明日……って、どうしたのミル?」
ラナがこちらに戻ってきて別れを告げてから、ミルの困惑した顔を見てきょとんとする。確かにマグアが飛び上がってから驚きで固まっていたが……にしても納得の言っていない顔だ、やはりあの一言が気になって…………
「いや……まだ治しきっていないのに、大丈夫かなって。」
「えっ……そうなの? でも、あんなに元気そうだったけど……」
(………………本当に、分からないな。)
『…………僕は、空っぽだったから。』
…………まるで、今は違うと言わんばかりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ねぇタールくん、どうしてウルスにそこまで拘ってるの?」
「…………あぁ?」
「ほら、いつも怒怒なタールくんだけど、ウルスと話してる時は落ち着いてるというか、闘志を燃やしている……みたいな。何か理由でもあるの?」
人の感情なぞ知らず、自分勝手にこいつはそんなことを聞いてくる。だがここでまた無視をしたら執拗に迫られて……うざいにもほどがある。
「…………あいつが、俺の目標なだけだ。」
「……ウルスが目標? でもタールくん首席じゃん、てことはウルスよりも強いんじゃ……」
「馬鹿が、そんなチンケな物差しであいつの強さを語んな。この学院での順位なんて何の価値もない、それだけで強さが決まってるなんて間違っても思うんじゃねぇよ。」
……一応、あいつの本当の力については黙っているが……だからといって順位だの謙遜だのに付き合ってやる義理はない。実際、奴は学院でも暴れているのだからいずれバレる話だろうし、それは奴も覚悟しているはずだ。
「少なくとも、あいつ……ウルスはこの学院の中で一番の実力を持ってる。お前との試合でも手を抜いていたのは見え透いていたろ。」
「えっ、そうなの? 確かにちょっと様子を見てる感じはしたけど……全力でやってたと思うよ?」
「…………んなわけねぇだろ。」
風神・三式とやらを使ったこと自体は俺も初見だったが……それが奴の全力なわけがない。必ずまだ隠し玉を持っているに違いない…………
「へぇ……なら、次はもっと楽しめそうだねっ!!」
「……………」
『…………どうだった、カリスト? たまにはこうやって誰かと一緒に戦うのも悪くないだろ?』
『それはそうだけど……でも、置いていくのはかわいそうだよ。』
…………どいつもこいつも、俺の神経を逆撫でするようなことばかり言いやがって…………関係ないだろうが。
『……ああ、今まで散々言ってくれたんだ。ちょっとくらい俺たちの願いを聞いてくれたってバチは当たらないもんだぜ?』
あの時は好奇心もあってニイダの策に乗ったが……俺が興味を持っているのは奴の『強さ』だけであり、その中にある信念や想いなんてどうでもいい。
『守りたい・助けたい・救いたい』…………そんなもの、俺がやるようなことじゃない。
(どうだっていいんだ、こいつも………)
「…………あっ、そういえばタールくん。調査隊のことは何かもう伝えられた?」
「……番号の奴だろ、伝えられた。」
「えぇーじゃあ僕は選ばれてないってことか……残念だなぁ………」
「…………何が残念だ。」
「だって1年じゃ課外学習? とかって無くて、2年になるまでずっと学院内で特訓なんでしょ? まあ今回は授業とかじゃないからあれだけど、僕も行きたかったなぁ……って。」
『…………呆れた。だったら……………皆殺しだ。』
「…………お前、死にたいのか?」
「……えっ? タールくん、なん」
こいつが何かまた巫山戯たことを言う前に、俺は大剣を首元に差し向けてやった。流石にここまでされたら口は黙るようだな。
「ぇ…………」
「……まだ、お前の魔力防壁は回復してない。だからこの剣が少しでも押し出されたら……怪我どころじゃないことぐらい、分かるよな?」
「そ、そうだね……で、でも、急にどうしたの、タールくん……?」
あまりにも突然な命の危機に、マグアは珍しく顔を強張らせるが……そんなことはおかまいなしに、俺は話を続ける。
「『急にどうしたの?』……最初、出会い頭に仕掛けてきたのはそっちだろ。ならお前が文句を言う筋合いはないよなぁ?」
「……だ、それは………」
「手刀ならいいってか、都合がいい奴だな……………それで、なんだ。お前、学院長の話は聞いてなかったのか?」
「え、えっ、がくいんちょう?」
「ああそうだ、調査隊のことを伝えたらたその日……お前は本当に何の危機感を覚えてなかったのか。だとすれば相当お花畑な頭だな。」
そこらの奴らでもブルっていたが……こいつは嬉々として今さっき調査隊のことについて話してきた。ただ知らないだけだったとしても…………吐き気がする。
「調査隊の目的……覚えてるか?」
「う、うん……確か、でゅお? って人たちを捕まえるため……」
「その神って奴らがどういう集団か知ってるか? まあ、どうせ知らねぇからそんなとち狂った表情できるんだろうな…………」
「ど、どういうこと………?」
「……まだ分かんねぇのか。」
俺は剣を突き刺し、マグアの首………の横へ透かした。
「奴らなら、絶対外さない。何の躊躇もなく簡単に……お前を殺していた。」
「……………っ……!」
「…………分かるか? こんなぬるま湯じゃとても味わえない、本気の殺意を調査隊じゃ向けられるかもしれない…………笑えるよなぁ? 『非現実的だ』ってな。」
「わ、わら…わ…………」
「……笑えねぇか。当たり前だ……てめぇみたいに取り繕ってばかりの人間は、肝心な時に勇み立つことすらできずに死ぬんだ。その刻が来るまではヘラヘラして、いざ来れば泣き言で縋ることしかできないんだよ。」
……俺だって、そうだった。だがもう…………強くなることを『楽しい』なんて考えられるほど、楽観的じゃない。
(……だから、嫌いなんだ。)
「…………お前がどういう想いでここに来て、自分を鍛えているかなんて勝手にしろ…………けど、『組めて楽しめた』なんて戯言、2度と俺の前で口にするな。」
「………………」
「お前が今のままでいるつもりなら……消えろ。自分から変われない人間は、そのまま堕ちていくだけだ。」
『なぁ、何とか言ってみろよカリスト!! 僕とお前の違いを、どっちが優れて劣っているかをさぁ!!?』
「邪魔すんな…………俺の行く道を。」
その一歩を止める者はおらず……簡単に踏み出せた。
誰も、前にはいなかった。
彼は優しい人間ではありません。




