百四十六話 空っぽ
「…………!!?」
瞬間、マグアの手から無数の青い光が飛び出し、一斉に俺目掛けて降り注いでくる。それを俺はすかさず避けるが……その雨が止むことはなかった。
「ほらほら、どんどん行くよぉっ!!」
「っ……何だこの数は………?」
迫り来る光の槍を回避しながら距離をとっていくが、一向にその攻撃が収まる気配がない……一度発動したら解除しない限りずっと生成されるタイプの魔法か。
(魔法のスピードも速い……一瞬でも立ち止まれば巻き込まれるな。)
足を止めず、マグアの周りを走りながらこの状況の打開策を考えていく。
(……この距離で、ギリギリ何とか避けられている状況だ。近づくのはまず不可能……かといって魔法を仕掛けたところで打ち消され、ジェットで三次元的に移動しようともあの生成のされ方では無理だろう。)
マグアの手から出ている光は一直線に飛んできているわけではなく、噴水のように手から飛び出し降り注ぐようになっている。なので、マグアの頭上部分は光が傘状に包まれ守られているため、攻撃はほぼ通じない。
「さぁさぁ、こうなったら打つ手は無いんじゃない!? 降参してもいいんだよぉ?」
「降参? ……『魔力消費が激しいから逃げないでほしい』の間違いだろ?」
「……でも、そっちもこっちの魔力がなくなるまで体力が持たないんじゃない?」
マグアの放つスターダスト・スピアはあの速さと量……加えて地面を軽く抉る程度の威力からして、相当魔力消費が激しいはずだ。あと1、2分もすればすっからかんになることは目に見えて分かる。
しかし、それはこちらも似たようなもので、マグアの様子を見ながらあと1、2分も全力疾走は今のステータス的に無理がある。しかも、もしマグアがあの魔法をコントロールできるとすれば……逃げ場を潰されて詰みだ。
(…………まあ、もう手は打ってあるがな。)
「…………さて、そろそろ終わらせるよ。ウルスは強かったけど、僕にこの魔法を使わせたのが勝負の命運を分けたね。残念だけどこれで…………」
「ああ、決着だ。」
そう言って、俺は予め準備していた魔法を発動させた。
「包め、『風神・二式』」
「…………えっ?」
既に出来上がっていた魔法は俺に溜めの時間を与えず、すぐさま発動された。それは……宙に浮かんだまま消えずに残っていた小さなカケラが再び紫風を巻き起こし、彼女を中心に渦巻いていく。
「えっ、なっ、これ……どこから………!?」
「さっきの魔法から仕掛けていたんだ、念のためな。想像以上にに強力な魔法が来て少し焦ったが、この魔法を試すには十分手頃だったよ。」
「て、手頃って……あれ、竜巻になってる!??」
俺が時間を稼いでいる内に、渦巻いていた風はすっかりマグアを封じ込めるハリケーンとなっていた。
その結果、マグアの放つ光は全てハリケーンにぶつかり無力化されていく。
「こ、こんなもの………はぁっ!!!」
マグアはゴリ押しで竜巻を突破しようとするが……風神・二式は相手を閉じ込めるための魔法、そう簡単に崩すことはできない。
「万事休す……だな!」
マグアが手こずっている隙に、俺は片手に魔力を集め光らせる。その光は時間をかけるごとに輝きを増していき、そして……紫風の勢いが静かになった瞬間に解放された。
「『苦無ノ舊雨』」
「……っ、今度は空っ!??」
頭上から降り注いでくる大量のクナイの雨に、マグアは飛ばし続けていた光の雨をぶつける。そのせめぎ合いは意外にも一方的で、光の威力の高さはただ降ってくるだけのクナイを次々に弾き飛ばしていく。
(数の多さで何とか対抗できているが……やはり相手のレベルが上がってきている以上、この魔法も足止め程度にしか通用しない。)
転入してきたマグアはともかく、他のみんなも入学してきた時よりも数段強くなってきている。今まで通じてきた魔法や技術も所々通用しなくなってくるはず……龍属性もそうだが、もっと新たな力を活用していく必要があるな。
「……まあ、今回はこれだ。」
「はぁ、はぁ……大分消費されちゃったけど、今度こそ終わりだよっ!!!」
クナイの雨を防ぎ切り、満身創痍のマグアだったが、それでも余力はあるようで再びこちらへ光を差し向けてきた。
それに対し、俺は…………拳を強く握り、静まった紫風のカケラを集約させていった。
「ま、またそれ……次はなに!?」
「安心しろ、これで最後だ……お互いな!!」
集まった紫風はその拳を激しく吹かし、今までの一式・二式とは比べ物にならないほどの勢いを見せる。そして俺はそれを握りしめたまま駆け出し、向かってくる光に正面からぶつかっていった。
「か、風が……吹き飛ばして…………!?」
「このっ……うぉぉっ!!!!」
ラナの呟き通り、俺を狙う光は近づくたびに荒れ狂う紫風に吹き飛ばされ、消えていく。マグアも負けじと力を入れていくが……もうその程度じゃ止められない。
「だ、駄目だ、まにあわ………!!」
「吹かせ………………
『風神・三式』!!!!」
風に背中を押され、あっという間に縮まった彼我距離のままに……俺はマグアへと放ったその拳を振り抜く。すると取り巻く風は一斉に暴れ始め、拳を押し出す追い風となり……光すら見えないほどに吹き荒れていく。
地面を深く削り取り、空気を切り割く拳は彼女の魔力防壁をあっという間に壊し壁へと叩きつけた。
「そ、そこまで!! この試合、勝ったのはウルくん!」
「す、凄い……ウルスくんにまだあんな魔法があったなんて…………」
「……ちっ。」
勝負が終わり、それぞれが色んな反応を見せている中、俺は壁に埋まってしまったマグアを引っ張り出す……少しやり過ぎだか?
「……大丈夫か、マグア?」
「う、ううん……ちょっと、衝撃が………」
「……やりすぎたか。ミル、回復魔法をかけてやってくれ。」
「えっ、あ、うん!」
風神・三式の威力が高すぎたのか、マグアは壁に打ち付けられた衝撃で体を痛めてしまっていたのでミルに介護を頼む。そして彼女を回復してもらっている間に不満そうなカリストたちの所へ向かった。
「……カリスト、どうだった?」
「どうだったぁ? 何だ、『俺を褒めちぎってくれ』って言いたいのか?」
「違う、マグアのことだ。あいつの戦う姿勢はお前の目にどう映っていた?」
「…………あぁ?」
俺の質問に、カリストは芯の底から冷え切ったような声を出す。
それは苛立ちなのか、興味の無さから来るものなのかは分からないが……とにかく、彼の表情は『くだらない』という文字が目に見えて映っていた。
「……てめぇにそれを言う必要はあんのか?」
「いや、無いな。単に俺が気になっているだけだ……で、言えないのか?」
「…………気持ち悪りぃな。逆に聞くが、俺があいつの戦い方を好みだと思ってんのか? だとしたら相当目が腐ってるぜ、お前。」
(……やっぱり、そりが合わないようだ。)
『……何が悪くない、だ。こいつの戦いにおける経験値はゼロに近い、そんなヘラヘラした甘ちゃんと組んだところで生まれるものなんて存在しねぇんだよ。』
「…………じゃあ、俺は帰らせてもらう。」
「えっ、まだマグアさんは……」
「知らん、俺には関係な……なんだ、ライナ。」
ミルの静止を無視して帰ろうとするカリストだったが、何故かその前にラナが立ち塞がる。また、彼女自身も衝動的に飛び出したせいか、何故か気まずそうに目を泳がせていた。
「え、えっと……ほら、マグアさんもまだ回復しきってないし、せっかくなら待ってあげた方がいいと思って……」
「はぁ? 何でお前にそんなこと指図されなきゃいけないんだ? お前が口出す理由なんてないだろ。」
「それはそうだけど……でも、置いていくのはかわいそうだよ。」
「…………かわいそう? んなこと、俺に押し付けてくんな。いつもあいつが勝手について来てるだけなのに、何で俺が引き離したら悪者扱いなんだ? なぁ、どういう神経で言ってんだお前?」
「………………」
…………カリストの言い分は、間違っていない。
口こそ中々にきついが、彼を執拗に追いかけているのがマグアであり、それを鬱陶しく感じるのはカリストの性格的には自然である。ラナのような優しい人間ならともかく、カリストでなくても普通の人間なら警戒し遠ざけるのもおかしくはない。
大体、カリストもみんなも何故彼女がここまで彼に付きまとうのか理解していない。単に気に入られたのか、それとも別の理由があるのか……どちらにせよ、その訳を知らないうちは信用したくてもできないのが現状だ。
(…………だが、ラナが言いたいのはそんな正論じゃない。もっと子供じみていて、感情的な…………)
「…………じ、じゃあ私と勝負しよう! それなら文句ないよね!?」
「……はぁ? 何で俺とお前が……」
「いいから! 何だかんだ私と戦ったことはないし、ちょうどいい機会だと思わない?」
「…………めんどくせぇな…………やればいいんだろやれば!!! とっととぶっ倒してやるよ!!!」
「う、うん! でも負けないから!!」
カリストはもう諦めたのか、やけくそ気味に舞台の方へ向かった。それを見たラナはどこかホッとした様子でその後を追っていき……その間に俺はミルに膝枕されているマグアの様子を見にいった。
マグアは一見、痛みで苦しそうな表情をしていたが……それとは別にどこか嬉しそうな、正直不気味な笑みを浮かべていた。
「えへへ……膝枕、いいねぇ………」
「マ、マグアさん……くすぐったいからあんまりもぞもぞしないで……」
「武器はここに置いておくぞ……って、だらしない顔になってるぞマグア。もう痛みは引いたのか?」
「痛いのは痛いよ、でも……やっぱり人肌はあったかくていいねっ!!」
(……分からない奴だな………)
相変わらず情緒の分からないマグアを横目に、俺は近くに座り込み試合の様子を見る。どうやら意外にも勝負は接戦のようで、今は2人揃って剣の鍔迫り合いをしているところだった。
「…………なあ、マグア。聞いてもいいか?」
「ん……何を?」
「……お前は何故、カリストにそこまで執着するんだ? 単に強いからか、それとも……何か他の理由があるのか?」
「…………それは、言えないかな。恥ずかしいし……」
マグアは誤魔化すように空笑いをする。
父親曰く、マグアが学院に転入したのは『学べることが多いからだ』と言っていた。それ自体も本当のことかどうかは知らないが……ともかく、マグアのカリストに対する感情が未だ掴めない。
しかし、マグアはそれを答えるつもりはなかったので、俺は代わりの質問をぶつけた。
「……なら、マグア。お前はどうして学院で魔法を学び……強くなろうとする。」
「……強くなりたい理由? うーん……特に考えたことはないけど、強いて言えば…………『楽しいから』、かな?」
「た、楽しい……??」
まさかそんな言葉が出てくると思っていなかったのか、ミルは非常に難しそうな顔をする。だがマグアはあくまで当然といった表情で難なく話し始めた。
「うん、だって『勝負』って競い合うものでしょ? なら苦しくやってもつまらないじゃん。楽しくやって勝てればもっと楽しいし、そのために強くなるのも楽しい……こうやって過ごしてたら毎日が楽しいと思わない?」
「…………? ど、どういうこと……?」
「まあ、要は楽しむために強くなりたいって感じかな。ウルスが聞きたいのはこれでしょ?」
「…………そうだな。」
言い回しがいまいちよく分からなかったが、簡潔に言えば…………マグアにとって『勝負』は強くなるためのものではなく、楽しく日々を過ごすための『娯楽』のようなもの。だから、勝負の先にあるモノには興味もない、その時を楽しめればいい…………強くなろうとするのはあくまで勝負をより娯楽へ昇華させるためのスパイスってところか。
(……少なくとも、俺は勝負を娯楽として見たことはない。もちろん、誰かと競い合うことを楽しんでいる気持ちもあるが…………そんなことのために俺は強くなろうとした覚えはない。)
俺にとっては守るため、カリストは俺を越えるため……人によって強くなりたい理由が違うのは当たり前だ。そして、それが楽しむためであっても誰かがケチを付ける理由は無いが……………
『…………守る、ため。』
「…………強くなって、お前は……どうなりたいんだ?」
「……どう? どうってだから……」
「違う、勝負とか競い合うとか……そんなものを抜きにして考えてくれ。ステータスを上げて、人を倒す力をつけて…………そこから、どうなるつもりなんだ?」
「………………」
……押し付けがましい、思想だとは思う。
誰もが目的を持って自己を高めている……そんな合理的なわけがない。中にはただぼんやりとこの学院に通っている人間だって少数派だがいるはず、それを否定できるほど俺は偉くも権利もないが…………マグアがそんな奴だとはとても思えない。
普段はひょうきんな態度を見せているが、決してそれが彼女の自然では無いことは理解している。戦いの最中でもわざとらしく惚けたり、相手の油断を誘うような話術は見て取れた。
(一体、マグアは何を思って…………)
「…………僕は、空っぽだったから。」
その時……ぽつりと、小さな声が聞こえた。
虚だったり空だったり。
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