百三十五話 物好き
「……おっ、ウルスじゃないか。奇遇だな。」
「こんにちは、ルリアさん。」
授業終わりの廊下を歩いていると、ルリアとばったり遭遇する……まあ、俺はいつも魔力感知を張っているので、ばったりも何もないが。
「なんだ、今日はもう暇なのか? 最近は女子たちによく連れ回されていると聞いたが……人気者も忙しいな。」
「何ですかその言い方……そういうのじゃないのは分かってるでしょう? というか誰から聞いたんですか、それ。」
「ミルがこの前独りぼやいてたな。『ウルスくん、他の人とばっかり……』って、悲しそうに。あんまり女を寂しがらせるもんじゃないぞ?」
「いや、だから俺とミルはそういう関係じゃ……」
「そうじゃなくてもだ。全く、ウルスもそこはちゃんと子どもなんだな………」
「は、はぁ………」
ルリアは何か勘違いしているのか、うんうんと先輩風を吹かしながらこちらを諭してくる。しかしその顔にはどこか面白がっている色も見えたため、単にからかっているだけなのかもしれないが。
(案外、そういう話が好きなのか……でも、そっちも大した経験があるとはとても…………)
「…………あまり見縊るなよ?」
「…………え。な、何がですか?」
「ふっ……自分の胸の内に聞いてみるんだな。」
(……神眼か? ……いやそんなわけないだろ。)
だとすれば、女の勘……ってやつなのか? 何にしろ、やはり女心ってのは全然分からない…………
「まあ、そんなことは置いておいて……せっかくだ、私の特訓に付き合ってくれないか?」
「特訓ですか……いいですよ。あんまりルリアさんとはしたことが無かったですし、久しぶりに上達ぶりを披露してください。」
「ああ、任せろ……精々、本気を出してしまわないようにしてくれよ?」
「……やれるものなら、どうぞ。」
そんな挑発合戦をしながら、俺たちは訓練所へと向かった。
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「確か、1年の首席はカリストになったそうだな。他の奴らの順位も変わったりしてるのか?」
「そうですね、上位5位まで変動はないですが、10位にフィーリィア、9位にニイダ、7位にミルが入り込んだそうです。ローナたちも順位はかなり上がってますね。」
「…………一応聞くが、お前は?」
「……11位です。」
「はっ、ギリギリ上位じゃないってか。どうせ何か根回ししたんだろ、じゃないとお前の実績的におかしな話だ。」
俺の順位を聞いて、ルリアは笑い飛ばしてくる。
「そうでもないですよ。カリストの繰り上げが異質であることは認めますが……武闘祭はあくまで祭り、学院での成績自体に大きく加算されるようなものじゃないです。」
「そんなことは知ってる。カリストがいきなり首席になったのも、アーストが休学した穴の埋め合わせに過ぎないんだろ? 元々順位も高かったし、武闘祭の盛り上がりっぷりをみれば変ではないが……いくらなんでもお前が上位じゃないのは、違和感を持つ奴が現れてもおかしくはないぞ?」
ルリアの言う通り、俺はあの武闘祭で大々的に名を馳せてしまい、すっかり学院内でも所々目を向けられるような存在となってしまった。
そんな人物がいるのにも関わらず、カリストやフィーリィアたちだけが上位になっていることを変に思う奴も、その内現れるのかもしれない。だが………
「問題ないです。いずれ俺もこの状態で首席……ソルセルリー学院一番になるので、どうせいつかは全員……違和感を持つんです。」
「……ん? どういう意味だ?」
「ルリアさんが今抱いている感情のことです。『どうして、奴は首席でもないのに』……そう言われている奴がこの学院の天辺をもし取れば、どうなると思います?」
「…………それは、大盛り上がりだろうな。生来、この学院での序列っていうのは、入学から卒業までほとんど変わらないものだからな。特に、上位順位が入れ替わるなんて一年間に1人いるかどうか……それくらい、上位の壁は高いんだ。」
ルリアはそのことが身に染みているのか、難しそうな顔をしてそう言う。
「知っているか、2年と3年の首席の実力を。2人とも他の学生とは桁違いの力を持ってるが……特に、3年の首席は尋常じゃない強さを誇っているんだ。」
「ええ、話には……けどあまり上の学年と交流することがないので、顔も名前も知りませんが。」
「名前もか? まあ聞いたところ、お前が勝ちを目指そうとしたのはつい最近だからな、知らないのも無理ないか。」
ルリアはそう言って、俺に彼らの説明を始めた。
「今、おかげさまで私の順位は6位にまで上がっている。正直、単純な実力なら3位まではいけると自負しているが……2年首席、『クルイ』には今のところ勝てる自信は全くない。」
「……クルイ。ルリアさんでもそう言うくらい強いのですか?」
「ああ、奴の動きは何度か見たことがあるが……とにかく速い。おそらく足のステータスが人より優れているんだろう、少しでも油断すればあっという間に置いてかれてしまうな。」
ルリアがそう言うのならば、少なくとも足のステータスは彼女の2倍……200以上あると見ていい。一学生が持つとは思えないほど高いな。
「もちろん、剣術や魔法の才能も高い。それらが噛み合った時には、もう誰も手出しができない……それくらい、クルイは強い。」
「……なるほど。じゃあ、それよりも格上の3年首席は……」
「…………はっきり言わせてもらうと、力を抑えたお前では勝てない……私はそう思う。」
…………これはまた、大きく出られたものだ。
「……本当ですか、それは。」
「ああ。クルイならお前の実力で何か策を見出せると思うが……『フラン=ハート』にはおそらく、今のままでは絶対に勝つことは不可能だ。下手をすれば足元にも及ばない……それこそ本気を出さなければ、勝負にならないだろうな。」
(…………フラン=ハート、か。)
……ルリアは俺の本当の実力を知っている。それでも尚、俺には勝てないと言い切るとは…………
「…………そうでないと、一番になる意味がありませんよ。」
「……………ほう?」
俺の一言に、ルリアはそう感嘆する。
「学院長に頼まれたんです、力を抑えた状態でこの学院のトップになって欲しい……って。ステータスが勝負において全てではないと、俺の持つ力で証明してほしいと。」
「……だからお前は一番を目指すようになったのか?」
「…………きっかけは、そうでしたね。けど……ルリアさんの話を聞いて、もう1つ理由があったんだと感じましたね。」
「もう1つ?」
「はい、何だかんだ俺は…………勝負が好きなんだと。」
俺はボックスにしまっていたC・ブレードを取り出し、太陽の光を反射して現れる光沢を眺める。その光沢は藍色の剣をより鮮やかに見せ、俺の顔をはっきり映していた。
「今までの俺にとって『強くなる意味』は、誰かを守るためだけでした。それ以外の意味なんて必要なかったし、他人の強さなんてどうでもいい……そう思ってました。」
「……………世界最強の強さを持つからこそ、か?」
「……かもしれません。でも、この学院に入って、みんなが勝負を通じて成長する姿を見て……まだ、俺にも何か残っているんじゃないかと感じました。人と競い合うことをしなかった俺に、成長の余地がまだあると……」
…………もちろん、単なる強さだけではない。精神、心もきっとまだまだ俺は弱いんだ。だからアーストたちに不覚をとってしまい、みんなを危険な目に合わせてしまった。
それは……俺が自分のことを『強い』と思っていたからだ。自分の圧倒的なステータスがあるからと油断をし、もう成長するものはないと心のどこかで決めつけていたのだろう。
「学院での勝負はどれも刺激的で、こんな俺でも何かを感じ取れるくらいに充実しています。そして、もしこの学院の一番になることができたら……俺は、ここからさらに成長できる。」
「…………いい目標じゃないか。だがその道の歩き方はかなり険しいぞ? せめて少しくらいはステータスを解放した方が………」
「いえ、今のままでいいんです。険しいくらいが丁度いいですから。」
「……ふふっ、お前も物好きだな。」
俺の威勢の良さに、ルリアは興味深そうに笑う。そして、そんな話が丁度終わる頃にはもう、俺たちは訓練所の前にまで到着していた。
(……この魔力たちは………)
「よし、じゃあ特訓を始め……おや? あれは………」
「ねぇねぇ、タールくんってどんな食べ物が好きなの? ちなみに僕は甘い物!!」
「知るか、邪魔するなら帰れよっ!」
「えぇ? じゃあ僕と特訓しようよ、絶対にタールくんのためにもなるんだし!」
「だから、お前みたいな奴と鍛えたって何の特にもなんねぇんだよ!!」
「…………何だ、あの女は? あのカリストを手玉に取るなんて、中々のやり手だな。」
「て、手玉って……あれはつい先日俺たちのクラスに転入してきた、マグアです。カリストとの関係は知りませんが、以前に何処かで会ったとかだと思います。」
「へぇ……それはまた期待の新星だな。強いのか?」
「さぁ……まだ戦っているところを見たことがないので。」
訓練所に入ると、相変わらずバタバタと騒いでいるカリストとマグアの姿があった。どうやら1人で特訓をしたいカリストを邪魔? しているといった様子だ。
そんな2人をルリアはしばらくじっと見つめたあと、不意に何か面白いことを思いついたのか口角をニヤッと上げてこちらに問いかけてきた。
「……なぁ、話しかけてみてもいいか?」
「え? ま、まあいいですけど……絶対面倒なことになりますよ?」
「面倒なことほど、突っ込みたくなるもんだ……おーい、カリスト!」
「あぁ!? 今度はだ……ウルスとミカヅキ?」
ルリアの呼びかけに、カリストは不機嫌そうに反応した。そんな彼の機嫌はどこ吹く風か、ルリアは特に気にすることなく近づいていった。
「ん? 誰なのタールくん、知り合い?」
「ああ、初めましてだったな。私はルリア=ミカヅキ、2年の上位をやらせてもらってる者だ。そこのカリストとは顔見知りってところだな。」
「へぇ、上級生なんだ……あっ、僕はマグアです! 最近ここに転入して、タールくんと友達の者です!!」
「何が友達だ!!」
(……元気だな………)
彼らのやり取りを後ろで眺めていると、俺の存在に気づいたのかマグアがひょこっとこちらに近づいてきた。そして何故か俺の顔をジロジロと見つめてくる。
「…………なんだ?」
「……確か、ウルス……くん? まあウルスでいいや。なんか………パパの言ってた人に似てるような……?」
「パパ?」
(…………そういうことか。)
おそらくガータが勝手に何かを話していたのか、マグアは俺の姿に既視感を抱いているのだろう。だが流石に名前までは言ってないだろうし、その話と俺を結びつかないはず。
「……気のせいか、こんなところにいるわけないし。」
「……それで、てめぇら何のようだ? 暇ならこのバカを連れて行って欲しんだが。」
「バ、バカは酷いよタールくん!」
「そうだぞ、もっと優しくしてやるんだ。お前も一応貴族なんだから、紳士らしい対応をしてみろ。」
「はぁ? 何が紳士だ、そんなものになったところで強くなれるか……つうか、そんなくだらねぇこと言いに来たのかミカヅキ?」
「さんをつけろ……いや、ちゃんと用事はあるぞ。だからそうカリカリするな。」
「カリストだけに、なんてねっ!!」
「「………………」」
………………………ノリが、凄いな。ガータはどういう教育をしていたのか……その内聞いておかないと。
「…………ごほん。それで用事なんだが…………この4人でタッグ戦をしてみないか?」
「「………え。」」
その時、初めて俺とカリストの思考が一致した。
唐突なタッグ戦の開始です。
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