百三十二話 羨望
「はぁ、やぁ……とりゃぁっー!!」
「……叫べばいいってものじゃないぞ、ローナ。」
「えっなんふがぁ!?」
授業が終わり、放課後のある日。ローナから『もっと強くなりたいから稽古をつけて!』と言われ、俺は人が来ない端っこの訓練所で彼女の特訓に付き合っていた。
そして、今は興奮気味に斧を振り回してきた彼女のおでこを再びデコピン……といっても今回は結構な威力でお見舞いし、体勢を崩させた。
「つ、強っ……!?」
「隙ありだ。」
「あっ、ぐわぁっ!?」
こちらの手段に不意を突かれていたローナを、俺はそのままシュヴァルツで吹き飛ばす。今の俺はある程度ステータスを解放しているので直接当てることはしないが、斧にぶつけるぐらいでも十分にダメージを与えることはできていた。
「あ、あれぇ? あの時みたいに当てれない……?」
「あの時……裏拳のやつのことか?」
「そう、それ! あれならウルスでも通用するかなって思ったんだけど……何故か上手くいかないんだよねー。」
「……俺もよく分からないが、あの日とは色々状況が違うからな。だが少なくとも、今みたいな馬鹿な掛け声はいらないんじゃないか?」
「ば、馬鹿って失礼だねぇ!? このぉぉっ!!!」
俺の一言が余計だったようで、ローナはやけくそ気味に斧を振り回してくる。
(……ベアーアックスだったか。確か魔法武器ではない、普通の物らしいが……もっと活かしてやれないものか。)
彼女の戦闘スタイルは基本拳であり、遠距離魔法や武器をしようした戦いは今までにほとんど見たことかまない。それが彼女の長所であり短所であるんだが……やはり、他の者たちより手段が少ない。
ジェットを覚えたとはいえ、精度は俺やルリアよりも低く……ローナもあれはあくまで近距離戦でしか使っていない。だとすれば新たに遠距離で戦う方法を教えるか、近距離をより強化させるか………
「……ローナ、一旦ストップ……」
「おりゃりゃりぁっ!!!」
(……聞いてない。)
もはや子どもの芸みたいにローナはがむしゃらに斧を振り回してくる。そんなものが当然当たるわけもなく、俺はその場からほとんど動かす避けて行く。馬鹿と言われるがそんなに気に食わなかったのか、それとも『ユウ』……もとい俺との戦いを楽しんでいるのか………
(……何にせよ、一度止めないと。)
「……はぁっ!」
「…………っ!!」
静止の意を込めて、俺はさっきよりも強めに斧を剣で叩いた。すると………………
「「………………えっ?」」
お互いの武器が、鈍い音を響かせながら…………綺麗に壊れていった。
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「ご、ごめんウルス……剣を壊しちゃって。」
「謝らなくていい。どんな物にだって寿命はあるんだ、それがたまたま今日だったってだけの話だ。」
落ち込むローナを慰めながら、俺たちは未だ武闘祭の余韻が残る街中を歩く。
「……それで、どうだ。せっかく変えるなら魔法武器にしてみないか?」
「うーん、それはいいんだけど……というか今日頼んで今日貰えるって本当なの? 朝ならともかく今はもう夕方だし、そんな店どこに……?」
「心配しなくていい。この街に俺の知り合いの店があるんだ、そいつに頼めば遅くても夜には完成させてくれる。」
「早っ!? そんなに凄い人なの!?」
「凄い……かは分からんが、腕は立つぞ。」
適当な会話をしていると、やがてガータの鍛冶屋の前にまで到達する。そしていつものように裏口の扉を開け、中に混じっているであろう汚れたバンダナを巻いた男は声をかける。
「ガータ、いるか?」
「ん? ……おお、久しぶりだなウルス! 武闘祭じゃ大活躍だったな!」
「観てたのか。前から思ってたが、意外と勝負事に興味あるのか?」
「あったりまえだ! 学院で貸し出してる武器のほとんどはここで造ったもんだし、お前たち以外にもこの店の武器を買ってる学生もいるんだ。その活躍っぷりを観てやらないと気が済まねぇって………っと、隣にいるのは確かウルスと同じチームの……」
ガータはこちらに近づきながら、横にいるローナへと目を向ける。するとローナは持ち前の明るさを見せながら元気よく挨拶をした。
「はい、ローナです! ウルスとは長い付き合いで、友だちです!」
「長い付き合い? ……お前さん、まさかミルって子を差し置いて……」
「んなわけないだろ、ただの学友だ……ローナ、この下世話な男はガータ。ここで毎日打ってる鍛冶馬鹿だ。」
「おいおい、前より紹介が雑になってないか……?」
ふざけたことを言うガータの小言を無視しながら、俺は話を続ける。
「そんなことより、今回も依頼に来た。できれば今日中に造って欲しいんだが……」
「また壊したのか? まあ、遅くなってもいいなら別に構わないが……どんなやつがいいんだ?」
「その事なんだが……少し相談したいことがあるんだ。ローナ、壊れた武器を出してくれ。」
「えっ、いいけど……」
俺の指示で、ローナは先程壊した片手斧をボックスから取り出す。その片手斧は刃の部分が完全に砕け散っており、とてもじゃないがまともに使える状態では無くなっていた。
俺の壊れた武器も取り出し見せると、ガータは首を傾げながら壊れた武器たちに指を差した。
「……これらが壊れたんだな。で、何をどうしろと?」
「……ガータ、率直に言うが……この壊れた武器と素材の別の金属を混ぜて、新しい武器を作ることってできるか?」
「…………混ぜる?」
全く意味を理解していないローナに対し、ガータは理解してはいるものの変わらず困惑した様子で答える。
「……金属を混ぜ合わせる…………そんなことをしてどうするんだ?」
「俺も詳しくは理解してないが……合金という技術は知ってるか?」
「ごうきん? 聞いたこともないな。」
「そうか。合金というのは二つ以上の金属を混ぜ合わせて、より強度で高品質な金属を造り出すものだ。今回はその技術を使って新たな武器を2つ造って欲しい。」
「うーん……本当にそんなことでより強い武器が作れるのか?今までそんなことは一度もしたことはないし、仮に形になったとしても強い物が造れるかどうか……」
「ああ、確かに武器自身がどうなるかは俺も分からない……だが、本質はそこじゃない。魔力の融合にあるんだ。」
「「魔力の融合?」」
今度こそ予想していない話をされたか、2人揃って首を傾げる。そんな彼らに俺は順に説明を始める。
「ローナ、魔法武器と普通武器の違いは分かるよな。」
「え? うん、魔法が使える武器かそうでないかってことでしょ?」
「そうだな。じゃあガータ、魔法武器はどうやって魔法を発動できるようになっているか知ってるよな。」
「……ああ。武器を造る際に、その金属が秘めている魔力を引き出して魔法を打てるように仕組む。あまり無茶な魔法を構築すればなまくらになる可能性もあるが、その魔力に従った性質の魔法なら簡単にできるな。」
ガータの答えに頷きながら、次は分からないであろう質問を2人にぶつける。
「じゃあ次だ。2人とも、同じ金属系の物でもその中に秘められてる魔力の性質は違うことは知ってるか?」
「……そうなの?」
「ああ、それは知ってるが…………ん? まさかお前……」
「ガータが想像した通りだ。例えば俺の使っていたシュヴァルツと別の金属を混ぜて、新たに造った武器……その武器の中に秘められている魔力は……」
「…………ああ!! もしかして2つの魔力が混ざり合った、全く別の新たな魔力ができるってこと!?」
俺が答えを言う前に、ローナが割り込んで入ってくる。そんな興奮気味の彼女を抑えながら話を続ける。
「……さっき、ガータは武器を造る時に『魔力に従った魔法を』って言ったな。」
「……混ぜ合わさった魔力なら、今までにない特殊な魔法武器を造り出せるってことか?」
「そういうことだ。根幹の違う魔力を混ぜるということは本来難しいことだが、物同士を溶かしあってやれば強制的にできる。その魔力がどういうものになるかはやってみないと分からないが……どうだ、ガータ。いけるか?」
「おう、面白そうじゃねぇか! いっちょやってみるかっ!!」
ガータは血が疼くと言わんばかりに大きな力こぶを見せ、早速武器造りに取り掛かった。
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「…………よし、完成だ!!!」
「やったぁっ!! これが新しい私の武器!」
数時間後、調整に時間が掛かり、すっかり夜になって3人だけになってしまった鍛冶屋の中で2人が叫ぶ。それに倣うように俺もその出来上がった新たな武器を手に取ってみせる。
「…………これは、中々の業物だな。流石に神器には及ばないが、お前の中じゃ一番の出来じゃないか?」
「ああ、こんな代物は初めてだな! いやぁ、最初にお前の魔法武器の注文を聞いた時は無茶苦茶だと思ったが……この合金? 方法なら案外できるもんだなっ!!」
「そうだね、私のも結構癖が強いけど……ウルスのそれって本当に扱えるの? 全く使い道が思いつかないんだけど。」
「……大丈夫だ、そういう武器だからな。」
俺の新たな魔法武器は、シュヴァルツよりもやや太い剣身を持ち、より微量に長く重く鮮やかな藍の色に統一された片手剣だ。
対するローナの魔法武器は、以前のベアーアックスよりも一回り小さく、茶色に統一されていた刃の部分はより鋭く焦茶色に染められており、長く太くなった柄の部分はアーモンド色となった片手斧だ。
ローナも自身の武器を持ち上げ、探りさぐりに指で斧をつついていく。
「魔法武器かぁ……今まで一回も使ったことないし、そこまで頭回るかな?」
「最初はそういうものだ、慣れてしまえば今より強くなれるさ。」
「……それで、名前は………」
「いや、俺に決めさせてくれ。」
ガータが名付ける前に、俺がそれぞれ名前を紙に書き見せた。
『名前は?』
『……それは言えないな。』
『そう……それじゃあ、なんて呼べばいい?』
「…………何だ、当て字か? 何で読むんだ?」
「……俺の剣は『C・ブレード』、ローナの斧は『W・ベイル』だ。」
「ほぇ、よく分かんないけど……カッコいい!! 気に入った!!」
ローナはそう言ってキラキラした目で斧を撫でる。何がともあれ無事完成できてよかった。
「……さて、そろそろ帰ろう。門限もギリギリだしな。」
「あっ、そうだった! ガータさん、今回はありがとうございました!!」
「こっちこそ、俺もいい体験ができたしな……でだ、ウルス。明後日は休日だろ? たまには素材集めを手伝ってくれないか?」
「素材集め? ……ああ、いつも世話になってるしいいぞ。それじゃあまた。」
ガータと別れを告げ、ローナと一緒に急ぎ足で学院へと向かう。するとローナが何か思いついたようで、俺の肩をちょんと差してきた。
「……なんだ、ローナ?」
「ねぇ、そう言えばウルスって転移魔法使えたよね? 2年前も私の前から一瞬で消えてたし……それを使えばすぐに学院へ行けるじゃん!」
「…………それもそうだな……」
今は人もいないし、神眼で転移されたことは誰にも気付かれることはないが…………
『……ねぇ、ユウ。最後にお願いしていいかな?』
『…………お願い?』
「…………せっかくだ、ローナ。向かうついでに旅の話でもしようか?」
「……え、ほんとうに!? でもなんでそんな急に……?」
「……まあ、いい機会だしな。でも転移を使えば話すのはまた今度になるな………」
「あ……じゃあ転移しない!! だから旅の話を聞かせてよウルスっ!!!」
俺の一言に見事釣られ、ローナはまるで夢を語るような瞳でこちらの反応を待っていた。
そんな彼女は、あの日と全く変わらない…………純粋で輝かしい色に染められていた。
(………………眩しいな、相変わらず。)
俺はそう心の中で零し、羨望の目に応えた。




