百二十九話 みんな
「……本気で言ってるのか、ニイダ。」
俺は警告をするように、ニイダにその言葉の意味を問う。しかし彼は相変わらずのおちゃらけた雰囲気で返してくる。
「本気っすよ。今までウルスさんの強さは何度も見せつけられましたが、この身に味わったことは一回しかないっすし。せっかくこんな日が来たんすから、手を合わせる以外に選択肢は無い……っすよね、カリストさん?」
「………………!」
ニイダはカリストにそう話を振る。するとカリストは一瞬だけ目を見開くが、次第に口角を鋭く上げて自信満々な表情をこちらに見せつけてきた。
「……ああ、今まで散々言ってくれたんだ。ちょっとくらい俺たちの願いを聞いてくれたってバチは当たらないもんだぜ?」
「カ、カリストさんまで……」
「けっ、逆に聞くが……お前たちは確かめてみたくはないのか? 曰く、奴は英雄をも超える世界最強サマだ。そんな人間がこんな近くにいる……なら、やるしかねぇだろぅ?」
「……確かにな、前からまだお前には隠している力があるんじゃないかと思ってたんだ。こんな形でやり合うのは不本意かも知れないが……少し付き合ってもらいたいものだ。」
カリストの言うことに、今度はルリアも乗ってくる。そんな理解の追いつかない流れに俺は戸惑いながらも、ただ静かにその様子を眺めていた。
「……なら、私もやる。ウルスの本気……見てみたい。」
「おっ、良いっすねぇ……どうすか、ライナさんも。ウルスさんの力、知っておきたいでしょ?」
「……………そう、だね。じゃあ……私も参加するよ。」
「ラ、ライナさんまで……仕方ないですね、なら僕もやりますよ!!」
「変なことになったなぁ……まあ、俺もやってやるよ!! 自分の力が本気のウルスにどこまで通用するかも知りたいしなっ!!!」
フィーリィアにラナ、カーズ、ソーラも次々に勝負の意志を示してくる。そんな中、ミルは小さく手を上げて言った。
「……私は見ておくよ、ウルスくんの強さは十分知っているから。」
「何だ、随分と弱気だな? 話を聞く限り、お前も力を隠していたんだろ? なら見せてみろや。」
「いや、私はウルスくんほど強くないから……それに、私が参加してもしなくても勝負に影響は無いと思うよ。」
カリストの挑発に、ミルはどこか自慢げに返す。確かにミルにとってこの勝負は参加する意味もない……なら…………
「……ローナ、お前はどうする。」
「…………そうだね………」
ここまでずっと黙っていたローナはいつものはっきりとした声とは違い、暗さの色を含んだ小さな声で首を傾げ……横に振った。
「やめておく、私も観客側に行くよ。」
「えっ、そうなのかローナ? お前のことだからてっきり参加するものだと思ってたが……?」
「まあ……たまには、ね? 外から見たほうが分かることもあるだろうし……頑張ってねみんな!」
「あっ、私もいくよローナさん!」
先走るように観客席へと向かっていくローナをミルが追いかけていく。そしてこの場に残った彼ら6人はそれぞれ勝負の準備を始めていた。
「7対1か……普通なら圧倒的有利だが、相手はウルスだ。むしろ、まともな連携が使えない私たちの方が不利と言っても過言ではないな。」
「そうですね、しかもあのステータスで挑んでくるということは……下手をしたら何もできないかもしれません。」
「いきなりだし……あんまり無茶はできないね。」
「けっ、それならそれまでってことだ。今更及び腰になっても仕方ねぇ、全力で奴をぶっ潰すんだよっ!」
「威勢が凄いな……そういうところは感心するぜ!!」
「……私も、もっと威勢よくした方がいいかな……?」
「人間、素のままが一番っすよ……っと、こっちの準備はいいっすかね。ウルスさんは?」
(………………)
…………今から、俺は本気を彼らに見せるのか。
『ば、バケモン……だぁ…!!!?』
『がぁぁっ……はな、せっ……化け、物っ!!』
(…………迷いを捨てろ、俺は……“ 化け物 ”なんだ。)
「……ああ、大丈夫だ。」
俺はアビスを取り出し、剣へと形を変えた。
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(つい、勢いで乗っちゃったけど……まさか、彼と勝負をすることになるなんて……)
チェンジブレードを構えながら、私は謎の球をボックスから取り出し、片手剣へと変形させた彼を見据える。
まだ、頭はまともに働いていない。いろんな感情が胸の中で混ざってぐちゃぐちゃになって、何をどう思えばいいのか全く分かっていなかった。
(……あぁ………でも………)
それでも、当然の話なんだろう。
何せ、10年……そればっかり考えてきたのだから。
「…………そっちからこい。」
「……じゃあ、俺から行かせてもらうっ!!!」
彼の誘いにソーラ君が乗り、駆け出していく。
ソーラ君の武器は剣と盾……本気の彼がどんな技や魔法を使ってくるかは分からないが、上手く噛み合えば盾で防げられるかも…………
「はぁぁっ、く「まず、1人。」」
「……………え?」
刹那、剣を持つ彼の手が揺れた気がした……と思ったその頃には、向かっていったはずのソーラくんは真反対の壁へと激突し、魔力防壁を破壊されていた。
「……今、何が………!?」
「……斬ったんだろ、あのけ……ぁ? 変わってる……?」
カリストが意表をつかれたような声を出す。その反応に釣られた私はすかさず彼の武器を確認した。すると……いつの間にか武器は片手剣から戦斧へと変形? していた。
「……剣から、斧に………」
「そういえば、そもそも球から剣に変わってたっすね。あれがあの黒い武器の魔法能力なんすかね?」
「そうらしい、名前はアビス……以前一度だけ見せてもらったことがあったが、あれは厄介だ。色んな武器の形に変化して、対応するのは非常に難しい。」
「対応とかいう話じゃねぇだろ、反応すらできない攻撃に何を考えろってんだ。」
……あれでもまだ、彼は全力ではないのだろう。もし今の一撃が本気だったのならば、ソーラくんの体は重症じゃ済まない……少なくとも、マルク=アーストに放ったものはこんな威力じゃなかったはず。
(考えろ……今日まで私はずっと……追いかけてきたんだ。これ以上引き離されたら……駄目だ!!!)
「……みんな、作戦がある。」
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(……何も、気持ちよくない。)
よく、ゲームでは弱い敵を圧倒的な力で淘汰するといった行為があるが……いざそんなことをしても気分が良くなるどころか、むしろ吐き気が込み上がってくる。
そういう目的で強くなったならまだしも、違う。俺は……ただ…………
(……大体、ニイダは何故こんなことを………)
この中では一番、奴が分かっていたはずだ。俺の力がどれほど強大なのか……自分たちの力がどれほど足り得てないのか。
まず、敵わない。ローナのように偶然? の一撃が入ることが万に一つはあるのかもしれない……が、流石にそんな奇跡を狙って戦いを挑むほど、ニイダは馬鹿ではだろう。
……なら、何か別の目的があるのか? だとして、それは一体…………
(…………考えても、仕方ない。今は彼らの本気に応えるだけだ。)
ソーラが早々にやられたのを見て、彼らは作戦を話し合っていた。しかし5人もいればまず複雑なやりとりはできない、精々簡単な役割を決めるのが関の山だ。
「……待たせたっすね、ウルスさん。申し訳ないっすけど、ここからは一気にいくっすよっ!!!」
「……来るか。」
会議も終わり、それを待ち受けようと再び斧を構えたところ、何のディレイもなくニイダが攻め上がってくる。
(……作戦があるとするならば、近づかれるだけ厄介だ。ここは斬撃の風圧で……)
「……ここっ!!!」
「はい、『エアボール』!!」
「……!」
俺がその場で斧を振ろうとしたところ、彼女の指示でカーズが風魔法を放ってきた。そしてちょうど俺の起こした素振りの衝撃波とエアボールがニイダの前方で激突し……打ち消しあった。
「うぉ……でも、いけるっすよ!!!」
(なら、連続で繰り出すまで。)
一瞬だけ怯みはしたものの、ニイダは再び攻め上がってくる。それに対し俺はさっきのような対処をさせないために、衝撃波を幾つにも分けて飛ばしていく。また、ついでに後方のカーズにも一撃だけ飛ばし、妨害を防いだ。
「ぐはぁっ!?」
「これはまず……ぐふっ!!」
俺の行動に対応しきれなかったニイダはその衝撃波をもろに受け、そのまま魔力防壁を壊され吹き飛んでいく。カーズの方はギリギリ生き残ったようだが、少なくともすぐに次の行動に移せるほどの時間は無さそうだったが…………
「縮めたぞ、ウルス!!!」
「知ってますよ、ルリアさん。」
ニイダの背後に潜みながらこっそりと前進していたルリアは、彼を盾にして風圧攻撃を防ぎ、飛び上がってきた。また、今にも魔法を発動すると言わんばかりに手をこちらに構え、放とうとしてきていた。
「『水紋』!!!」
そして予想通り、3枚の水の皿が飛んでくるが……何故か俺に直接は当てず、目の前の地面にわざとらしく弾けさせた。
(目眩し……なら、来るのは………!)
「おらぁァっ!!!!」
そんな雄叫びと共に、一瞬にしてカリストが俺との間合いを詰め大剣を横振りしてきた。確かに、カリストが例の解放の力と超越・力を発動すれば、俺との距離を詰めることぐらいはできるだろう。英雄レベルなら何とか一撃を与えられたかもしれないな。
「……まだ、遅い。」
「っ………馬鹿な……!!?」
俺はカリストの大剣を摘み、止めさせる。すると、さすがにこんな形で阻止されるとは思っていなかったのか、カリストの表情が一気に凍りつく。
「カリストっ!!!」
「ちっ……!」
(……上か。)
今度は頭上からルリアの追撃の剣が振り下ろされようとしていた。このままではカリストもろとも食らってしまうが、おそらくそれも作戦のうちなのだろう。
しかし…………全く足りない。
(浮いていたら、避けられまい。)
「なっ……くっ!?」
「ぐぁっ……!?」
俺は持っていた斧をルリアへと投げ上げ、剣を弾かせ体勢を崩す。また、この動作の間に摘んでいた大剣をこちらへと引っ張り、無理やりカリストとの間合いを詰めさせた。
そして、カリストの体を空いた片手で持ち上げ、降ってくるルリアに投げぶつけた。
「「がぁっ!!!?」」
「『水弾』」
仕上げに、今のぶつかりで瀕死状態の2人の魔力防壁を割るために初級魔法の水の弾を1発当ててノックアウトさせた。
「まだですっ!!!!」
「ここから……!!」
すると、またもや2人の影に隠れながら接近していたカーズとフィーリィアがそれぞれの武器を徐にこちらへと突き出してきていた。しかし、俺はその両手剣と片手剣を…………
「…………剣……!?」
……フィーリィアの武器はともかく、カーズの突き出したものは槍ではなく金色の片手剣だった。まさか、さっきの一瞬で彼女と武器の交換をしたのか……?
「伸びろ!!!」
「はぁっ!」
「……甘い!」
フィーリィアの斬撃をバックステップで避けてから、カーズが突き伸ばしてきた剣の切先を翻して空かさせる。彼女の魔法武器による剣の収縮はかなり速いものだが、慣れていないカーズが使ったところでそもそもの軌道として当たっていな……
「甘くて十分!! ……はぁぁっ!!!」
(っ、振りあげ……? それこそ当たるわけがない……)
カーズはあろうことか、外した剣をそのまま伸ばしながら斬り上げ、その重さに流されるように半月を描き体勢を崩していた。
(…………何がしたいんだ………?)
「はぁっ!」
「ぐふっ……!!」
「くっあっ……!!!」
意味のわからない行動に疑問を抱きながらも、俺は隙だらけのカーズとフィーリィアの胴体に2連蹴りを入れ、魔力防壁を破壊する。また、伸び切った剣はそのまま地面へと激突し転がり、砂埃を上げて放置された。
……後は1人、もう彼女にできることは…………
「あるよ、ウルくん!!」
「っ………!?」
砂埃の奥から、そんな凛々しい声が聞こえてくる。そして、ぼんやりと映るシルエットは何故か伸びに伸びた剣を掴み………
(これは………!!)
『見つけ……っ!?』
『手間が省けたな。』
「絶対……当てるっ!!!!!」
剣を掴んだ彼女は魔力を流し、剣を縮ませながらその勢いでこちらへと超スピードで戻ってきながらカーズの槍を突き出してきた。
彼女の魔法武器は魔力を流すと剣の切先が伸び、縮むときも切先から縮んでいく。また、その速さは伸びた長さに比例し、長ければ長いほど縮む時の速さは勢いを増す。
この手は以前、夏の大会で俺が彼女にやった不意打ちの技…………ここで真似を、しかもこんな形でされるとは………
『関係ないよ、そんなこと。』
(…………強くなったな、ラナ。)
そう思いながら、俺は向かってくるラナを腕の薙ぎ払いで吹き飛ばした。
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「…………終わったね。」
「……やっぱり、ウルスの勝ちかぁ。」
観客席でみんなの戦いっぷりを見ていた私たちは、その結果に感嘆する。そして私は彼女に質問をぶつけた。
「……ローナさん。今更だけど、何で勝負に参加しなかったの?」
「え? それは…………知ってたから。」
「……昔、ウルスくんに会ったことがあるから?」
私がそう聞くと、ローナさんは不満そうに頬を膨らませた。
「やっぱミルも知ってたんだ〜! もう、揃いも揃って黙ってるなんて酷いよ!」
「ご、ごめんなさい、私もこの前帰省した時にはっきりさせられたから……!」
「まったくだよ………まあ、文句を言える筋合いはないけど。」
(………………)
ローナさんはそう言って、再び静かになる。
(…………ローナさん。)
今日のローナさんはずっと黙りっきりで、ここで勝負を見ている時もほとんど私に話を振ってくることがなかった。それは普段の明るいローナさんと比べるとあまりにも不自然で、私もつられて口を開くことはなかった。その意味を少しだけ分かっていたから。
「…………そろそろ行こっか。」
「……うん。」
私が立ち上がって提案し、ローナさんも小さく頷いて席を離れる。そして私の前を歩きながら舞台へと向かうローナさんが不意に口を開いた。
「…………ミル。ウルスって、昔からあんな感じなの?」
「あんな感じ?」
「えっと、その……強いところとか…………性格とか。」
「……そうだね………」
質問の意図があまり汲み取れなかったが、私は少し考えてから正直に答えた。
「……ローナさんも知ってる通り、ウルスくんは旅に出てた時があったんだ。それまででも確かに強かったけど、さすがにグランさんには到底及ばなかったよ。」
「グランさん……グラン=ローレスのことだよね。」
「うん、それで旅に出て2年くらいかな……久しぶりに帰ってきた時には、さっきみたいなとんでもないステータスに成長してたんだ。」
「……つまり、たったの2年であそこまで強くなったってこと? 一体どうやって?」
「……………確かに、どうやって強くなったんだろう……?」
…………言われてみれば、ウルスくんからは『強くなった』という結果は聞いたけど、『どうやって強くなった』のかは知らされてない。相当厳しい特訓をしたのは当然だと思うけど……
「……また今度聞いてみるよ。もしかしたら私たちにもできることかもしれないしね。」
「そうかなぁ……それで、性格とかは?」
「性格は………うん、変わってないよ。」
私がそう言うと、ローナさんの足がピタッと止まる。しかし、私の方へ顔を向けることはなく、ただ前を向きながら話を続けてくる。
「……そうなの? 昔からずっとあんな感じ?」
「そう、ずっとあんな感じ……まあちょっとだけ意地悪をしてくるようにはなったけど、出会った時から優しくて強くて、頼りになる人だよ。」
「意地悪? それって何?」
「えっと……頭を撫でてくれなくなったとか、腕に抱きつくのはやめろとか……」
「…………さいですか。」
何故か呆れた様子で返してくるローナさんに、私は首を傾げる。確かにちょっとだけ些細なことかもしれないけど、私にとっては十分な死活問題……………
「…………そっか、ずっと優しかったんだ。」
「うん、ずっと。私が盗賊から助けられた時も、ずっとそばに居てくれた。私にどれだけ元気がなくても…………ずっと、気にかけてくれていた。」
『ああ……もちろんだ。』
『ほんとに? ……やったぁっ!!』
「……学院に入って、幼馴染……ライナと再開して、確かに迷ったりしてたんだと思う。どう振舞えばいいのか、自分の力をどうやって使えばいいのか……ウルスくんなりに色々考えてたんだと思う。」
「………………」
「でも、変わらないよ。誰かに優しく、守ろうとするところは…………それが、ウルスくんだから。」
私はローナさんの手を繋ぎ、引っ張る。彼女の言いたいことは、自分で口にすれば意外と理解できたから。
ウルスくんの行動は、事情を知っている私から見てもあまり理解できなかった。それは多分ローナさんも同じで、『ユウ』という人間がどうして今日まで自分に伝えてくれなかったのか、何で何も話そうとしなかったのか……正体を知ってしまった彼女にとっては、それが苦しかったのだろう。
「気持ちは、例え親しい人だとしても全ては解らない……でも、全部を知ろうとすれば、もしかしたらできるかもね。『話して、教えて』ってちゃんと言えば、正直になる人だっている。」
「……………うん。」
「けど、違うと思うんだ。ただその人の気持ちを教えてもらったところで…………絶対、その人のことは理解し切れないって。」
…………考えてみれば、当たり前な話だ。
「だから、話し合う。『何が駄目だったのか、何が良かったのか』……そうやって真っ向からぶつかり合えれば……ほら。」
私は舞台の方へと目を向けさせる。すると、そこには…………
「……やっぱり、強いね、ウルくんは。私たちじゃまだまだ敵わないや。」
「ちっ……やってくれたぜ、人を物みたいにぶん回しやがって……!!」
「やはり、常識に囚われていたらとてもウルスには対抗できないな。次やる時にはもっとしっかり対策を立てないと。」
「くっそ、俺だけ無意味に退場させられた……もっとやり合ってみたかったな!!」
「別に無意味ではなかったですよ、ソーラ。あのやり取りのおかげで僕たちも作戦の目処が立ったわけですし。」
「……強かった……!」
勝負が終わり、それぞれの感想を話し合うみんながいた。また……その表情にはどれも明るく、次を目指そうという強い意思を感じ取れた。
「…………!」
「……私も、変わらないと。」
そう呟き、私はウルスくんの袖を振った。
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(………………俺は、考えすぎていたのかもしれない。)
次元を超えた力は、人を変えてしまう。それは当人でありながらもひしひしと感じ取ることができた。
だから、無理だと決めつけた。俺の力は理解されるものではない、恐れられて当然であると……過程を知っている、ごく少数の人たちにしか解ってくれないんだと。
「…………ウルスくん、どうだった?」
「……ミル…………」
そのごく少数だった彼女は、俺の袖を掴み……優しく言ってくれた。
「みんな強かったね、私もぼやぼやしてたらすぐに追いつかれちゃうよ。」
「…ああ、強かった。」
「入学してきた時はどうなることかって、ちょっとだけ怖かったけど……心配する必要はなかったね。」
「……ああ、なかった。」
『………ミルは、通ってみたいか?』
『うん、いつまでもここに閉じこもってたらダメだと思うし…ウルスくんは嫌なの?』
『………嫌じゃないが……』
『じゃあ行こうよ!私、昔から街に行ってみたかったし、ウルスくんが居てくれたらきっと楽しくなると思うんだ!!』
「この6ヶ月、色々あって気づかなかったけど……私だけじゃない。みんながみんな、『何か』に近づくために変わろうとしてる。やっと気づけたよ。」
「………ああ、俺も気づけた。」
「だから……その、私。もっと……みんなのことを知りたい。ウルスくんも同じ気持ち……だよね?」
「…………ああ、そうだな。」
俺はミル、ローナ……そしてみんなの目を一通り目に入れた。
それぞれ違う色や想いを持つ目……だが、その目に映るものはどれも初めて会った時とは違い、輝いているように感じられた。
「…………さて、勝負も決着が着いたことですっし……ウルスさん、何か言いたいこととかあるっすか?」
「言いたいこと…………」
「別に、大層なものは求めてないっすよ。俺も聞きたいことはいっぱいあるっすけど、ウルスさんも今日はお疲れでしょ? だから今日はこのくらいにして何か一言、締めてほしいなって。」
「……いいのか?」
「いいも何も、学院生活は今日で終わるわけじゃないっすよ? まだまだ先は長いですし、これからまたじっくり話を聞くっすよ。」
ニイダはそう言ってヘラっと笑う。相変わらず底のしれない、上っ面にしか見えない表情だが…………その言葉だけは、信じられるのかもしれないな。
「…………みんな……」
言いたいことは、想像していたよりも思い浮かばなかった。それはきっと、まだ考えが纏まっていなかったからだろう。
けど。
「…………ありがとう。」
これだけは、正しい言葉だと思いたい。
どうでしょうね。




