百二十七話 守ろうと
「……………『グランドアーマー』!」
(……来たか。)
ローナは切り札であるグランドアーマーを発動し、右腕に全ての炎を収束させた。
(……流石にあれをモロに食らえば、一撃には十分なるだろう……まず当たることはないと思うが。)
武闘祭で見た時での瞬間的な威力は、高く見積もっても200程度……他の奴らならかなりの脅威となるかもしれないが、生憎俺にとっては大したことのない代物だ。せめてステータスを抑えていた状態だったら多少は苦戦していただろうが…………
「…………通用しないだろうね。」
「………………」
「でも、それはやめる理由にはならない。やってみないと分からな…………いや、そんなことどうでもいい。」
紅い瞳と髪が、炎に照らされて俺を睨みつける。
「ユウ……答えてね、ちゃんと。私が求めるのは…………それだけだからァっ!!!!!」
『……言って、あげないの? 『俺がウルくんだ』って、『生きてたよ』って。』
…………………そういうこと、なんだろう。
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「……………!!」
俯くユウを目に焼き付け、私は走り出す。
(……私たちの距離は数十メートル、ユウは変わらず待ち……なら、このままなら10秒程度で間合いに入るだろう。)
普通の拳はもちろん、ちょっとした意表を突いた行動もユウには全て読まれるだろう。
(私らしい攻撃は全部効かない、かといって今更それを取っ払っても敵わないだろう…………八方塞がりとはこのことだ。)
「……………ふふっ。」
逆境も逆境……そんな状況に私はつい笑みをこぼしてしまう。
それは強敵と対峙した時の高鳴りでも、自分を誤魔化す虚心でもない。これは……………『確信』だ。
(……彼の強さは、紛い物では無かった。もし偽物だとしたら…………そんな哀しい顔はしない。)
『………そうだね、ユ……ウルスはそんな奴じゃないよ! 今でもきっとライナのことが大好きだったりするかもよ!?』
あの時、私はライナにそう言った。だが心の中では『本当にそうなのか』と1人葛藤してしまっていた。
分からなかったからだ。ユウ……ウルスという人間が、何故ライナに自身のことを伝えなかったのか。彼女の思いはきっと知っていたはずなのに、黙っていた理由が私にはどうしても思い当たる節がなかった。
ライナの気持ちなんてどうでもいい…………彼は完璧で強い人間だと私は思っていたから、もしかしてそんなことを考えていたのかと……邪推してしまった。
『何故、強くなりたいんですか。』
でも、そんなことはなかった。今思えば杞憂にもほどがある、私の浅はかな考えだった。もし本当にそんな人間ならミカヅキさんにそんなことを聞くはずがない。
ただ強い人間は、その強さに理由を求めない。だから……………
「…………うぉオォォッッ!!!!!!」
……………憧れたんだ。
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「……………!!」
彼女の雄叫びに応えるように、俺は集中力を高め万全の状態で繰り出される攻撃を待つ。
(何で来る? 今のところは拳に炎を集めているがブラフである可能性も十分ある、なら空いている方の拳か……それとも蹴りか?)
選択肢は無数にある、それはローナも分かっているはず。そこから彼女が選ぶであろう行動を予測すれば…………
「……………コこォっ!!!!」
(っ、足に炎を移動させた……蹴りか、ならバックステップで避けるだ…………?)
そう思い、俺は後ろにやや大きく下がろうとしたが………不意にローナは明らかに間合いでなかった位置で炎の脚を蹴り上げていた。
その結果、炎が俺たちの間に一瞬だけ残留し、お互いに視界から消えてしまう。
(目眩しが目的か……? だがこんなものを出してしまえばあっちも俺の姿が見えないだろ…………)
……今までのローナらしくない。ならば次に来るのは誰かの真似か、それ以外の……………
「……………特攻か。」
「ハァァッッぁ!!!!!」
そう呟いた直後、炎を無理やり突破し俺を巨大な炎で上から殴ろうとするローナの姿が現れた。おそらく今の蹴りは俺の防御のタイミングとリズムずらしを狙ったものだろうが……それでも俺の意表は突けられておらず、丁度その攻撃は俺に当たる距離ではなかった。
そしてそれはローナも理解したようで、動揺を見せない俺の顔色を見てやや少しだけ顔が強張っていた。
「……届かない、その攻撃は。」
「ッ……!!!」
その言葉を上げながら、俺はギリギリ魔力防壁を割る威力での最速の蹴りをローナに喰らわせようとする。下手をすれば魔力防壁を貫通して多少怪我をしてしまうかもしれないが…………それも致し方ない。
「終わりだ。」
「………………」
ローナの拳より、俺の蹴りの方が早い。その瞬間、勝負は決まってい
「……………まだだぁぁっ!!!!!」
……悪あがきにも等しい、咆哮。それが聞こえた時には……………
「ぐぅっ…………?」
彼女の裏拳が、俺を吹き飛ばしていた。
(…………なっ………なにが、起こった……!???)
自分の意思ではなく宙に浮かぶ体が、俺を混乱させる。今、俺の蹴りは完全にローナよりも………いや、そもそも何故裏拳が俺に届いたのか、全く理解ができない。
(まず間違いなく、ローナは俺にグランドアーマー状態で斜め上からのぶん殴りを喰らわせようとしていた……はずなのに、どうしてそこから裏拳が出たんだ!?)
今の対面はどう考えても俺の蹴りが先に届くはず……いや、考える考えない以前に事実として俺の攻撃は当たっていた。
何故なら…………俺の蹴りは、届いていたんだ。
「ロ、ローナ……お前、何を………!?」
「…………あれ、これって……私の勝ちだよね?」
(…………なに?)
体勢を立て直し俺がローナにそう聞くと、何故かそんな返しをしてきた。
(き、気づいてなかった……いや、無意識でやったのか…………?)
……俺の攻撃が先に届くと直感で感じ、切り札のグランドアーマーを捨ててまで外してからの裏拳……なのか?
『色々考えてるんだなぁ……私なんて、大体その場の直感で動いてるだけだし。』
確かに、ローナの直感は人より優れている気配はある。実際、ナチ=キールとの試合でも相手の実力より自分の力を信じ、真っ向勝負で勝ちをもぎ取った。それは一見、普通のことを言っていると思うかもしれないが……相手のいる勝負において自分を信じるということは想像以上に難しいものだ。
自分の力が通用するという直感……その結果、届かない拳を捨てて距離を稼ぎ、裏拳が当たる間隔まで詰めるという判断をした。宙に浮いて放ったグランドアーマーでの攻撃によって体の回転は早まり、裏拳の威力もスピードも十分出ていた。方法としては悪くはない手…………
(…………でも、それはあくまで読み合いでの話だ。そもそもローナに裏拳を当てる時間なんて無かった。ローナが拳を捨てるとっくの前に俺の蹴りは届いていたんだ。)
……あの瞬間に、超加速したとでもいうのか? それも、俺が反応できない速さで………できるのか、そんなこと?
「……ローナ…………」
「やった、勝った……ユウに、勝っ……うっ。」
「ロ、ローナ……大丈夫か?」
俺が今のことに関して質問する前に、彼女は疲労からかその場に倒れ込んでしまう。それを見た俺はすかさず彼女の体を支えに行く。
その顔を覗き込むと、嬉しさや達成感が映って…………おらず、代わりにどこか煮え切らない悔しさと物悲しさを含んだ色があった。
「…………この勝負、私の勝ち……なんだよね? あんまり、実感ない……けど。」
「……ああ、俺の負けだ。強かったよ、お前は。」
「…………そっか……」
ローナはやり切ったと思ったようで、深く息を吐く。そして俺の目を見た途端……………
(……………え)
……………大きな涙を溢れさせた。
「……ごめんね、そんなこと絶対ないのに……ユウが、誰かを傷つけるために強くなった、って…思っちゃった。あの時の、鬼気迫ったユウが怖くて…………ライナが泣いているのを見て、分からなくなっちゃったんだ………」
「………………っ。」
「最後の、ユウの顔を見て……今更気づいたよ。ユウは…ウルスは、強くなりたかったんじゃない…………誰かを守りたかったんだって…………ほんと、いまさら……気づいた…………!」
流れる雫を隠すようにローナは腕を目に当てるが、弱々しくか細い声に変わりはなかった。
「私は、頭が良くないしっ…強くない、からっ……誰かのためにって、みんなみたいに…できることがなかったっ……それが怖くて、焦って……1人で早とちりしてぇ、余計なこと、したぁっ………!!」
「…………ローナ。」
「ごめん、ウルス……私、わたしは………友だちに、嫌な思いをさせてぇ……ほんとうに、ごめんなさいっ………!!!」
『…………いつか、みんなに自分のことを話す気は無いんすか?』
…………今まで、何も話そうとしなかったツケが……来てしまった。
混乱するから、言う必要がないから……そう思い込んで、勝手に納得して……全てを隠そうとしてきた結果、俺は彼女を泣かせてしまった。
『…………なら、仕方ないね。』
それだけじゃない。ミルやニイダも、きっとどこかでこうなることを分かっていたんだろう。自分の強さも……弱さも話そうとしない俺を見て、いつか取り返しがつかなくなるかもしれないと危惧していた。だから……忠告してくれていたんだろう。
(…………何が、『守るため』だ。それだけに執着して、逃げて……結果がこの様だ。ミーファとハルナに何を学んだんだよ、俺は…………!!)
……………自分のしてきたことは、きっと正しい。人を、大切な人を守るために強くなろうとすることは……正しいんだ。
(………………だが。)
正しいことをすればユルされるほど、人の心は甘くない。自分1人がどれだけ忘れたくても、その代わりを埋め合わせようとも絶対、過去の記憶が消えるなんてありえないんだ。
「……帰ろう、ローナ。」
「……………。」
ローナの腕を自分の肩に回させ、俺は帰路へと歩かせる。その足取りはとても重く、どこまでも後ろに引っ張られるような感覚が続いていたが……俺は足を止めなかった。
「………………」
「………………」
「…………ローナ。」
「………な、に?」
正しいかどうかで動いている人間なんて、いない。
仮に居たとしてもそれは『自分の正義』とやらに従っているだけであって、突き詰めると結局は独りよがりな、自己決定に他ならない。
「……悪かった。お前がこんな、苦しい思いをしてるって、気づかなくて……俺が、不甲斐ない所為だ。」
「……ウルスのせいじゃ、ないよ……謝らないで。」
「いや、俺の所為だ。何も話そうとしなかったから……不安にさせてしまったんだ。」
初めは、誰もがそうだったのかもしれない。
俺もみんなも、最初はその『自分の正義』で動いて正しさを求めて生きてきた。悪いことや間違っていることには蓋をして、『傷つくから・嫌な思いをするから』と信じ切って疑わなかった。逆に、正しいことや都合の良いことには『幸せになれるから・喜んでくれるから』といって、何も考えずに妄信してきた。
「明日、みんなが知りたいことを全て話す。俺の力、そして過去…………今まで一緒に過ごしてきたみんなに伝える。だからローナ、みんなに言っておいてくれないか?」
「…………うん、分かった。」
でも、誰かと過ごし、生きていると……ふと気づく。
正義を振りかざそうとも悪を貫こうとも、そんなものに強大な力なんて存在しないと。立派な理由も邪な動機も、本質は同じだということを。
『自分と、“身近な” 誰か』………それ以外に生きる意味は、見出せないんだと。
(……………俺は………)
俺は、大切な『モノ』を守ろうとする。
合理性とか義の心とか、最初から存在しないんだ。だから、
生きたいと、思うんだ。
結局は。




