百二十二話 いっしょに
(……………早く行かないと……)
日もすっかり暮れた頃に、私は急ぎ足である場所へと向かっていた。その場所は以前、私が仮面の集団にやられ運び込まれた所であり…………重傷を負った『彼』がいる治療室だった。
「……誰かい…………あ、ローナさん、フィーリィアさん。」
「えっ、ライナ? 昼の時も見舞いに来てなかった?」
「……朝もいたって、ニイダから聞いた。」
「う、うん……ちょっと落ち着かなくて。ウルくん……ウルスくんがいつ起きるんだろうって考えると………」
「………………」
あの日、私たちはウルスくん……ウルくんに守られた。
武闘際が終わった次の日、赤仮面が再び学院を襲撃してきた。また、それに加えマルク=アーストに謎の力を与え洗脳し……ミルを傷つけさせた。
それに激怒したウルくんは、圧倒的な力でアーストを追い詰めたが……突如暴走したアーストに一度ウルくんはやられてしまった…………
…………かと思いきや、ウルくんは立ち上がった。ボロボロになった体を持ち上げ、髪を白く、目を赤く光らせながら赤仮面を人ならざる力で倒した。
『…………ウルスくんっ!!!!!!』
あの時のウルくんは……怖かった。禍々しい剣を赤仮面の首に突き刺し、あと一歩のところまで追い詰め…………殺そうとしていた。もしミルの叫びがなかったら……………
「大丈夫だって、学院長やミルも言ってたじゃん。あの……あれ、なんだっけ?」
「…………神界魔法の、鬼神化の影響だって。」
「そうそう鬼神化! あれの反動が少し来てるだけだって言ってたし、明日にはケロッと起きてるよ!」
「……そう………そうだといいけど………」
ウルくんが倒れた後、私たちはそれぞれウルくんの手当てと2人の拘束、教師たちを呼びに行った。そしてその時に学院長とミルから少しだけ話を聞かされたが…………
『……みんな、今はウルスくんが目を覚ますまで……待っててほしい。ここから先は……ウルスくんがきっと話してくれるから。』
あんなミルの静かな表情は、初めてだった。
「…………ライナってそんなに心配性だったっけ?」
「……えっ?」
不意に、ローナさんからそんなことを言われてしまう。
「いや、もちろん私もすごく心配だし、みんなも元気はなかったけど……ライナだけやっぱり変だよ。」
「へ、変…………?」
「うん。だってこの3日間……ほとんどここにいるでしょ? みんなもライナがずっといるって話してたよ。」
「ミルが心配してた、『ちゃんと寝てるかな』って。」
「…………そう、だね。あんまり寝れてない……かな。」
…………あんまりどころか、一睡もできてないけれど。
「…………心配で……このまま、ずっと目を醒さなかったら……って。ずっと……考えてて。」
「そう……なんだ。」
「…………でも、やっぱり変。」
フィーリィアさんは私を一瞥して、相変わらずの無表情で呟く。
「ライナとウルスが話してるところ、ほとんど見たことがない…………ベンチで寝てたとき以外は。」
「えっ、ベンチ?」
「いやっ、そ、それはたまたまだよっ。私が疲れて寝ちゃって、ウルスくんが多分気を遣ってくれ……て………」
『ウルくん、今日はお昼寝しない?』
『お昼寝……? ラナ、今日は遊ぶんじゃなかったの?』
『え〜ダメ?』
『だ、ダメじゃないけど……どうしてお昼寝するの?』
『だって今日はいい天気だし……たまにはこうやってウルくんとのんびりしたいの!』
「………ぅ…………うぅ……」
「……えっ、ライナ!? どうして泣いて……!??」
「ご、ご……め………うぅっ……ごめ、んっ………!」
あの時に見た夢を思い出してしまい、私は情けなくも泣いてしまう。こんなところで……しかも2人の前でなんて、本当に情けない………
「……とりあえず座って、ライナ。」
「あ……りが……とう………」
「な、何か変なこと聞いちゃったかな、だったらごめん……!!」
「ち、ちがう……ちがう、よ………これはわ、わたしが……泣き虫だから……」
必死に目を擦り、溢れる涙を何とか止めようと堪えるが……それでも耐えられない。ずっと我慢してきたからなのか……それとも……………
「…………ライナ。」
「な、なに……フィーリィア、さん……?」
「……間違ってたらごめん。だけど……その、ベンチで2人が寝てたとき……どっちとも、悲しそうな顔してた。」
(悲しそうな…………)
「さっきも、ライナは『ウルくん』って呼んでた。それで……最近、ウルスも元気がなかった。だよねローナ。」
「うーん……確かに、最近はぼんやりしてることが多かった気がする。何か考え事でもしてるのかと思ってたけど……帰省から帰ってきた時ぐらいからは特にそんな感じだったかも。でも話してるときは普通だったよ?」
「……人は表面上だったら、取り繕うことはできる。でも……そうやって生きていたら、必ずいつかは溢れてしまう。ウルスみたいな凄い人でも…………それは同じだった。」
「…………!!」
『買い被らないでくれ…………俺は、ライナを守れるほど……強くないんだ。』
「…………ライナは、昔……どこかでウルスと会ったこと……ある?」
「………………。」
「……それ、は……………」
…………今、話すべきなのだろうか。ウルくんもまだ目覚めてないのに…………でも………………
(…………誤魔化したところで、いずれは知られてしまうことだろう。なら……少しでもこのことを…………)
涙を今度こそ止め、私は2人に向き合い…………話すことを決意した。
「……ローナさん。夏の大会、みんなで観戦してた時……ウルくんが言ってたこと、覚えてる?」
「……うん、ウルスとミルが孤児だって。それで、2人は育ての親の人に鍛えてもらったって……」
「…………ウルスが、孤児……?」
フィーリィアさんはその話を聞かされてなかったのか、固まっていた表情が途端に暗く、自身の髪を不安げに撫で始めた。
「ど、どうしたのフィーリィア? 何か思い当たることでも…………?」
「……ウルス、言ってた……『もう失いたくない』って……そんな、まさか……………!」
「え……『失いたくない』、それって…………!」
「…………………」
…………やっぱり……ウルくんだけが、あの日…………
「な、なんで……ウルスは何で嘘を……!?」
「…………それは、私が居たからだと思う。下手に話しちゃったらばれちゃうし……何より、みんなに心配させたく無かったから……ウルくんなら、きっとそう思ってた。」
「じゃ、じゃあ……ミルも……そういうことなの……?」
「…………分からない、私たちの村にミルは住んでなかったから………」
「「………………村……?」」
…………辛い……けど、話さなきゃ。
「……私とウルくんは、同じ村で育った幼馴染だった。毎日一緒に遊んで、一緒に過ごして…………ずっと、いっしょだった。」
「幼馴染……!? えっ、でも2人ともそんな素振り、微塵も………!!?」
「…………知らなかったんだ、だって…………だって、あの日…10年前に、私たちの村は盗賊に滅ぼされた……から………!!!」
「っ…………!!」
『ウルくぅ………みんなぁ………いヤぁァぁっ!!!!!』
今も夢に出てくる、災厄の日。思い出すだけでも…………息が苦しくなる。
「……私と私の家族はその日、たまたま旅行に出掛けていて助かったけど……村のみんなは全員……………」
「…………そ、んな………」
「…………で、でも……ウルスは……ウルスもその日は村にいたんじゃ………?」
「うん……ウルくんも村に居たはず。それで……もう、死んじゃったって…………だから、初めてウルくんの自己紹介を聞いた時は………とても混乱した。『生き返った』なんて、普通はありえないことなのに…………馬鹿みたいに舞い上がってた。」
「……………ウルスからは、何も聞かれなかったの?」
「………………うん。」
『…………駄目だ。俺は行かないと……いけないんだ。』
「…………どうしてウルスは……何も話さなかったんだろう。ウルスだってライナと話したいこともたくさんあったはずなのに…………」
「……………もしかして……きらいに………」
「ライナ、それはない。」
私の言葉に、フィーリィアさんは若干の怒りを混じえさせた声で遮ってきた。
「ウルスは、絶対そんなこと思ってない。何か……わけがあるはず。」
「……フィーリィアさん…………」
「………そうだね、ユ……ウルスはそんな奴じゃないよ! 今でもきっとライナのことが大好きだったりするかもよ!?」
「そ、それは……でも………えぇっ……?」
ローナさんのからかいに、私の顔は熱くなってしまう。そんな反応が面白いと思ったのか、ローナさんはニヤニヤしながら私にぐいっと顔を合わせてきた。
「ねぇねぇ、せっかくだしライナとウルスの話でも聞かせてよ!! その様子じゃライナはウルスにべったりだったんでしょ?」
「うぇ!? そ、そんなことないってば………!!」
「…………気になる、聞かせて。」
「フィーリィアさんまで……!?」
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(………………あれ……私、寝て……)
窓から差し掛かる朝日に、私は目を覚ます。するとそこには……今もなおベッドで眠っているウルくんの姿があった。
「……そうだ、私……ローナさんたちと話をして、それから…………1人で……」
あの後も色々とローナさんに詰められクタクタになり、2人が帰ってすぐに疲れて眠っちゃった……のだろう。寝不足だったとはいえ、だらしない…………
「…………ウルくん。」
未だ、彼の目は開かない。脈は動いており、小さな息の音もしっかり聞こえてくるので、最悪なことにはなってないのだろうけど…………
(…………やっと、分かったのに……まだ、何も話せてないなんて…………)
……今思えば、学院でウルくん……『ウルスくん』と話す機会は異様に少なかった気がする。お互い自分から話しかけるような性格では無かったのもあるかもしれないけど………それにしても、会話の数は圧倒的に無かった。
「……………………起きて。」
その囁きには、何も返ってこない。彼はずっと目を瞑ったままだ。
「……起きて、私だよ……ラナだよ、ウルくん、」
さっきよりも大きい声で語りかけるが…………やっぱり、かえってこない。ピクリとも彼は動かなかった。
心が、痛かった。
「……目を開けてよ、私……一度も忘れたことないよ。いっぱい話したいこと……あるんだ。」
彼の手を掴む。
その手はまだ温かったが、どこか深い……芯のような何かが冷え切っているようにも感じた…………けれど、あの時触れた優しい手と、全く同じだった。
「ねぇ……ウルくん。私ね……頑張ってきたんだ、ずっと………ウルくんみたいに強くなれるように……追いつけるように。」
強く、握る。
また、触れてほしかったから。毎日握ってくれていた小さな頃の時のように……私が泣いて、頭を撫でて慰めてくれたときのように。
雫が、また溢れた。
「お願い……また、話したい………はなしたいよっ…………ウルくん……!!」
また、いっしょに……………!!!!!
「…………ラ、ナ?」
「……………!!」
その時……何度も、なんども聞きたかった名前が、私の耳に届いた。
(……やっと……………)
「…………ウル、くん………!!」
「…………ラナ……俺は………ぐっ。」
もう何も考えられなくなり、私は彼の……ウルくんの胸に顔を埋めた。そしてあの頃の時間を取り戻るかのように私は…………甘えた。
「ウルくん……やっと、やっと……ウルくんっ、ウルくん…………!!!」
「……ラナ……………」
「よかったぁ……生きてて……死んじゃったかと…思ったぁぁ………!!」
「……………………。」
もう、ダメだった。言いたかったこと、伝えたかったことなんて……今はとてもじゃないが言葉にできなかった。
本当に……………会いたかった。
「………………ああ、生きてるぞ……俺は。」
「……ぅん………うん………!!!!」
髪は、優しく撫でられた。
本当の、再開。




