百二十一話 嫌
前世で一度、俺は殺された。
『に……げ…………ろ……………』
父親のあの顔が、今も忘れられない。母親の腹から流れていた血は、これからも一生俺の目に焼き付いて離れないことだろう。
痛かった。そして悲しかった。
でも……そんな記憶も生まれ変わったことで失われ、何も知らずにただ日々を幸せに僕は過ごせていた。
それで良かったのだろう。『運が悪かった』……なんて言葉で片付けたくはなかったが、何の意味もなく殺されてしまうことも…………あってしまうのだろう。納得なんて絶対しないが。
『………ウルス、頑張れよ。』
しかし………再び訪れ、しかもそれが二度目だと気づいた時は…………もう、何をどう思えばいいのか分からなかった。
生き残ることはできた。だが痛みの強さは全く変わることなく、むしろ悲しみは一度目よりも深く、酷かった。
『…じゃあ、2人とも……行ってきます。』
だから、逃げた。自分を痛めつけ、強くなることでその苦しみを少しでも和らげようと……目を逸らした。
そして、逃げられないことを知った。どんなに楽になりたくても、辛いことを無視したくても…………その先にあるのは『涙』しかないことを、俺は知ってしまった。
『…………守る、ため。』
頑張ってきた。ずっと……ずっと、何かに駆り立てられるように、頑張ってきた。誰かの助けになればと、小さな良心で歩み続けてきた。
でも、見返りを求めたことはない。それは、誰かに求めることが苦しくて…………何より、誰もそれを満たしてくれるわけなかったから。
死んだら、終わりだから。
「……嘘だ。そんなこと、あり得るはずが…………」
〔ありえるんだよなぁこれが。理不尽で不条理な死ってのは、どこにでも溢れている。たとえ何かが変わろうともそれは同じ…………意味を求めるだけ無駄なんだよ。〕
「……………俺が……死ぬ………また……何で……嘘だ………」
〔厳密には消えると言ったほうがいいかなぁ。まあ何にせよ、来年の春に君は死んでもらう。君ほど厄介でしぶとい人間は然う然ういないし、強くなりすぎてわたしにはもう手が負えない……神を悩ませるなんて凄いよ、ほんとに。〕
「うそだ……そんな、おれは……まだ…………なにもできてない……」
〔信じないならそれでもいいよ? けど君も体現しただろ、称号の力って奴を……疑うだけ無駄さ。〕
死ぬ…………俺が、死ぬ?
「うそだ……ふざけるな、称号に……称号なんかに人を殺す力があるわけ………!!」
〔へぇ、そんなこといっちゃうんだー。じゃあなんだ、君のお友達? の中にその称号で苦労してる子がいたような気がするけど…………それもただの飾りだとでも?〕
「っ……………!!」
〔……まあ、そういうことだ。どう足掻いても君は春に死んで消える…………考えるだけ無意味なの。それじゃわたしはそろそろ行かせてもらうよ。〕
「は……待てよ、まだ………!?」
〔じゃあねぇー転生者さん! わたしもたまに覗きに来るから、精々面白おかしく抗ってくれたまえっ!!〕
「おい……おいっ!! …………くそがっ!!!!」
静止の声に何の返事も返ってこず、俺は苛立ちと困惑のままに頭を柱に思いっきりぶつける。しかしそれで返ってきたのは脳が揺れる感覚だけであり、胸の中にある気持ち悪さも相まって思いっきり唾液を吐き垂らしてしまう。
「げほぉっ………何なんだよ……何で……どうしてなんだよっ!!! 『死ぬ』って、ふざけんなよっ!!? まだ俺にはやるべきことがある……なのに『消える』とか、あっていいわけないだろっ!!!!」
肘と足裏を何とか動かし柱に付け、思いっきり力を入れる。その瞬間、縛り付けられる体に激痛が走るが…………もう、考えられない。
「まだ何もできてないんだよっ!! あいつらに教えることがまだ、沢山残ってんだァっ!!!! なぁ、オイ……どうせ聞いてんだろうガァァッ!!!!!」
体が千切れそうになるが……止める気なんて微塵もない。
「俺がいなくなったら誰が守るんダよっ!!!! 誰があいつらの未来を保証できるんだ……誰がみんなの命を守れるんだ……………大切なモノを、誰が失わずにいれるんだよッっォォッ!!!!!!!!」
俺は何度も失った……俺ですら、何度も何度も何度もなんども…………ウシナった。
無理なんだ、全てを守るのは。
だからせめて……周りにいる人たちの幸せぐらい守れないと…………俺が生きてきた価値が無くなる……!!!
「みんな必死にイきてんだ、カナしんでんだ、ナいてんだァ!!! それを………それを壊す権利がテメェら如きにあるわけねぇダロォォッッ!!!!!!」
縛りは、解けた。
完全な力技……それとも俺の持っている執念とやらのおかげなのか知らないが…………心底、本当にどうでもいい。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……………クソ、クソ……何でだ、なんでなんだよ………!!」
『ウルスくんの手ってあったかいねぇ、ずっと握ってたいぐらいだよ!』
『……くすぐったいからやめてくれ。』
『……もし、今度会うことがあったら……その時は、もっと色んな話をして!!』
『色んな話……』
『うん、ユウがどんな旅をして、どんな経験をしたのか……どんな魔法が世界にはあるのか……そんな話を聞かせて!!』
『……父さんが残した龍神流の魔法を極める……………そして、それに俺自身の力を合わせて、最強の魔法を作り出す……それが、俺のやりたいことだと思います。』
『………そうか、なるほどな。いい夢だ。』
「クソ…………なんでだよ…………!!」
『わたし……ちゃんと魔法、できてた?』
『………ああ、3日であれなら……俺より才能があるかもな。』
『……そう?』
『そうだ……フィーリィアならきっと、誰にも扱えない魔法も………きっと使える。だから、自信を持っていいぞ。』
『……そう、かな……!』
『それこそ、この大会で偶然当たって負けたりしたらしばらくは付き纏わられるぞ……もしそうなったら相談してくれ、力になるぞ!』
『それはありがたいが……そう偶然はないだろう。そこまで心配してくれなくてもいい。』
『…意外とウルスさんもそういうところがあるんですね。』
『……なんだ、俺が完璧超人とでも思ってたのか?』
『い、いや、そこまでとは言いませんが……普段の授業なども卒なくこなしていましたし、間違えたりしても焦ったりしないので………忘れ物をするのは意外だな、と…………あっ、別に悪い意味じゃないですよ!』
「アぁ…………俺が………守らないと……いけないのに……」
『その違和感と空を飛ぶ魔法……極め付けに、構え方。もしやと思って今日、グランさんに話をしにいったら……見事当たったってわけだ。』
『……なら、隠す必要もないですね。ちなみに師匠……グランさんはなんて言ってましたか?』
『『おっ、気づいたか! どうだ、俺の弟子たちは強かろう!!』……って。』
『……いい機会だ、ウルス。私のことはルリアと呼んでくれ。』
『…………良いですけど、何故ですか?』
『何故? 特に理由はないが……こうやって色々話し合ったんだ、親しみの意を込めてってやつだ。』
『はぁ……まあ、そういうことなら……』
『………………まあ、そういうことなら俺たちの入ってくれ、ニイダ。』
『……なんか渋々って感じに聞こえるっすけど……気のせいっすよね?』
『……これで、あと1人だな。』
『ちょっと〜無視っすかぁ〜?』
「おれなんだ……おれしか、まもれないんだ……………」
『いや、さっきの奴らも驚いていただろ? 普通に考えてお前たちのような子どもが、俺のことを『様』なんて付けて呼ばないぞ。』
『ウルス様も子どもだよ?』
『……だから余計ややこしくなるんだ。』
『ウ、ウルス様、できました……! わた、私……私にも、魔法が……できた………!!!』
『…………ああ、やったな。』
『……とにかく、俺はやりたいようにやる。合わせるなら勝手に合わせるんだな。』
『あぁ、そうさせてもらう。そっちこそだらしない動きはしないでくれよ。』
『誰に言ってんだ、クソが。』
「…………………もう……おれは……………」
『ウルくん、頑張って!』
…………………………イヤだ
イヤだ………いやだ。嫌だ……………
嫌なんだ。
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この世界において、『強くなる』という方法は主に2種類ある。
1つ目は知識、判断力、把握力といったステータスに直結しない能力。これらは経験によって得られることが多く、もしこれだけを鍛えるなら……俺は旅に出ていなかっただろう。
そして2つ目は筋力や体力、魔力などステータスに直結する能力。これらは単純な訓練によってどこまでも鍛えることができ、先程の能力よりも簡単に鍛えられる能力だが……1つだけ、問題があった。
『……最近はステータスの上がり幅も小さくなっている。このままでは打ち止めになるだろう。』
それは、ステータスの限界値。
詳しい関係性は分からないが、どうやらステータスには人それぞれに限界値が定められており、その限界値以上に強くなることはかなり困難となっている。俺の場合『記憶維持者』の称号や師匠の修行も相まって、わずか13年でその限界値まで到達してしまった。
当時はまだ師匠の方がステータスは高かったので年齢的な物であるとも思っていたが……あの時の俺はそれが歯痒かった。
そして、俺はステータスの限界値を超える方法を2人に隠れながら色々と考えていた。何故2人に内緒で探っていたのか、今ではよく分からないが………結果的に、話さなくて正解だった。
『ぐっ…ふがぁっ………!!!』
それは…………『痛み』だった。
体は激痛を受けることで強くなる………それを知った俺が真っ先に思いついたのは…………自傷行為だった。
普通ならそんな方法、取りたくてもできない…………が、俺は普通の人間ではない。
一度目は目の前で親を殺されて死に、二度目ではまた親を…………そして故郷を失った。普通じゃない。
だから、躊躇はなかった。自身に剣を突き刺し、地獄のような痛みに耐えるのはもちろん、空腹や睡眠なども限界まで追い込み……自分を鍛えた。そのおかげもあり、俺は人の限界を超えたステータス…………そして、旅のもう1つの目的である2つの神界魔法も覚えることができた。それも、たった数ヶ月程度で。
楽だった。強くなることで安心感を覚えられ、加えて守るための力を身につけることができる……それだけで、俺は無自覚にも満たされていた。
『……ウルス様……何を………してるんですか………!?』
『……やめて……嫌だ…嫌だよぉ…………!!』
あの2人の顔を見て…………間違いだと気づいてしまった。
今まで俺の言葉に対して一度も嫌な顔をしなかったミーファが、初めて俺を否定した…………俺に反論もしたことがなかったハルナが、初めて俺に逆らって無理やり手を止めてきた。
出会った時からその日まで1回も大泣きしなかった彼女たちが…………あの俺の姿を見た瞬間、赤ん坊のように泣きじゃくって、心配してくれた。
後悔した。俺の方法は間違っていたと……2人の反応を見て、愚かにも理解した。
ただ、『脅威から守る』だけでは駄目だと。辛い気持ちや悲しい気持ち……全てを守らなければいけないんだと。
(…………だから、俺は………………)
『…………て……………』
薬の匂いが、鼻についた。その次には、目蓋越しの淡い光の気配と背中と腹に感じる柔らかく、暖かい感触。
『………きて…………わた……よ………』
近くから声が聞こえる。何度も聞いたことのある、綺麗で透き通った声。
それは何かを呼んでいるようで、必死に懇願しているような……期待をしているような色だった。
『……めを………わたし………わすれたこ………ない………いっぱい…………あるんだ。』
不意に、手が何かに優しく包まれる。昔、何回も繋がされたあの感覚と似ている。
『ねぇ………ルくん。私……頑張ってきたんだ、ずっと………追いつけるように。』
手を握る力が強くなる。そして……俺の頬に何かが伝った。
冷たくて、小さくて……小さな雫。俺にとってそれはとても痛かった。
「お願い……また、話したい………はなしたいよっ…………ウルくん……!!」
「…………ラ、ナ?」
「……………!!」
目を開き、最初に映ったのは……泣いている彼女の顔と、長い金色の髪だった。また、俺の声が届いたのか彼女……ラナは突然目を見開き、俺の顔を覗き込んだ。
「…………ウル、くん………!!」
「…………ラナ……俺は………ぐっ。」
俺が何かを言うが先に、ラナは俺の胸に勢いよく顔を埋めた。そして俺の手を未だ握ったまま、か細く嗚咽を漏らし始めた。
「ウルくん……やっと、やっと……ウルくんっ、ウルくん…………!!!」
「……ラナ……………」
「よかったぁ……生きてて……死んじゃったかと…思ったぁぁ………!!」
「……………………。」
『………………死ぬんだよ、“ 孤独 " にねっ!』
「………………ああ、生きてるぞ……俺は。」
…………どうすればいいんだ。
呪われた秩序




