百十三話 逃げるなよ
「な…なんだその力……一体どこにそんな力が!??」
吹き飛ばされ、すかさず立て直したアーストだったが、彼の謎めいた力に驚きを隠せず動揺していた。そんなアーストをカリストは嘲笑うように鼻を鳴らす。
「…………そうか、まだウルス以外に使ったことはなかったか。なら知らねぇのも無理はない……つっても、俺もよく知らねぇが。」
「ど、どういうことだ!? 君のステータスはもう空っぽなはず……強化魔法を使う余裕も……!!」
「ああ、ねぇよそんな余力。そのお前の剣の力とやらで俺のステータス吸ってくれたおかげで、こちとら体は怠くて仕方ねぇ。」
そう言うカリストだったが、目からは溢れそうなほどに蒼い光を発しており、それに呼応するように彼の体も燃えるように震わせていた。
「カリスト……その解放の力、コントロールできるようになってたのか? 初耳だぞ。」
「あ? ……別に、言う必要あったか? 大体この試合までまともに扱えてなかったからな、実質今完成したようなもんだ。」
「……そうか。」
俗に言う、戦いの最中での急成長というやつだろう。ルリア然り、どちらの解放の力も俺との勝負で覚醒した……そして今、アーストとの戦いでその力をコントロールできるようになったというわけか。
「…………ふざけるな。」
「あぁ? なんて言った?」
「ふざけるな、ふざけるな……1番は僕なんだっ!!!」
現状を受け入れられないのか、アーストは地団駄を踏みながらその想いを吐露する。
「何なんだお前たちは!?? 僕のことを悉く邪魔してきて……地位も脳も価値も強さも、何もないくせにぃ!!!」
「……うるせぇな、勝負に強さ以外何が関係あんだよ。てめぇの地位やら価値やらなんて一銭、何の話にもなんねぇだろうが……それとも、偉くなれば強くなれるのか? 違うよな?」
「っ……何が、どの口が……お前だって同じだろう!!?」
怒りの矛先を、カリストへと向ける。
「下の奴を虐げ、見下す……なんだ、僕と同じじゃないかぁ!? そんな奴が僕にお説教だって? 本当に都合がいいなっ!???」
「………………」
「なぁ、何とか言ってみろよカリスト!! 僕とお前の違いを、どっちが優れて劣っているかをさぁ!!?」
(……もう、破綻してきているな。)
口調も崩れ、無茶苦茶な話でアーストはカリストを攻めていく、が…………
『別に、疑ってるわけじゃ無いよ。ウルスが連れて来たってことはそれなりの信用があるってことだし、実力もあるって聞いた。けど……これは団体戦、私たちは仲間なの。人を見下すような人間を、私はそう簡単に割り切れないよ。』
(…………確かに、彼らには共通点はある。)
『意志は今この瞬間も変わっている』……それは間違いない。
だが、それでも過去は消えない。誰かを馬鹿にした過去、言葉で傷つけた過去はどれだけ反省や後悔しても心に残ってしまう人間は必ずいる。
それを解決する方法なんて存在しない。どれだけ些細でくだらないことでも、尾は引っ張られる。それを気にしない人もいれば、時に躓き転んでしまう奴もいてしまう。
『買い被らないでくれ…………俺は、ライナを守れるほど……強くないんだ。』
(………………。)
…………カリストは…どう答える。
「……………………
…………くだらねぇ。」
「……なっ……………」
一言、カリストは吐き捨てた。
「……あのな、1つ言っておくが…………別に俺は聖人じゃないし、むしろクソ野郎だぞ? そんな奴を目の前に何を真剣に諭そうとしてんだ?」
「はぁ…………?」
「いや『はぁ?』じゃねぇよ、分からないのか? 確かに俺とお前は似ている、馬鹿なところもクズなところもそっくりだ。自分より弱い人間を馬鹿にして見下して、何も見ようとしない…………『見る必要がない』と思ってしまうからな。」
『最初は俺もそう思っていた……けど、実際は違ったんだ。いくらステータスが高くても、俺には足りない物が…………知らないものが、あったよ。』
「でもな、いずれお前も理解するさ。この世には自分が思う “絶対” も “一番” も “最強” も無いんだって。見て見ないふりもできない、『現実を超える意思』ってやつを。」
『…………ラナは……俺はもう死んだと、思ってる。』
『だから…そんな俺がいきなり言っても……信じることはない…………だろう。』
「逃げるなよ、アースト。ここでお前は俺たちに負ける……そして、現実を知ることになる。その現実が辛かろうが、先が見えなかろうが…………目を逸らすなよ。」
『ついて、いっちゃだめ?』
『…駄目だ、ミルには耐えられない旅になると思うから。』
「ぐっ……ぐ、お、ぉ………ォオォォアァッ!!!!?!」
「思考停止か、お前らしいな!」
カリストの容赦のない言葉に、ついにアーストは考えることをやめてしまった。そして人らしくない雄叫びと共にカリスト目掛けて超スピードで接近し、剣を振りかざそうとする。
しかし解放の反応速度にそれは完全に見切られてしまい、体を軽く横に捻るだけでカリストは避けてしまった。
「ほらよっ!!」
「ぐふぉ………黙レぇッ!!!」
反撃に腹を蹴られ、押し飛ばされたアーストは叫びながら無詠唱で魔法を放とうとする。
「おいウルス、ボサッとしてんなよ!!」
「…………あぁ!!」
『ジェット』
カリストに激励を飛ばされ、すかさず俺は再びジェットを発動しアーストとの距離を詰める。それに気付いたアーストはバックステップで俺から離れようとする。
「来るな、化け物がっ!!!」
「………………『蒼炎』!」
「ちっ………!!」
俺の放った蒼炎はあたりこそはしないものの、アーストの魔法の邪魔をする程度には役に立っていた……が、後退する速度が速すぎるためどうしても間合いを詰めることができなかった。
「追いつけねぇ……ウルス、牽制し続けろ!!」
「分かってる!!」
「ちょこざいな…………邪魔するなぁッ!!!」
並走するカリストの指示通り、俺は蒼炎を放ち続ける。だがそれでもアーストの超スピードにはとても追いつくことができず、戦いは平行線になっていく。
そんな中、飛んでくる水紋を避けながらカリストが俺に話しかけてくる。
「ウルス、作戦はあるか!? 2人でぶっ倒すぞ!!!」
「!! ………ああ、作戦はある。」
「なんだ、早く言え!!」
『ローナ……だったか? お前もあの桃髪の女のため、チームのために勝ちたいんだろ? だったら……俺を利用しろ。』
「……『お互いを利用する』…………これが作戦だ。」
「……はぁ? それはどういう意味………って、あぁ!!?」
カリストの有無を聞く前に、俺は彼の背中へと回り込む。そして背負っている大剣に自身の足裏を当てた。
「『思い切り』だ……食いしばれ、よっ!!!」
「うぉぁっ!??」
「えっ!?」
ジェットの力を加えた、今のステータスでの全力の蹴り出しでカリストをぶっ飛ばす。その結果カリストはあっという間にアーストの手前まで転びながら距離を詰めていき、そんな突拍子のない俺たちの行動にアーストは一瞬硬直していた。
それを見たカリストは背負っていた大剣を抜き、半ばやけ気味に振りかざそうとする。
「このっ、馬鹿垂れが……うぉらぁっ!!!」
「うっ……でも、当たらないぞ………!!」
(…………それでいい。)
それでも流石に無理矢理すぎたか、一度目のカリストの斬撃は避けられてしまう。続けてカリストも二撃目を放とうとするが、まだ体勢が安定しきっていないのか、このままでは避けられてしまうような斬り上げの軌道となっていた。
なので、俺は…………その軌道を変えてやった。
「……っ!???」
「はぁ!?? 剣を…ぐはぁっ!!?」
強制的に斬り上げの軌道を蹴りで変えた結果、大剣は大きくぶれながら昇っていき見事アーストが避けた先にマッチし、クリーンヒットした。
「ふ、ふざけるなふざけるな………ふざけるナぁっ!!」
「ああ、今のは俺も同感だなっ!!」
怒り狂うアーストにカリストが共感を示しながらも、迫ってくる怒涛の連撃を解放の反射能力で避けていく。そして、攻防の流れがチェンジされたことで距離を詰めることが容易になったため、すかさず俺はカリストの背後まで移動した。
「捌けるかカリスト?」
「誰に言ってんだ、馬鹿が……つうか、よくもやってくれたなウルス!」
「不満だったか?」
「当たり前だ!! ……いいぜ、お前がその気なら…………おらぁぁぁっ!!!!」
(………!??)
蹴飛ばされたり軌道をずらされたりで苛立っていたのか、今度はカリストが俺に仕掛けてくる…………というより、俺の腕を掴んでアーストへと躊躇なく振り回し始めた。
「ヒぁ……!??」
「おぉ、ビビってるぜ……どうだ、文字通り振り回される気分は?」
「…………最悪、だなっ!!!」
俺たちの奇怪な行動を見て、一旦アーストは本能的に攻撃を止め一歩後ろへ下がってしまう。その結果、俺の振り回しはただの見世物となり意味を成さなくなってしまった。
「ちっ、外したか……ならこれでっ!!!」
「うっ……お前も大概だな、とっ!!」
「!? 今度は砂……!??」
カリストは適当に俺をアーストへと投げ飛ばしてきたので、仕方なく軌道をジェットで調整しながら足で地面を抉り、彼の視界を軽く遮らせる。そしてその隙を突くように上から背後への回り込み、風神・一式を放つ準備をする。
「……っ、後ろかァっ!!」
「声が大きいな、それで脅せるのは動物だけだぞ。」
「黙れっ、そんなのに僕が当たるわけ……!!」
「散漫だなぁっ、 『ブレイクボンバー』!!」
「なっ……くそっ!!」
俺の大きい魔力を感知してか、アーストは攻めることなく大袈裟に距離を取り始めようとする。そんな及び腰を嘲笑うようにカリストが挟み撃ちの爆破を飛ばすが……それは辛うじて避けられてしまう。
「さっきから頭のおかしい……何がしたいんだよッ!!!」
「何が? ……さぁ、何がしたいんだろうな? 俺も分かんねぇな、一緒に考えるか? 俺たちが何をしたいのか。」
「な……病気にもほどガ……!!」
「ああ、病気だよ。」
「…………!?!?」
『……実は僕、夢があるんだ。色んな魔法を使えるようになって強くなって、この広い世界を旅してみたいんだ。』
「お前の言う通り…………俺は病気だ。『強さ』でしか物を語れない、重症だ。」
浮かび上がる体のバランスを取りながら、言葉を吐露させる。
『……俺はなにも克服してないぞ。ただ二度と……絶対に大切な人を失わないために強くなると………そう心に誓っただけだ。本質は……ミルと同じだ。』
「何者かに成りたいわけでも、誰かのために成りたいわけでもない……自己中心的で愚かな人間……だ。」
手を伸ばし、目下の彼に狙いを定めていく。
『……父さんが残した龍神流の魔法を極める……………そして、それに俺自身の力を合わせて、最強の魔法を作り出す……それが、俺のやりたいことだと思います。』
「 “夢” や “使命” なんて格好付けて、結局は強くなりたいだけの……都合のいい奴だ。」
『嫌なんだ、俺は。誰かが……大切な人が泣いて、悲しむ姿を見るのは…………イヤなんだ。』
『だから、夢……っていえるほどじゃないが、やりたいこと……やるべきことはある。』
「……し、めい…………?」
「それでも、進み続けるしかないんだ。それが………それでしか………………」
『風神・一式』
「……守れないから。」
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「…………アーストくんは……」
ウルスくんの最後の一撃は舞台を荒らし、辺りを薄い砂埃へと巻き込んだ。
だが、そんな景色も一瞬で終わり………………そこには。
『……そ、そこまで…勝者、第1チーム。ま、また…これによって決着、そして武闘祭一年の部……優勝したのは、第1チームですっ!!!!』
「……………」
「…………くくっ。」
「「「「「……うぉおぉぉっっ!!!!!」」」」」
倒れるアーストくんの無言で前に立つウルスくん、そして卑しくカリストにはち切れそうなほどの歓声を浴びせられた。
「ほ、本当に勝っちまったぞ!!! あのマルク=アーストたちを、上位でもない奴らが倒したぞっ!!!?」
「ど、どうなってるの……!?? 明らかにあの首席の人の方がステータスは高そうだったのに……!!」
「分からない、でもあいつらが勝ったのが事実だ!! ステータスとか関係ないってことじゃないか!?」
歓喜、困惑、驚愕……様々な感情が入り混じった鬨の声が舞台全体を包んでいく。私はそんな音に気圧されながらも、彼らを…………ウルスくんを何故か見つめてしまう。
「………………。」
(…………どうして。)
……ウルスくんは、他の人よりは静かな方だ。だから、こういう時に喜んだりしないのも別におかしくはない……けど…………
『…………ああ。俺は、ウルくんじゃない。』
(同じ…………)
俯く彼の姿は、あの時と全く同じだった。
心は、鉛のように。




