百十二話 燃えて
「……いいから、早くかかって来なよ。」
「ああ、そうさせてもらう……っ!!」
もう俺の言葉はうんざりなようで、アーストはクイっと先手を譲って来た。それに誘われるように俺は突撃し、剣を横振りの準備をする。
(まずは様子見……といっても、下手をすれば1発 KO 。反撃に警戒しながら…………!)
「すっ!!」
「ん……?」
斬りかかる寸前、俺は軽くジャンプし……斬撃を一度空振りさせる。そしてさっきからずっと発動したままのジェットで推進力を生み出し、その場で体の回転の向きを変えながら加速していく。
その結果、横振りだった斬撃は斜めの斬り上げへと変化し、より素早い速度でアースト目掛けて走っていく。
「面白い……けど、遅すぎるよそれは!」
「…………やはりか。」
だがしかし当然と言うべきか、あっさりとアーストは俺の攻撃を避ける。そして予想通り反撃の構えを取って来たので、俺は整えていた鼓動に従うように極限まで集中力を高める。
「さぁ……君もさよならだぁっ!!!」
「っ、ぐぉっ……!!?」
高速の剣技が俺を襲う……が、それは致命傷になることはなかった。何故なら受ける寸前にジェットで衝撃を受け流していたからだ。
(と言っても……強いことには変わりない!)
腐ってもステータス差は200。どれだけ対策を取ったところでその強さは誤魔化しきれない。それに………
(この違和感、感触……あの時と同じだ。)
それは初めてアーストと対面し、不意打ちを受けた後の俺の反撃を受け止められた時に感じた、あの『妙な感覚』のことだ。その時は特に気に留めていなかったが……
「……魔力を吸われるような……いや、でも俺の魔力自体は減っていな…………」
『……大会は惜しかったな。やっぱり首席は強かったのか?』
『そうだね……アーストくんは確かに強かったけど、ここだけの話ウルスくんの方が強いなって思ったよ。』
『……いやいや、それはないだろ。現に俺はライナに負けてるし、さすがに思い違いじゃないか?』
『うーん、私も変だと感じるんだけど……』
「…………! そういうことか。」
……やっと答えが分かった。アーストの力……いや、アーストの武器の力は…………
「…………もう使えないな、これは。」
「…………?」
吹き飛ばされた体の受け身を取り、すかさず体勢を立て直す。そして俺は何の迷いもなく剣をその場で捨てた。仕組みが分かった今、武器を持つだけ吸収されるだけだしな。
「……ああ、気づいたんだ。ならせっかくだし、冥土の土産に教えてあげよう。僕の武器の名は『ベヒモス』……この武器は互いの武器が触れ合う瞬間、少しずつ相手のステータスを吸収する、素晴らしい武器だ。欲を言えばずっと吸収したままが1番だけど……生憎その効果は戦いの最中しか起こらないようだね、残念。」
アーストは『はぁ』と深くため息を吐く……が、はっきり言ってめちゃくちゃすぎる武器だろう。その効果だけで言えば神器の後を追うくらいには強すぎるし、何ならある意味俺の神器であるアビスより有能な武器なのかもしれない。
「……よく喋るな。自分の力の源が知られて気分でも良くなったか?」
「源? なんだ、まるで僕の実力がこれありきみないな……」
「いや、九割九分そうだろ。その武器があるからお前は首席になれたんだろ? そうじゃないと……なぁ。」
「っ………この……!!!」
少なからず図星だったようで、アーストは苦虫を噛み潰したような顔をする。よほど『自分の力』とやらに拘っているようだが……きっとコンプレックスか何かなのだろう。
「はぁぁぁっ!!!」
「すッ!!!」
怒りのままに突撃すると予測した俺は、アーストが動き出す瞬間にジェットで真上に飛び上がり、その突撃を回避する。そして牽制を含めた魔法を放っていく。
「『火球』、『風の槍』!」
「小賢しい……でも、そんなものっ!!」
しかし、当然それらは避けられてしまい、アーストは上昇していく俺を追いかけるようにジャンプする。
(高い……が。)
「くっ……また反応された……!?」
下から昇ってくるアーストを俺はまたもや避ける。いくらステータスで能力が高まっていようとも、そもそもアーストの動きの線は意外と単純だ。それに加え、慣れていない空中ともなると避けるくらい大したことはない。
「なら……はぁっ!!」
「…………!」
(無詠唱で……2つ同時に!)
無防備なところをやられたくないのか、アーストはあろうことか無詠唱でフレイムと水紋の2つの魔法を同時に発動した。
普通、人は一度に魔法は1つしか扱わない。それは単純に難易度が高いためであり、一斉に複数の魔法を発動しようとすると魔力のバランスが崩れやすくなるからだ。その分できるようになれば魔法使いとしては一線を画すのだが……どうやらアーストはその領域にいるようだ。
(さっきはああ言ったが……何だかんだマルク=アーストという人間は強いのだろう。)
俺も初めて同時発動の練習をした時は苦労した記憶がある…………なんて、耽ている場合じゃないな。
「…………!!」
「これも……どうしてだ!?」
俺は一気に距離をとりながらフレイムを回避し、追尾してくる水紋の皿3枚を誘導させる。そしてまず1枚はフレイムの炎に当てて蒸発させ、残りの2枚はお互いにぶつけ破壊させる。
「さすがに無理をしていたようだな、アースト。威力が落ちていたぞ。」
「うるさい……君に指摘されるいわれはない!」
俺が魔法を避けている間に地面に着地していたアーストは、そんな指摘に苛立っていた。
「大体、ろくに攻撃もできていないくせに何をそう偉そうにしているんだい? どれだけ君が僕の動きを読めてもそのとろさじゃ当たるものも当たらないよ!?」
「……それもそうだな。だったら……今のお前に相応しい魔法を見せてやる。」
地面に降り立ち、ジェットを解除する。そして手を空へと高々に掲げ、意識をそちらへと集中させた。
(あと少し…………)
「……魔法とは、イメージだ。どれだけ鮮明に…繊細に想像し、表現できるか…………普通はそういう……」
「ああ、もういいから。やるなら早く見せてくれ、どうせ君如きの魔法なんて僕には通用しないんだから。」
「…………なら、そうさせてもらう。」
あくまで自分が優位だと思っているのか、アーストはかかってこいと言わんばかりに俺の攻撃を待った。
『…………この世界にはない、魔法………知らない……………裏側…………』
…………イメージも、理論もできている。あとは……表現するだけだ!!!
「……………………
…………焚け、『蒼炎』」
「……青い、ほの……っ?!!」
手のひらから生まれた青い炎は瞬間的にアーストへと猛々しく飛んでいく。その速さは彼の想像以上だったのか、大袈裟に避けていた。
その結果、蒼炎は…………地面を焼いていった。
「なっ……土が、燃え……!!?」
「まだまだいくぞ……ほら!」
「!?」
見たことのない……いや、起こり得ない現象を目の当たりにしたアーストはあからさまに顔を引き攣らせた。また、次々に飛びかかってくる炎を避けようとするが……あまりの速さと手数に押され、どんどんと壁際へと詰められていっていた。
「な、何がどうなって……くそっ、『水紋』!!」
地面に着火している炎を鎮めようと、アーストは水の皿を飛ばす。だがしかしその程度の水量では全く変化も起こらず、むしろ勢いを増させるだけだった。
「なに!? 最上級の魔法が効かない……!??」
「お前は知っているか? どうやって水が炎を消しているか……それを知らなければ、お前にこの火は絶対に消せない。」
「な、なんだと……ぐぅっ!!?」
俺の言葉の意味を咀嚼しようとしたアーストだが、そのせいで集中力が切れたようで炎の1つをもろに受けていた。
その威力は絶大であり、サッカーボール程度の大きさの物でもアーストの魔力防壁を半分程度まで削っていたほどだった。
「はぁ!? 意味が分からな……いっ!!!」
「突風でも消せないぞ、その炎は。」
「!??? ……何故…なんだ……!?」
今度は腕の振り回しで風で掻き消そうとしたアーストだったが、それでもなお地面の炎が消えることはないどころか、燃料が投下されたことで一つひとつが人ぐらいの大きさまで昇っていた。
「…………知りたいか、アースト。」
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「な、なんだあの炎……アーストが何やっても消えないぞ!?」
「ええ、それどころか勢いが増している……? 一体どういう仕組みなんですか、あれは?」
武闘祭の決勝戦、私たちは並んで観客席に座り試合の成り行きを見届けていた。そんな途中、ウルスくんが見せた蒼い炎にソーラくんやカーズくんはもちろん、他の観客たちもこの以上な光景に騒いでいた。
「な、なんなんだあの魔法……あの男のオリジナル魔法なのか?」
「多分……でも、その割には威力が高すぎるよ! だってあのマルク=アーストの魔力防壁を一瞬で……!!」
「というか、なんであの速さについて来れてるんだあいつ!? 俺なんか目で追うこともできてないのに!!」
「………………凄い。」
「……ねぇ、ミル。」
「…………ん? なにライナ?」
みんなが湧いている中、ライナが難しそうな顔をしながら聞いてきた。
「あれって……普通の炎とは違うのかな? 最初は色が違うだけと思ってたんだけど……速さ、威力、火力全部が赤い方と全く違う。和神流や洋神流にはない種類だし……ウルスくんから何か聞いたりしてない?」
「えっ、うーん…………」
唐突としてライナにそう言われ、とりあえず何か昔ウルスくんが言っていたことを思い出す。
(魔法はイメージ……水……風……火は何か………)
「……………あっ、そういえば!」
昔話していたウルスくんのうんちく? の1つを思い出した私は、手をポンと鳴らす。そして早速その話をライナへと伝える。
「ウルスくんが確か……『本来、ちゃんとした火は青くなるもの』だって言ってた気がする。」
「ちゃんとした火? どういうこと?」
「えっと、それが…………」
『ミル、魔法じゃない普通の火はどうして燃えているか知っているか?』
『えっ? き、急にそんなことを言われても……木が熱くなるからとか?』
『違う……いや、間違ってはいないが、正確ではない。どちらかというとそれは火が起こる原因だな。可燃性の物が発火点に達すると火を起こす……俺が聞きたいのは、どうして火は燃え続けているのかってことだ。』
『…………??』
「……それで、なんで火は燃え続けるの?」
「それは…………あの……空気の中に酸素? っていう物があるからだって。」
「…… サンソ ?」
聞 き な れ な い言葉だったようで、ライナはさっき以上に顔を困らせながらこちらに詰め寄ってきた。
「どういうこと? そんな物が空気の中にあるの? ……何も見えないよ?」
「ウルスくん曰く、目には見えない物なんだって。話が難しすぎて私もよく分かってないけど……とにかく、酸素っていうのが火の燃料になっていて、その量を変えたら青くなる……らしい?」
「…………結局、よく分からないね。」
あははと笑うライナに私も釣られて笑う。正直私も何が何だか分からないし、そもそもウルスくん自身も深いところまでは理解していないらしい。
どうやらその知識は過去の記憶……前世での物らしい。私はウルスくんの前世の話はあまり聞いたことはないけれど、きっとそこは私たちが今生きている 場所 とは違う感じなのだろう……
「……本当にすごいね……ウルスくんは。ミルが褒めたくなる気持ちがわかるよ。」
「うん、なんてったってウルスくんは私…の………」
『…………私ね、幼馴染がいたの。』
『……うん、私が昔住んでた村にいたの。私のことをいつも気にかけてくれた、優しい男の子。』
『うん、おかしいと思うよね……でも、確かにあの時、私の幼馴染…………ウルくんは、私を助けてくれた気がするんだ。』
「……? どうしたのミル?」
「……えっ、あ、い、いや………」
悼まれない気持ちに、私はつい吃ってしまう。
(……最近、ウルスくんの話をするとどうしても過ってしまう。私が考えても仕方ないのに…………)
これは、あくまでウルスくんとライナの問題。私が付け入る隙なんてない……けど…………
「……ラ、ライナ。あの………」
「ん、なに……って、あれ?」
私が問おうとした寸前、ライナが何かに気づいたかのように声を漏らす。そして私に向けてある方向を指さした。
そこには…………
「……これは……………!」
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「これは『裏式魔法』……俺が新たに作り出した、より現象的に表現する特別な流派の魔法だ。」
「現象、的………?」
裏式魔法。この魔法は従来の和神流、洋神流などの流派とは理論的に大きく違う種類の物であり、この世界ではいわば裏技といってもおかしくはないだろう。
この世界においての発展具合は、俺の前世よりも少し遅れている。おそらく魔法という存在がそういった面の成長を阻害しているのだろう……良くも悪くも便利すぎるからな。
(俺自体そこまでその分野に詳しいわけではない。なので、あくまで前世で聞かされた程度の知識しかないが……そこは魔法のイメージが補完してくれるので問題ない。)
いくら前世の専門的知識があるとはいえ、火の原理を全て把握しているわけではない……が、魔法の基本はイメージだ。学生レベルの知識でもちゃんと想像できていれば何ら問題はない。
「分かるか、アースト。お前は賢いし強いのかもしれないが、それでも未知なことは沢山ある……俺だってそうだ。この世界のことはまだまだ知らないことだらけで、分からないことだって数え切れないほどあるんだ。」
「……それが、『世界の広さ』って言いたいのか? やめて欲しいね、本当に!」
アーストは苛立ちとうざったさを含め、そう吐き捨てる。
「首席の僕が君に学ぶことなんて何ひとつない、まだ分からないのか? たまたまその青い炎が僕に効いたからって調子に乗って……この勝負は僕が絶対に勝つのにねっ!!」
「誰が決めたんだそんなこと? かみさまのお告げでもあったのか?」
「うるさい、僕が勝つことは絶対なんだ!! 君なんかがどうこう言う権利なんて存在しないんだぁ!!!」
さっきまでの余裕はどこへか、もはや子どもの駄々のように喚き始める。蒼炎の強さに相当焦っているのだろうか。
「勝つんだ、僕が!! 僕が1番なん…………」
「違ぇよ、大馬鹿野郎が。」
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「だ、大丈夫なのあれ!? ウルスはまだギリギリ戦えてるけど、このままじゃ……!」
「うーん……さすがにあの速さを捌くのは難しそうっすね。さっきは上手く噛み合ったからどうにかなったっすけど、もしアーストさんがウルスさんの動きに慣れたら……」
選手が入場する通路の出口前、俺とローナさんは2人でウルスさんたちの激闘を観ていた。
(ウルスさんは強い。元の強大なステータスの高さを除いても、判断力や把握力などの潜在的実力が人並み外れている。だから今の圧倒的なステータスを誇るアーストさんとも渡り合えているが……それも限度ってものがある。)
『…………ほぅ。ステータスは抑えたままに、それで天辺てっぺんを目指す……これは面白いことになって来たっすね!』
『面白い……まあ、そうかもな。』
『おぉ? 珍しいっすね、ウルスさんが俺の言葉に賛同するなんて。何だかんだウルスさんも戦うのが好きなんすねぇ〜』
『……別に、戦うのが好きってわけじゃない。ちょうど、自分の力を高められる都合がいい機会ってだけだ。』
ウルスさんが力を解禁すれば1番手っ取り早いが……そんなことはしないだろう。かといってあの青い炎がそう何度も当てられるはずもないし、もう警戒されまくっている。
「せめて、もう1人いれば…………」
「…………いるよ、もう1人。」
「「…………えっ?」」
その時、不意に背後からそんな声が聞こえた。そして、振り返るとそこには…………いつの間にか、壁に寄り掛かりながらゆっくり歩いて来ているフィーリィアさんが立っていた。
「え、フィーリィア!? 大丈夫なの!?」
「うん……大分回復、した。」
「……でも、まだ辛そうっすね。休んでた方がいいんじゃないっすか?」
「…………大丈夫。私も試合を、見届けないと……」
そう言ってフィーリィアさんは舞台の戦いを見つめる。にしても気づかなかったな……一応魔力感知はしているのに。
(……………というか。)
「フィーリィアさん、その『もう1人がいる』ってのは……?」
「……ほら、あそこ。」
「あそこ……って、でももうあいつは…………」
フィーリィアさんが指を刺した方向……そこは未だ砂埃で微妙に隠れてしまっているカリストさんのことだった。
彼はアーストさんに吹っ飛ばされてからずっと壁にもたれて座り込み、気絶してしまっている。まだ魔力防壁は何とか生きており、退場扱いにはなっていないが……とても戦えるような状態じゃない。
「カリストさんはあの通りっすよ、だからもう……」
「……2人とも、感じないの?」
「感じる? 何、を………って、あれ?」
「……ローナさん? どうしたんすか?」
よく分からないフィーリィアさんの言葉に、ローナさんはどこか反応を示す。しかし俺には全く分からないし何も感じなかったため、その意味を理解できていなかった。
「ニイダ……何か、カリストから……魔力? を感じない?」
「えぇ?? ……俺は何も感じないっすけど……?」
(……俺ですら気づかない反応?)
自慢じゃないが、俺は人より魔力の反応には敏感だ。それは以前のデュオの時にウルスさんが気付かず俺が気付いたように、俺の魔力感知はかなり優れているはずだが…………
「……見ている方向は違っても、2人とも気持ちは同じなんだと思う。」
「気持ち……?」
「うん、『強くなりたい』って気持ち。だから…………
……負けないよ。」
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「カ、カリスト……だが君はもう満身そう……」
「勝手に決めんな。」
「「……!?」」
砂煙が明け、ちょうどそこにはカリストが俯きながら立ち上がっている姿が目に入ったが……その刹那、何故か彼はアーストの目の前にまで急に迫ってきていた。
(速い……? ステータスはまだ吸収されたままのはず……?)
「くっ、この!!」
ステータスを吸われたはずのカリストだったが、そのスピードは今の俺とほとんど変わらないくらいに素早く、そのことに慌ててアーストが剣を振るうが…………
「分かりやすいんだよ、アホが!」
「な、避け……ぐふっ!??」
あろうことか、アーストの高速の剣をカリストはしゃがんで避け、そこから腹を蹴り上げ吹き飛ばした。
(避けた……!? いくらなんでもあの速さをカリストが捌けるはずがない…………)
……いや、まさか…………
「………『解放』か。」
「スゥ………!」
地面に降り立ち、息を深く吸うカリストの目は…………蒼く、燃えていた。
決着の時です。




