百七話 止めてやる
『……そこまで!! 勝者、第1チーム! また、これによって決着……この戦いの勝利チームは、第1チームです!!!』
「……………。」
熱くなっていた頭を止め、俺は周りの状況を見渡す。
「……な、なんだったんだ……?」
「あれが勝負の動き……なの?」
「す、凄かった……!」
(…………まちまち、か。)
俺の動きが物珍しかったのか、2人を1人で倒したからなのか……観客たちは動揺と驚きを混ぜ合わせたような反応をそれぞれしていた。
…………やはり、いい気分ではないな。
「……強かったよ、ウルスくん。」
「…………ライナ。」
あははと笑うラナに、俺は奪った剣を返す。そして、あの時と同じように彼女は手を伸ばし…………握手を求めてきた。
『…………離してくれ、ラナ。』
『いやぁ……いやだぁ…………』
(……………っ。)
「……………?」
その手を掴めるほど、俺に覚悟はなかった。
「フィーリィアさん、大丈夫!?」
「う、ううっ………」
「……………あっ……」
その時、フィーリィアの呻き声とミルの心配するような声が聞こえた。その声を利用するかのように伸ばされた手を無視し、俺はフィーリィアの元へと駆け寄る。
そんな俺を見て、フィーリィアは疲労困憊ながらも小さく笑って言った。
「かっ……たんだ、ね。さすが……ウルス。」
「……すまない、フィーリィア。こんな……お前に無理をさせて……」
「ううん……私が、やるって言った。だから、全部、私の……せき、にん。」
「………………」
…………確かに、この作戦はフィーリィアが提案したものであり、俺も結局は同意してしまった。
『……俺たちはペアで、チームなんだ。だから……恐怖は俺に全部預けろ、フィーリィア。』
『…………ウルス……』
『大丈夫、フィーリィアは安心して戦ってくれ……勝ちは、俺が必ず掴んでみせる。』
俺は、安心させるためにそう言った。しかし……彼女はその言葉を、犠牲の理由として解釈してしまった。
『………ウルス、頑張れよ。』
誰かを犠牲に、勝ちを取る…………そして、それを良しとしようとする自分に、嫌気がさす。
(…………もう、次はない。)
「……ミル、悪いがフィーリィアをニイダたちに渡して治療室へ連れて行くように言っておいてくれ。」
「え、う、うん……でも、決勝はどうするの? フィーリィアさんはもう戦えないし、3人だけじゃ不戦敗になっちゃうよ?」
「大丈夫だ、そのために保険をかけておいたからな。」
「…………保険?」
…………アイツは……ここにいるな。
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「おや、1人で散歩かい? 決勝前だというのに呑気だね。」
「…………アースト。」
アイツの所へと向かう途中、そんな舐めたような声が聞こえてきた。そしてその方向へと身体を向けると……相変わらずご立派な面持ちをしたアーストと、後ろに彼のチームメイトのような人物たちが3人立っていた。
「……彼がウルスさんですか、アーストさん?」
「思ったよりも細身ですわね。噂を聞く限り、てっきり大男なのかと……」
「見た目で判断するな、あいつは今さっき次席を倒してきたんだ。単純計算で言えば俺たちより強いことになるんだぞ。」
「……この3人が、お前の仲間か?」
「まあ、そういうことになるね。いくら僕が強いと言っても武闘祭はそれだけじゃ勝てないからね、上位から引き抜かせてもらったよ。」
……つまり、決勝は全員が上位ということか。果たしてニイダとローナが勝てるかどうかだが…………
「この、体の大きい彼がロード=アンクル、次に茶髪の彼女がナチ=キール、そして剣を2つ背負っている彼がライト=ガッラだ。」
「初めまして、ウルスさん。私はアンクル=ロード、上位5位でこの中では一番下の者ですが、今回はよろしくお願いします。」
「私がナチ=キールですわ。上位は4位、おそらくあなたと戦うことはありませんが、お手柔らかにお願いしますわ。」
「最後に……俺がライト=ガッラだ。3位で、一応お前の対戦相手になるな。よろしく頼む。」
「……ああ、よろしく。」
アンクル=ロードと呼ばれたソーラ以上の図体をもつ、薄い黒髪に灰色と黒色の混ざったタキシード染みた服を着ている男は……ぱっと見180センチ以上はあるだろう。
しかし、その立ち振る舞いは決して鈍重なものではなく、むしろ誰よりも軽やかさを感じさせるような人物であった。
4位のナチ=キールは、背中まで長く伸びた明るめの茶髪をした小さな女であり、長く紅いローブを着ていることや魔力反応からして魔法が得意そうな雰囲気があるが……1つ、腰に付けている大きめの革袋らがやけに目に入る。そこから感じたことのない種類の魔力が感じることから、何かしら物が入っているのだろうが……使い道はさっぱりだ。
そして、おそらくタッグ戦に出てくるであろうライト=ガッラは濃い黒髪と中くらいの背に深緑と黒のかき混ぜた、俺と似たような服装をした男だ。そんな彼の特徴はアーストも言っていた通り、徐に背負っている2つの剣であり、わざわざ見せびらかしているところから二刀流の使い手なのだろう。
この世界における二刀流はかなり希少な存在であり、そんなところから十中八九我流だろうが………それでも上位3位だというのだから、きっと実力は並外れているのだろう。
(……アーストのチームメイトと聞いて、てっきり厄介な性格をしている奴らばかりだと思っていたが……存外、普通だな。)
3人とも癖はありそうな奴らだが、別に以前のカリストやアーストみたいに無駄に態度がデカかったり、異様になめ腐っているような感じはない。
だが、かといって下手に出ているわけではなく、どちらかというと次席のチームを突破した俺をじっくり吟味しているようなものだった。
「…………で、アースト。用はそれだけか?」
「ん、まあね。決勝前のご挨拶ってやつだよ。けどまあ……どうせ君は僕に負けるから、はっきり言って挑発になっちゃうね、ははっ。」
「お、おい……変なことを言うなよアースト。調子に乗ってると足下をすくわれるぞ。」
1人勝手に盛り上がり、笑い出すアーストを止めるようにガッラが奴の肩を掴む。だがアーストは邪魔だと言わんばかりにその手を軽く払い、俺に一歩近づいて言い放ってきた。
「『世界の広さ』……だったか? 生憎、君に教えてもらわなくても、僕は十分な力を持っている。むしろ、下等な君に位が高くて実力もある僕の力をその身を持って教えてあげるよ……まあ、その前に彼らが勝ってしまったら、それこそ君たちはその程度だったって話になっちゃうけどねぇ。」
以前の俺の言葉がよっぽど気に入らなかったのか、アーストは捲し立てるかのようにベラベラと喋ってきた。
(…………これは、相当だな。)
実力だけじゃない、自身の立場に絶対的な価値があると思い込んでいる……そういう奴は、そもそも下と見ている者の言葉を聞き入れようとしない。カリストの時のように、負けを叩き込むことで何かを改める可能性は……おそらく、かなり低い。
(…………それでも、俺にできるのは……この方法しかないんだ。)
「……安心しろ、アースト。お前は……十分強い。」
「おっ、やっと理解してくれたか、なら………」
「でもな、それだけじゃ駄目なんだ。」
「…………なに?」
俺はアーストの肩を軽く突き飛ばし、諭すように話し出す。
「実力、権力、知識……確かに、それらを持ち合わせている人は強い。けど、人間っていうのはそう単純じゃない。」
「……意味がわからないね、何が言いたいんだい?」
「だろうな、お前みたいな奴は考えようともしない。強さが…………力が、誰に何を想わせるのか。」
『ねぇ……ウルスくん。』
『…………もう、居なくならないよね……?』
『もう……行かないでぇ……』
『なん、で……?』
『私に…そんな資格……ない……!』
『私は、人を傷つける…私が、傷つけたくなくても…そうなる……から、私は…わたし、はっ……!』
『で…でも、そんなの……嫌です………そんな、傷つくのは………!!』
『だめ……だめっ!! いやだぁ、こんなことしてまで、強くなんて………守って欲しくなんかないっ!!!』
『強くなれば、見えてくる景色もあります。でも…………見えなくなる景色もあります。』
「身に余る強さを持とうとする……持つことが、どれほど哀しいものか……………そして、徒に力を振るうことが、どこまで愚かなのか…………お前は、知らなさすぎる。」
「……君は、本当に何を言ってるんだい?」
何を思ってか、アーストはやれやれといった様子で語り始める。
「つまり、僕の持つ力は身に余る力だって言いたいのかい? 僕が持っている力なのに? 変なことを言っている自覚はないのかな?」
「……本気でそう思ってるのか? 剣の使い方や魔法の知識、体の動かし方、考え方、生き方…………全部、お前独りで培ってきた物なのか?」
「…………ああ、そうだよ。 全部、僕が得た力……それに誰のおかげも何もないだろ? 当然の話じゃないか。」
(…………………)
……一度決めたこと、思ったことは……意地でも曲げない。そういう人間は…………俺が一番よく知っている。
止まれないことも、止まりたくないことも……止まる必要が分からない気持ちも、全部知ってる。
「…………なら、今日でその常識を崩してやる。」
知っているからこそ…………俺は…………………
「止めてやる、お前を。」
「………ふふっ、精々やってみてくれ。」
全て、自分に返ってきます。




