百話 獣人と、精霊
『…………8時、8時になりました!!! それでは現時刻を待ちまして、武闘祭…………開催です!!!』
「よっしゃー開催だー!!!」
「みんな、行くぞぉ!!!」
「………みんな、元気だな………」
部屋から出ると、そんなアナウンスがちょうど耳に届き……学院中から一斉に鬨の声が聞こえ始めた。俺はそんな声に耳を塞ぎながら、約束していた場所へと向かう。
(………やはり凄いな、武闘祭は。)
その場所へと向かう途中ではあちらこちらに出店やら見世物が通りに進出しており、誰もが騒ぎに騒いでいたりとある意味圧巻するような風景が街中に広がっていた。
「……あっ、ウルス!! こっちこっち!!!」
「やっと来たっすね、遅いっすよ!」
「…………私たちが早すぎた。」
しばらく歩いていると、その待ち合わせの場所である例の時計台の下に既にいたローナに声をかけられる。どうやら俺が1番最後だったそうだ。
「早いな、みんな……じゃあ回るか。」
「よし、出発だー!!!」
集まったと同時に早速、ローナが先陣を切って俺たちを案内する。
「それで、今日は回ったあとに最後の仕上げはするの? できれば今日明日は試合がないから自由に回りたいんだけど!」
「……今日は自由でもいいが、明日は少し調整しておきたいな。みんなが必要ないって言うなら俺はどちらでもいい。」
「そっすね……一応やっといたほうがいいんじゃないっすか。念には念をって奴っすよ。」
「……私もその方がいいと思う。」
「えぇーじゃあ今日で遊び尽くさないと! 急いで回るぞー!!」
武闘祭は3日間行われ、初日は3年生で2日目は2年……そして1年は最終日にその団体戦が開始される。なので初日の今日は3年生が今まさに試合を行っているらしい。
本当ならその2、3年の試合も覗いておきたかったが……ローナがどうしてもみんなで出店やらを回りたいと捏ねて来たので、今回は諦めた。どうせ、またいつか上級生の戦いも見れるだろうしな。
「…………ねぇ、ウルスさん。1つ確認しておきたいんすけど。」
「……なんだ、ニイダ?」
ローナについていく途中、ニイダがこそっと小さな声で話しかけてくる。それを聞いた俺も倣って声の音量を下げた。
「今回の武闘祭……特訓の気合の入り方から見て思ったんですが、もしかして優勝を狙ってるっすか?」
「……ああ、言っておくべきだったな。お前の言う通り、今回は勝ちにいく。」
「おぉー遂に本気を出すってわけっすか?」
「いや、本気と言っても…………」
俺はニイダに学院長から頼まれたこと、そして今後俺が学院でどういった立ち回りをするのかを軽く伝えた。
「…………ほぅ。ステータスは抑えたままに、それで天辺を目指す……これは面白いことになって来たっすね!」
「面白い……まあ、そうかもな。」
「おぉ? 珍しいっすね、ウルスさんが俺の言葉に賛同するなんて。何だかんだウルスさんも戦うのが好きなんすねぇ〜」
「……別に、戦うのが好きってわけじゃない。ちょうど、自分の力を高められる都合がいい機会ってだけだ。」
「都合……どういうことっすか?」
ニイダのオウム返しに、俺は答える。
「…………俺の本当のステータスは以前見せたよな、どれくらいの高さか覚えてるか?」
「えっと、確か仮面……神のことで初めて4人で集まった時のアレっすよね。そりゃもちろん、無二の強さだったから忘れられないっすよ。」
俺はニイダと学院長にはもうステータスを見せている。見せたところで何か意味があるわけでもなかったが………それでも、知らせておくのが義理ってやつなんだろう。
「…………そうか。」
「……で、それがどうしたんすか?」
「ああ……実は、俺は俺のステータスを完全に引き出すことができなかったんだ。まあ、一応それはもう解決したが……まだ、完璧じゃない。」
「完璧…………その心は?」
ニイダの態とらしい言い草が鼻についたが、構わず俺はその意味を告げる。
「ステータスが高い……それは、一つひとつの動きが速くなるということ。そして動きが速くなるということは……戦いそのものが加速するということだ。」
「………つまり、今度は『思考速度』が課題というわけっすね。」
「ああ。」
俺は、師匠のように数多の戦いの経験があるわけでもない。第一戦うことになっても基本一方的だったため、経験値で言えばニイダたちに自慢できるほど持っていない。そのせいもあって、俺はまだ自分のステータスに見合った『考えるスピード』が不足している。
ましてや、俺は勘や無心で動くのは人より苦手なため……この能力を最優先に鍛えなければいけない。
「そこで、あえてステータスを落として相手を格上に持ち上げ、戦うための思考力を鍛える…………相変わらず無茶苦茶な発想っすね、理には適ってると思うっすけど。」
「ソルセルリー学院の生徒たちは優秀だ、油断して勝てるほど甘い人間はいない……だから、その思考力を鍛えるには持って来いの環境なんだ。」
「へぇ…………色々考えてるんすねぇー」
ニイダは一通り気になっていたことが聞けたからか、声の音量を元に戻す。そして何故かニヤッと笑って言ってきた。
「まあでも、今回ウルスさんは最後のタッグ戦……もしかしたら出番は無いかもっすよ?」
「…………言ってくれる。」
武闘祭はシングル戦が先に2戦、その後にタッグ戦が行われ、仮にシングルでローナとニイダが2勝してしまえば俺とフィーリィアの出番は無くなってしまう…………まあ、流石に1回も出番がないことはないだろうが。
「おーい2人とも! 速くこっちに来てよー!!」
「ありゃ、いつの間にあんなに……」
「……行くぞ、ニイダ。」
話し込んでいたせいで気づかなかったのか、ローナとフィーリィアは大分俺たちの先を歩いていた。
ローナの呼びかけに手を軽く振りながら小走りに向かおうとした時…………また、ニイダが話しかけて来た。
「…………ウルスさん。」
「……今度は何だ?」
「…………いつか、みんなに自分のことを話す気は無いんすか?」
『ば、バケモン……だぁ…!!!?』
『がぁぁっ……はな、せっ……化け物!!』
「………………言う必要、あるか?」
「…………さぁ。」
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「みんな、次はあっちだよっ!!!」
「ど、どんだけ食べるんすかローナさん……!?」
「……もう、お腹いっぱい…………」
「何言ってんの! 武闘祭でしか売られてない食べ物がまだいっぱいあるんだから早くっ!!!」
(…………これは、特訓よりきついかもな。)
俺たちは街の色んな所……主に飲食の出店を駆け回っていた。グルメなローナのお勧めだったのでどれも美味しくはあったのだが…………流石に5店目となると腹も膨れてしまっていた。
俺はまだ人並み以上は食えるので問題はないが……特に、少食なフィーリィアにはかなり苦しいだろう。
「ローナ、少し休憩しないか。このペースじゃ俺たちの腹がもたないぞ。」
「えー? みんな胃袋が小さいよ?」
「いや、ローナさんが大き過ぎるんすよ……今何分目っすか?」
「今? うーん……3分目かな?」
「「「………………」」」
彼女の発言に、俺たちは絶句する。ローナの胃はどうなってるんだ…………?
「……おっ、あの冒険者って最近有名な人たちじゃないか?」
「本当だ、何でここにいるのかしら!?」
「武闘祭は珍しい品も出回ってるからな、それ目当てじゃないか!」
(…………冒険者か、確かに今日はいつもより多いな。)
街の人たちの会話からも分かる通り、武闘祭の日は学院の試合を見に来たり物を買いに来たりと、各国から冒険者たちなども来ていたりする。中には旅でチラッと見たことあるような奴らもいるが…………まあ、俺の素顔を知ってる人間はいないだろう。バレることもない。
「仕方ないなぁーじゃあちょっと休憩…………って、アレ!!?」
「ど……どう、した、の?」
残念だと言わんばかりにローナはそう提案したが……次の瞬間、何を見つけたのか物凄く目をキラキラと輝かせた。そして何故かその方向を指差しながら、フィーリィアの肩をグラグラ揺らしていた。
「アレ、あそこにいるのって! あの有名な2人組の冒険者じゃない!!!」
「有名? 誰のことっすか?」
「ほらあそこ!! 緑っぽい銀髪の精霊族と、茶髪の獣人族がいるでしょ? あの2人は最近、冒険者の中でもトップクラスの強さがあるって噂があるんだよっ!!!」
「…………獣人と、精霊…………」
ローナの言葉に、胸が引っかかる。いや、流石にそんなことは……………
「……でも、女の子? しかも、見た目は私たちより若そう………」
「けど、俺たちより遥かに凄い魔力の流れをしてるっす。確かに強そうっすね…………あと、おまけに綺麗な人たちっす!」
(……………まさか。)
……何故、2人がここにいる? 何か探しているのか、それとも依頼でも……………
『…………すごい……凄いです……!!』
『わ、私たちも……いつか、あんな風に……なれるのかな?』
『ああ、なれるさ。お前たちは既に人並み以上のステータスがある。あとは…….お前たちが成りたいものになればいい。』
『『成りたい、もの………!!』』
………………いや、そうだったよな。
「あ、あの!! 握手してくれませんか!?」
「ちょ、ローナさん!?」
有名らしい2人に出会えたことで感極まったのか、ローナは突撃していって手を差し出していた。
そんなローナの手に2人は困惑しながらも、恐るおそる手を握り返していたが………不意に、何かに気づいたのか辺りを見回し始めた。
「…………ねぇ、この魔力って…………」
「はい……間違いありません、すぐ近くにあの人が…………!!」
彼女たちはそんなことを呟きながら、その魔力反応にしたがってこちらに歩み寄ってくる。やがて俺の顔を見た途端…………目に涙を浮かべていた。
「………あっ……いたよ、ミーファ!!!!」
「ほ、本当に……ここに……!!!」
「…………? どうしたんすかね、急に2人とも……」
「さぁ………ウルス、どうしたの?」
俺は2人を見て…………迷いながらも一歩前に出た。そして………………
「…….ハルナ、ミーファ……………久しぶりだな。」
浅ましくも、2人の名を呼んだ。
ついに、彼女たちの登場です。




