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第822話 『純正とバンテン王』

 文禄四年十二月二十八日(1596/1/27) バンテン王国


 一時は暴徒により占拠されていた駐バンテン肥前国大使館は、肥前国海軍艦艇から上陸した陸戦隊によって取り返された。生き残った大使館員と民間人は保護されたのだ。


 同時にパレンバンから南下した陸軍には、バンテン王国から事情説明のための使者がきていた。しかし肥前国上層部からの待機・撤退命令はでていない。


 そのため小規模な武力衝突を繰り返しながら、首都バンテンに侵攻したのだ。


 昨日までとはうってかわった街の雰囲気にバンテン国民の動揺は激しかった。肥前国の軍艦が港を埋め尽くし、陸戦隊と海兵隊が街を制圧する中、住民たちは不安げに家々に閉じこもっている。


 かつて繁栄を誇ったバンテン王国の威光はそこにはない。





「肥前国王陛下、お越しでございます」


 かつて、まったくの対等だった関係は完全に変化していた。純正自身は意識していないようだが、完全に従属国と宗主国とのそれである。ムハンマドは玉座から立ち上がり、歩み出て純正を迎え入れた。


 ムハンマド王は緊張のあまり震えが止まらないが、何度も深呼吸して自らを落ち着かせる。


「バンテン国王マウラナ・ムハンマド殿、肥前国王小佐々平九郎です」


「肥前国王陛下、バンテンの王ムハンマドです」


 宮殿の大広間で、ムハンマド王と純正が初めて対面した。緊張感が漂う中、純正が口を開く。


「さてムハンマド殿、私がここにきた理由はおわかりでしょう?」


 純正はあえて自分の事を『オレ』とは言わずに『私』とした。現時点でバンテン王国は独立国家であり、臣下ではない。朝鮮や琉球と同様の地位の冊封国でもないからだ。


 ムハンマド王は純正の言葉に身を震わせた。


 大使館襲撃事件の責任を問われることは避けられない。宮殿の壁に掛かる絢爛(けんらん)絨毯(じゅうたん)もきらびやかな調度品も、王国の没落との対比でこっけいに思えるほどである。


「承知しております。わが国の不始末により、貴国の使節に危害が及んだこと、深くおわび申し上げます」


 ムハンマドは悪感情を与えぬよう努めて冷静に、かつ慎重に振る舞った。その様子に純正は満足げだ。


 純正は静かにうなずき、ムハンマド王の言葉を受け止めた。漂う緊張感はさらに高まっていく。


「謝罪は受け取りました。だが言葉はいずれ忘れさられるもの……。今後のことを話し合ってしっかりと書面に残し、私の次の代も、あなたの次の代も、未来永劫尊重されるものでなければならない」


 純正は終始笑顔である。


 それが余計にムハンマドを萎縮させた。いったい何を言い出すのだろうか。空気が一層重くなる。


「まず、わが国の大使と民間人の殺害、略奪事件に対する賠償を求めたい。人的損害、大使館や船舶、商品の物的損害すべてを含む」


 純正は冷静に要求を述べた。ムハンマド王は顔を曇らせながら応じた。


「承知いたしました。もとよりそのつもりです。具体的な金額はいかほどでしょうか」


 ……微妙な沈黙が流れた。


 純正は朱色の漆器から文書を取りだすと、机の上に広げた。

 

「人的損害に関しては、大使の命に代えて金三万両、殉職職員に一万五千両。負傷者四名に各三千両。総計で五万七千両となる」


 ムハンマドの指先が膝の上で震えた。バンテン王国の年間歳入が金6万両程度であることを思えば、国家財政を揺るがす額だ。

 

「物的損害は大使館修復費として銀貨五十貫目。略奪品補填(ほてん)に銀百二十貫目。船舶損傷分が銀三十貫目」


 純正が淡々と読み上げる声が大理石の床に響く。側近の書記官がソロバンを弾く音だけが、広間を支配していた。


「わが国としては、正当な権利を主張していると考える。仮にも一国の大使とそれに準ずる公使も殺されたのだ。被害はそれだけではない」


 純正の言葉が響き渡る中、ムハンマド王の表情は苦悩に満ちていた。バンテン王国に存続の危機が迫っていることを痛感せざるを得ない。


「確かにわが国の暴徒によって貴国が受けた被害は甚大です。しかしこの賠償額は……わが国の財政を根底から覆すものです。何か他の方法はないでしょうか」


 ムハンマド王の懇願に、純正は冷静に応じた。王の返事は想定内なのだろうか。


「もちろん、賠償金は一括でなくても構いません。分割払いの形で、十年間での支払いを認めましょう。ただし、その間の利子として年5分(5%)を加算します」


 純正は穏やかな口調で続け、ムハンマドの顔にはかすかな希望がみえた。





 すぐ側にいる主計担当官と話をしながらムハンマドは額に汗を浮かべている。10年で完済するには毎年約6千両の支払いが必要となる。バンテン王国の財政状況を考えると、依然として厳しい条件だった。


「いかがか? 楽に返せる金額で、かつ年間の歳出も受け入れられる金額ならば、あまり意味がないと思うがの。厳しいが、なんとか頑張れば返せる。それほどの額でないと本来の賠償の意味がないでな」


 純正は、単なる金の支出ではなく、苦痛を感じなければ意味がないと考えていたのだ。

 

「よろしいかな?」


「は、はい……。承りました」


「うむ、次はな……」


「……」


 ムハンマドは公式の謝罪と賠償以外にまだあるのか? と思ったように見えたが、大っぴらにはできない。純正は当然のような顔をしている。


「うむ、今回の事は非常に遺憾であり、今後二度とあってはならぬと考えておる」


 純正は変わらず笑顔である。


「はい、それは私も同じです。おわびのしようもなく、再発を防ぐための策を考えねばならぬと思っております」


 もちろんです! とでも言おうか。そういった雰囲気がムハンマドの全身からあふれている。


「なに、それは問題ない。こちらで考えてきた。ムハンマド殿はそれを読んで納得していただければそれで良い」


 ムハンマドは嫌な予感がしたが、抵抗などできるはずもない。


「なんでしょうか」


「うむ、大使館と大使館職員らの警備、くわえて邦人の生命と財産の保護のために、わが軍を駐留させたいと考えておる。その土地建物を提供してもらいたいのと、あとは治外法権じゃ。どうかの? これで万事うまくいくと思うが……」


 純正の提案にムハンマド王の表情が凍りつき、重苦しい沈黙が広がる。


「肥前国軍の駐留と……治外法権ですか」


 ムハンマドは声の震えを隠すのに精一杯だった。これはもはや独立国家としての主権を大きく制限されることを意味する。バンテン王国の威信と自尊心に深い傷を負わせる提案だった。


「うむ。これは貴国の安全とわが国民の保護のためだ。駐留軍は大使館周辺に限定し、バンテンの内政には干渉しない」


 ムハンマドはあ然とし、側近たちの間で小さなざわめきが起こる。


「陛下、これは受け入れられません」


 側近の一人が耐えきれずに声を上げると、純正はその側近に視線を向け、冷ややかに言った。


「受け入れられないと? ではいかなる代案をお持ちか?」


 側近は言葉につまり、ムハンマド王の顔を見た。王は苦悩の表情を浮かべながらゆっくりと口を開く。


「肥前国王陛下、ご提案の意図はよくわかりました。しかし、わが国の主権を考えますと……」


「主権か。ではムハンマド殿、あなたの言う主権とはなんじゃ?」


 純正の鋭い問いかけにムハンマドは返す言葉がなかった。張り詰めた空気が流れる。


「主権とは……国家として独立し、自らの意思で統治する権利です」


「ならばなんの問題もないではないか」


 純正は一刀両断して答えた。その言葉にムハンマド王は声を発することもできず、重苦しい静寂が室内に広がる。


「我々は貴国の独立を尊重する。駐留軍はあくまで大使館と邦人の保護のためだ。バンテンの内政に干渉する意図はない」


 純正は冷静に説明を続けるが、ムハンマドは様子をうかがいながら答える。


「しかし、外国軍の駐留は……」


「では問おう。わが国と貴国は長きにわたって信頼を築いてきた。なればこそ斯様(かよう)なことが起きたのは驚きであり、ゆえに貴国に任せたくとも、いかにして信じればよいのだ? また同じことが起きない保障(具体的な制度や罰則と強制力)がどこにある? 信頼は築くのには時がかかるが、崩れ去るのは一瞬ぞ」


「それは……」


 いつの間にか純正は話し方が変わっていた。





 その後大使館と大使館職員等の警備、並びに邦人の生命および財産の保護のために、肥前国軍駐留が認められた。用地の提供とその土地での治外法権も承認されたのだ。


 純正としては常に、その土地の文化や風習を尊重するとは言っていても、自分より人道的に裁けるとは思わなかったからである。





「では次に……」


 交渉は続く。





 次回予告 第823話 『新生バンテン王国』

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