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第816話 『アルタ・カリフォルニア』

 文禄四年九月二十五日(1595/10/28)


 ヌエバ・エスパーニャは1519年に北アメリカ大陸、カリブ海、太平洋、アジアにおけるスペイン帝国の副王領を指す名称であるが、その支配領域は太平洋においては皆無であった。


 元亀二年(1571年)四月にフィリピンのマニラ要塞攻防戦にはじまり、天正七年(1578)五月にレイテ湾、フィリピン海域で2度も肥前国に敗北し、アジア・太平洋地域から完全に駆逐されたのである。


 そのため海洋への進出は制限され、沿岸部より内陸部へと進出せざるを得なかったのだ。


 この年はセバスティアン・ロドリゲス・セルメーニョ率いる探検隊が7月15日にアカプルコを出港していた。


 カリフォルニア沿岸を北上し、現在のオレゴン州南部にあたる海岸に到達していたのだが、セルメーニョはこの地を『ヌエバ・ガリシア』と名付け、スペイン王権の名の下に領有を宣言していたのである。





 ■オレゴン州西岸


「提督! あれを見てください!」


 見張りが指差す方をみると、巨大な船と(とりで)らしき物が見えた。


「なんだ、あれは?」


 明らかに原住民の船ではない。だからといって母国スペインの船とも違う。セルメーニョは目をこらし、麾下(きか)の艦隊にゆっくりと近づくことを命じた。


 その艦影がくっきりとしてくるにつれ、欧州の強国の艦隊に違いないと思えてくる。旗の詳細はまだ見えないが、その船の形は初めて見るものだった。


「あれは……肥前国の船ではないでしょうか?」


「肥前国だと?」


 副官の発言にセルメーニョは即座に反応した。副官は以前、ポリネシアの島々を航海した際に肥前国の艦船を見たことがあったのだ。


 肥前国……わがスペインの艦隊を2度も破った正体不明の国。


 その肥前国が、フィリピンからはるか離れたこの地に来ているのだろうか? まったくの予想外な出来事に混乱しそうなのをセルメーニョは必死で我慢した。


「全艦、警戒態勢を取れ」


 セルメーニョは冷静さを保ちつつ命令を下したが、内心は動揺していた。聞いている話が事実であれば、肥前国との戦いは避けたかったのだ。しかしこのまま引き返すわけにもいかない。


「よし、まずは会話だ。敵意のないことを示そう。カッター(ボート)の準備をせよ」


 セルメーニョがそう命じると、すぐさま交渉の用意がなされた。





「提督! 見てください!」


 再び見張りからの報告が入る。


「なんだ、あれは? ……副官、あれはなんだ? 何に見える?」


 セルメーニョが目をこらしてみるとその先には、正体不明の船から黒煙が上がっているのが見えたのだ。


「あれは……火災でしょう。火災を起こして……その煙ではないでしょうか?」


 確かに船上で何かが燃えているようだ。


「……うむ。火災の可能性もあるが……しかし用心しろ。火船の可能性も否定できない。注意しつつカッターを向かわせるのだ」


 16世紀の海戦では火船を使用する戦術があった。


 敵艦隊に火を放った船を送り込み、混乱を引き起こすのだ。しかし実際のところ、これは火船でもなんでもなく、単なる蒸気船の煙突からの煙だったのだ。


 スペインはポルトガルと戦争をしているわけではない。国交を断絶しているわけでもないが、純正が蒸気船の艦隊を引き連れてリスボンに寄港した事はあまり知られていなかったようだ。


 遠く離れた新大陸の裏側、大西洋側を探険する一提督が知るはずもない。





「司令官、旗を見る限り、イスパニアの軍艦のようです」


 第五○一沿岸警備隊司令の近藤重蔵大佐は部下の報告を聞くと、もう一度双眼鏡で確かめる様に海上を凝視した。第五○一沿岸警備隊は小樽鎮守府隷下アンカレジ警備府所属で、沿岸警備隊兼北米沿岸探検隊である。


 近藤は状況を冷静に分析した。イスパニア艦隊の出現は予想外だった。肥前国がこの海域を支配して以来、欧州勢力の姿を見ることはほとんどなかったからだ。


「通信士、イスパニア語の通訳を呼べ。交信を試みる」


 近藤はあわせて艦隊の態勢を整えるよう指示を出し、陸上の基地の守備隊にも通達して臨戦態勢をとらせた。





「艦橋-見張り! イスパニア船からカッターが向かってきます! 火器は……所持しているようですが、白旗を掲げています」


「なに? 了解した。カッターの接近を許可する。しかし、万全の警戒態勢を維持せよ」


 近藤は双眼鏡を通してイスパニア船のカッターを注視したが、白旗を掲げているとはいえ警戒を解くわけにはいかない。スペインとは戦争状態にあるが、彼我の戦力差がわかるまではうかつな行動はとれないのだ。


「通訳を準備せよ。イスパニア語に堪能な者を前に」


 近藤もスペイン語は話せたが、通訳ほどではない。言葉の齟齬(そご)をなくすために念を入れた。イスパニアのカッターが接近するにつれ、肥前国の艦隊全体に緊張が走る。


 乗組員たちは武器を手に取り、いつでも戦闘態勢に入れるよう準備を整えた。どうやらそれはスペインのカッターの乗組員にも伝わったようだ。


 カッターが肥前国の旗艦に接舷するとスペインの使者が甲板に上がってきた。その姿は威厳に満ち、長距離航海の疲れを感じさせなかったが、どこかよそよそしさを感じさせるものであった。


「我々はスペイン帝国ヌエバ・エスパーニャ副王ガスパール・デ・スニガ・イ・アセベード閣下の命により、この新たなスペイン領土を探険している。我々の到来を歓迎し、スペイン王権への忠誠を誓うならば、平和裏に対応しよう。さもなくば、我々の力を思い知ることになるだろう」


 ?


 近藤は副官を始め艦長その他の士官と顔を見合わせた。


「通訳、なんだって? もう一度言ってくれ」


「は、ですから――という訳です」


「は、ははははは、あーはっはっはっは!」


 近藤は我慢しようとしたが堪えきれずに笑い出し、それにあわせて居合わせた肥前国側の乗組員も笑いだす。


「な、なにがおかしくて笑っているのだ? 無礼であろう! それに貴殿ら、悠長に構えていて良いのか? 火災が起きているではないか。早く火を消さなければ、船が沈んでしまうぞ!」


 スペインの使者はそう言って立ち上がり、憤慨して近藤を見た。


「ああ! 申し訳ない! 悪気はないのだ。で、通訳、なんだ? 早口で聞き取れなかった」


「は、悠長に構えていていいのか、火災を鎮火しなくてよいのか、と言っています」


「なに? 火災? ……?」


「おそらく、煙突の煙の事を言っているのではないでしょうか?」


 甲板から艦長室まで使者を案内してきた士官が言った。





「御使者どの、それは火災ではなく、煙突からの煙です。蒸気によってこの船は動くのです」





 次回予告 第817話 『セバスティアン・ロドリゲス・セルメーニョの災難』

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