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第793話 『オスマン帝国の受難』

 文禄二年四月十一日(1593/5/11) 

 

「馬鹿な! そのような事があってたまるか! 何かの間違いではないのか?」


 当時の大宰相であったカニイェリ・シヤヴシュ・パシャが、コンスタンティノープルの宮殿で報告を聞いたのが5年前の1588年の事である。


 現在、希代の大宰相と呼ばれたソコルル・メフメト・パシャが亡くなってから14年が経過し、大宰相は7回代わっていた。現在の大宰相はコジャ・シナン・パシャであるが、その彼も2回目である。


 アラビア海からアフリカ東岸においてポルトガルに劣勢を強いられており、さらに正体不明の艦隊にオスマン帝国の艦隊が壊滅させられたのだ。


 サファヴィー朝との講和は3年前の1590年に成立したが、ヨーロッパ戦線は膠着(こうちゃく)状態で一進一退の内憂外患である。


「なんという事だ。これでは帝国の財政は修復できないではないか」


 コジャ・シナンは財務担当者が持ってきた報告書をみて愕然(がくぜん)とする。報告書には、この5年間の財政の急激な悪化が記されていた。1588年のアラビア海での敗北以来、事態は好転するどころか、年々深刻さを増している。


 コジャ・シナンは、あの時のカニイェリ・シヤヴシュ・パシャの狼狽(ろうばい)ぶりを思い出していた。





『煙を吐きながら風もないのに動く悪魔の船』


 



 生存者たちの証言は、今でも語り継がれている。一方的な敗北と一艦たりとも生還できなかった惨状は、そう簡単に人々の記憶から消え去ることはない。

 

「ソコトラ島の肥前国軍基地の建設も完了したとの報告です」


 側近が新たな報告書を差し出した。


 バーブ・エル・マンデブ海峡とアラビア半島の沿岸の要衝は、今や完全に肥前国とその友好国であるポルトガルが掌握するところとなっていた。この5年で形勢は決定的に変化していたのだ。


「香辛料や絹織物の取引高の推移です」


 書記官が別の報告書を広げる。


 数字は一貫して右肩下がりだ。この5年間で、オスマン帝国の伝統的な交易品の市場は、肥前国の商品に蚕食されつつあった。


 ポルトガルの海上貿易ルートの開拓で既に打撃を受けていた状況に、さらに強大な競争相手が現れたことで、帝国の経済は危機的状況に陥っている。


「北アジアでの肥前国の動きも気になります」


 諜報からの報告では、肥前国は着々と影響圏を広げているという。


 コジャ・シナンは重い口を開く。


「5年前のあの敗北は、単なる海戦の敗北ではなかったのだ。帝国の在り方そのものが、問われているのかもしれん」


 アヤソフィアに沈む夕日が、まるで帝国の未来を暗示するかのように赤く染まっていた。





 ■諫早


「それで外務大臣、インド・アフリカ方面の外交はどうなっている? サハヴィー朝とヴィジャヤナガル王国、それからタウングー朝の状況は千方、どうだ?」


 純正は会議室で外務大臣の利三郎と情報大臣の千方へ確認した。


「サファヴィー朝についてはオスマン帝国との講和成立後、我が国との通商も順調に進んでおります。詳しい内容は経産大臣からお聞きください。特に精密機械類と火器の調達について熱心なようです」


 利三郎が手元の資料に目を落としながら説明すると、千方が補足する。


「オスマン帝国への牽制(けんせい)として我が国との関係強化を望んでいるようです。先月もイスファハーンから特使が来航しました」


「なるほど。オレがいるときはぜひ会えるようにしてくれ」


 はい、と利三郎が答えた。


「ヴィジャヤナガル王国は?」


「こちらは順調です」


 利三郎が続ける。


「香辛料の集積地として十分に機能しており、我が国の商館が設置される港も増えております。ポルトガルとの関係も良好で、三角貿易の要となりつつあります」


「うむ。()れどムガル帝国とヴィジャヤナガル王国は敵対しておる。ポルトガルには一線を越えないように釘を刺しておかねばならぬぞ」


「心得ております」


 純正は地図台に置かれた海図を見つめる。アラビア海から南インドにかけての交易路が、肥前国の影響下に入りつつあることが一目で分かった。


「タウングー朝については、バインナウン王の死後の混乱がまだ続いており、我が国にとっては有利な状況が続いております。然れど……」


「然れど、なんじゃ?」


 純正に促され、千方は口ごもりながら言う。


「それがしの分を超えているかと思うのですが、いま正しき王統を名乗っている勢力から助力を頼まれているのです。然れど、正直なところ、只今(ただいま)事の様(ことのさま)(状況)ではいずれか1つの勢力に肩入れすべきではないと考えます」


「……ほう、それは何ゆえじゃ?」


「我が国の兵器を用い戦に勝ち、我が国との交易で一時的に利を得たとしても、率いる者が暗愚であれば続きませぬ。それゆえ……」


「しばらくは日和見にていずれか1つに肩入れすることなく、人物が現れてからでよし、と?」


「然様にございます」


「うむ、そうであるな。その方が我が国にとっても良いし、良き入植の地となろう」


「オスマン帝国の動きは?」


 純正は話題をオスマン帝国に変え、5年前からの状況の変化を確認した。都度確認はしているのだが、膨大な領域をすべる帝国にふさわしい版図となった肥前国である。その処理すべき業務量は膨大であった。


「諜報によれば」


 千方は声を落として続けた。


「財政難は続いており、積極的な海上活動は見られません。むしろ、ヨーロッパ方面への対応に追われているようです」


 純正は腕を組んで考え込む。


「ではこの機に、アフリカ東岸~印度洋~インドシナの交易圏を拡充させるぞ。オスマン勢力を駆逐し、2度と襲うことがないようにするのだ」


「ははっ」





 次回予告 第794話 『割譲開始』


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