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第786話 『大明出師と港湾封鎖、その後』

 天正二十一年六月五日(1592/7/23)


 鴨緑江において肥前国陸軍による明軍相手の掃討戦が終わり、朝鮮軍への引き継ぎが行われていたころ、海上では港湾封鎖が執拗(しつよう)に行われていた。





「うむ……これで良し、と」


 海軍総司令の深沢義太夫勝行は、海図に描かれた赤い線──封鎖線の確認を終えると、満足げにうなずいた。


「総司令、今回の作戦は、広州、寧波、天津への港湾封鎖のみでよろしいので?」


 第1艦隊司令長官の赤崎伊予守中将は、念を押すように尋ねた。


 勝行の心中には、いまだかつてない規模の艦隊を率いながら、本格的な戦闘を行わずして勝利を得ることへの一抹の物足りなさがあったが、総大将である純正が決めた事である。


 いまさら反論はできない。


「うむ。今回はこれで十分じゃ。この封鎖網をもって明の経済を締め上げ、早期の講和へと持ち込むのが狙いじゃ」


 勝行は海図を指し示しながら説明を始めた。


「広州は第2艦隊、寧波は第1艦隊、天津は第4艦隊が担当する。各艦隊は、対象港への一切の出入りを封鎖し、密輸船や連絡船なども拿捕(だほ)、もしくは撃沈する。ただし、無用な挑発は避け、可能な限り無血での封鎖を心がけるように」


「承知いたしました」


 赤崎は勝行の指示を各艦隊へ伝達した。各港湾に配置されている艦隊へ勝行の指令を携えた連絡艦がいきかう。厳重な海上封鎖網が構築されたのだ。



 


 数週間後、封鎖の効果は徐々に表れ始めた。


 広州、寧波といった主要貿易港からの物資供給が断たれたことで、明国内の物価は高騰し、民衆の不満が高まっていったのだ。特に北京への食糧供給路である天津の封鎖は、首都の機能を麻痺(まひ)させかねない深刻な事態を引き起こしている。


 純正はこの状況を有利に利用し、明との和平交渉を開始しようと考えていた。





 ■肥前国 諫早


「殿下、まずは朝鮮での戦勝大変めでたく、重畳(ちょうじょう)至極にございます」


「重畳至極にございます」


 戦略会議室室長の鍋島直茂が言うと、他の会議衆全員が声をそろえて言った。


「いやいや、重畳はいいんだけどさ、本当はやりたくなかったんだよね。今さら言っても詮無き事だけど、人も死ぬし金もかかるしで」


 純正のその言葉でお祝いムードが台なしになるが、それを察知して純正はすかさずフォローを入れる。


「いや、皆の奮闘があってのことだな、失言であった。よくやってくれた」


 場がぱぁっと明るくなった。


「して殿下、今後は如何(いかが)なさいますか?」


 直茂の言葉で緊張感漂う室内に戻る。


「うむ、海軍の港湾封鎖も上手くいっているみたいだし、恐らくは明の水軍が出てくるだろうが、仕掛けてくるならやるしかない。今は戦時であるからな。朝鮮において冊封を脱する旨を使者に伝える際、我が国の助勢も伝えてある。すなわち宣戦布告じゃ」


「は、その水軍に関してなのですが、わが海軍が負けるとは思いませんが、衰えたとはいえ永楽帝の時代にアフリカまで行った艦隊にございます。油断は禁物かと存じます」


 直茂の忠告に対して純正は笑いながら答える。


「ははは、何も油断はしておらんし、心配もしておらん。海の事は勝行に任せておけば、大抵の事は上手くいく。まかり間違っても負ける事はあるまいよ」





 ■紫禁城


「なっ! ……なんだと? 楊鎬(ようこう)将軍が負けたと? 16万のわが軍が、負けた、だと……。私は夢でも見ているのか?」


 明軍総大将の楊鎬が帰国したと聞き、喜び勇んだ礼部尚書の顧憲成であったが、次の瞬間には悪夢が訪れた。


 たったいま礼部侍郎の石星から伝えられた報告は、あまりにも信じ難いものだったのだ。


「詳しく申せ、石星! 一体何が起きたのだ! ?」


 顧憲成の剣呑(けんのん)な声に、石星は沈痛な面持ちで答えた。


「朝鮮国王は、陛下からの勅命を拒否し、肥前国の賊徒と結託して謀反を起こしました。楊鎬将軍は賊徒の奸計(かんけい)にはまり、大敗を喫したのです。16万もの大軍が、壊滅状態となりました……」


「ば、馬鹿な……! 肥前国など国とも認めておらぬ、取るに足らぬ日本の中の小領主ではないか! ?」


 どう考えても『日本の中の小領主』などではない。


 肥前国は北米西岸からアラスカをへてベーリング海にいたり、カムチャッカ半島からオホーツク、沿海州を()べ、朝鮮を冊封して台湾を統治している。


 東南アジアの国々は明への朝貢から肥前国と交誼(こうぎ)を結ぶ事を選び、遙か南の島々までその統治下にある。国土の領域こそポルトガルの海上帝国に似ているが、その国力はどう考えても東夷(とうい)などという蛮族ではない。


 はるかに進んだ文明国なのだ。その認識を明国の朝廷で持っていた者がいるだろうか?





 顧憲成は、現実を受け入れられずに叫んだ。


「小国であろうとも、賊徒であろうとも、油断すれば足をすくわれる。それが戦というものだ」


 静かに口を開いたのは、内閣大学士の沈一貫だった。


「奴らは、火器を巧みに使い、奇策を用いて楊鎬将軍を翻弄したと聞いておる。しかも、朝鮮水軍までもが賊徒に寝返り、我が水軍を攻撃したと……。もはや、朝鮮への再出兵は不可能に近い。兵も金も、そして何より民の心が失われておる……」


 沈一貫は、重苦しい雰囲気の中でつぶやいた。


 国が隆盛を誇っており民衆も豊かであれば、外からの侵略者に対しては一丸となって対抗できるだろう。


 しかし明国の内情は惨憺(さんたん)たるものであった。肥前国の経済政策と万暦帝の贅沢三昧の生活によって国庫は空になり、国民は貧困にあえいでいたのだ。


 さらには肥前国情報省による情報操作、撹乱(かくらん)によって、特に沿岸部の都市においての明国離れが著しい。税収は滞り、それを懲らしめるために見せしめを行っても、さらなる悪循環に陥るだけであった。


「では、どうすれば……! ?」


 顧憲成は、沈一貫にすがるような視線を向けた。


「今は、事態の収拾を最優先とするべきであろう。まずは、沿岸部の防衛を固め、賊徒の侵入を防がねばならん。それと同時に、肥前国との和平交渉を探る必要があるだろう……」


 沈一貫の言葉に、礼部侍郎の石星は渋い顔をした。


「和平交渉ですか……。屈辱的な条件を突きつけられるではありませんか?」


「それでも、国を守るためには必要な選択だ。陛下に、この状況を奏上しなければならない」


 沈一貫は顧憲成に目配せする。


 顧憲成は万暦帝に奏上し、このままでは明国の将来はないと判断して軍を編成して朝鮮出兵をした本人である。敗北の責任をとる必要はないが、幕引きをしなければならない責任はある。


 



 重い足取りで2人は皇帝の寝所である 後三宮(乾清宮)へと向かった。





 次回予告 第787話 『激昂』

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