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第779話 『決死の行軍と鴨緑江沖海戦』

 天正二十一年三月八日(1592/4/19)  義州府


 義州府の楊鎬(ようこう)の本隊のもとに、敗残兵を引き連れた沈有容が到着した。兵数は1万。焦燥しきった沈有容の姿は下流域での敵の攻撃のすさまじさと、被害の大きさを物語っている。


「よくぞ戻った」


「軍務様……申し訳ありません。大事な兵と兵糧弾薬を……」


「何も言うな。あの状況で一体何が出来たというのだ? 良く戻った」


 楊鎬は見捨てた訳ではないが、的確な指示をせずに本陣に引き揚げた事を悔やんでいた。しかし、あの状況では的確な指示などだせようか。

 

 そう思い、自己弁護している自分もいたのである。





 楊鎬の作戦は、単純ながらも大胆なものだった。


 沈有容に6万の無傷の兵を与え、残存兵1万とともに兵糧を多めに渡し、抑えとしておく。

 

 密集せずに分散配置させ、北上してきた肥前軍の攻撃の効果を低減させ、兵数の優位をもって各個撃破するように指示を出したのだ。


 残る精鋭4万を3つのルートに分けて進軍させ、同時に平壌を目指す。


「全軍を三分する。甲隊は史憲誠1万、乙隊は祖承訓1万、丙隊2万は私が率いる。各隊は可能な限りの兵糧と弾薬を携行し、それぞれ指定された道を進軍せよ。平壌到着後は、直ちに合流し、敵軍の制圧にあたる」


 楊鎬は毅然(きぜん)とした態度で将校たちに命令を下した。兵糧、弾薬が不足している今、平壌をとらなければ未来はない。


「しかし軍務様。兵力を分散すれば、各個撃破される危険性があります」


 史憲誠が、眉をひそめて進言した。


「その通りだ。しかし、今は背に腹は代えられぬ。敵は我々の兵糧と弾薬の残量がわずかであることを知っている。持久戦に持ち込まれれば、我々は飢えと弾薬不足で自滅するのみだ。それゆえ、奇策を用いるしかない」


 楊鎬は地図を指さしながら説明を続けた。


「敵が丙の道に伏兵を置く可能性は高い。しかし、甲と乙にも兵を配置すれば、手薄になることは避けられない。さらに、3隊が同時に平壌を目指せば、敵はどの部隊に戦力を集中させるべきか判断に迷うはずだ。これは賭けだが、現状を打破するには、この策しかない」


 楊鎬の言葉に将校たちは静かにうなずいた。誰もがこの作戦の危険性を理解していたが、他に選択肢はなかったのだ。


「各隊の指揮官には、臨機応変な対応を許可する。状況に応じて、進軍ルートを変更したり、他の部隊と合流したりしても構わない。重要なのは、平壌を制圧することだ。それさえ達成できれば、我々は再び優位に立てる」


 楊鎬の目に、強い決意が宿っていた。





「提督、軍務様からは厄介払いされたのではありませんか? このまま我らを捨て置くとは……」


「林よ、君にはこれがそう見えるか?」


 沈有容は副官の林俊豪に向かって、机上の地図を見ながら言った。


「武器・兵糧の乏しい敗残兵と徴兵された農民兵。これが全てを物語っているのではありませんか?」


「……そうとも考えられる。しかし、われらがここにいれば、生き残ればいずれ本国からの物資が届く。それに日本軍はどうすると思う? やつらの目的は我らの朝鮮征伐を防ぐ事だろう? それならば北上して我らを叩きにくるか、平壌への道である3つの街道のどれかに伏兵、もしくはなんらかの方法で迎え撃たねばなるまい」


 林は黙って沈の言葉を聞いている。


「われらは前回の(てつ)を踏むまいと密集せずに布陣しておる。敵の砲撃は我らが密集していたから大きな成果を上げたともいえるのだ。ここで敵を足止めできれば、軍務様が必ずや平壌を落としてくれよう。それから雨でも敵の手銃が使える事がわかった。しかし夜はどうだ? 我らは数の利をいかして刻限を分けて夜襲・奇襲を行い、敵を疲弊させれば道も開けてこよう」


「承知しました」





 ■鴨緑江沖


「艦橋-見張り! 敵艦隊見ゆ!」


 見張りの声が伝声管を通じて聞こえてきた。


「ほう、来たか」


 深沢義太夫勝行が双眼鏡で水平線を見つめると、いくつもの影が徐々に大きくなっていく。それはまさに明の輸送船団だった。その数は50隻以上。輸送船団の周りには、明の水軍艦艇が護衛についている。


「見たところ……かなり大きいですな。おそらくは鄭和の南海遠征で使われた宝船の改良型でしょう。装備は不明ですが、油断は禁物にございます」


 第1艦隊司令長官の赤崎伊予守中将が緊張した面持ちで言った。


「まあ、相手にとって不足はあるまいよ。いかに大きくとも、弾が届かねば戦船とはいえぬ。それに帆を燃やしてしまえば問題ない。新型砲の試射にはちょうどよいではないか。長官、戦闘配置を下命。敵輸送船団を撃滅する!」


「はっ! 戦闘用意!」


「戦闘用意!」


 長官から艦長へ命令が伝えられ、艦隊の全艦艇に同様の命令が行き渡る。





 ■明国輸送艦隊


「提督、艦影らしきものが見えます!」


 檣楼(しょうろう)(マスト上部の見張り台)の見張りが叫んだ。陳璘は水平線に向かって目をこらす。


 黒い豆粒のようにしか見えないが、見張りは全員に目のいい者を配置している。自艦だけでなく、複数の艦から同じ報告が上がってきていたのだ。


「……肥前国の艦……艦隊か」


 陳璘(ちんりん)は低い声でつぶやいた。


 肥前国海軍の噂は、噂でしか聞いたことがない。


 シーバンニャ(イスパニア・スペイン)の海軍を壊滅させたらしい……それも2回もだ。最新鋭の装備と高度な戦術を持つ、恐るべき艦隊だ。


 朝鮮を征伐するために出兵した将兵の補給艦隊の警護を命じられたが、できれば戦いたくなどない。


「やはり、出てきたか……」


「数ではこちらが優勢……しかし、敵艦の速力、砲撃の精度は……比較にならないと聞いております」


 副官の鄧子龍(とうしりゅう)が冷静に発言し、陳璘はうなずく。


「うむ、分かっておる。しかしここで退却すれば、全軍の補給が途絶える。……戦うしかあるまい」


 陳璘は苦渋の決断を下し、号令した。


「全艦、戦闘配置!  敵艦隊の接近を待つ!  敵の艦隊を破らねば、先へは進めん」


「はっ!」


 鄧子龍は力強く答えた。覚悟は決まっている。


 水平線から姿を現した肥前国第一艦隊は、黒煙を吐き出しながら凄まじい速度で接近してきた。陣形は単縦陣である。そのため明国水軍にその全容はわからない。


「敵艦、ますます近づいてきます! 距離おおよそ3里(約2,000m)!  敵、転針!」


 肥前国第1艦隊は射程に入ったところで取り舵転針し、明国水軍の大砲の射程外で腹をみせて、ぐるっと回るように運動していた。


 その時である。


 轟音(ごうおん)とともに、肥前国艦隊の舷側砲が火を噴いた。


「な……なんと……この距離で……」


 想像を絶する射程と精度である。

 

 いくらなんでもこの距離では届くまいと高を括っていた陳璘は、その光景を目の当たりにして愕然(がくぜん)とした。砲弾は、正確に明の艦船を捉え、甲板を吹き飛ばしていく。


 最初の斉射で数隻の艦船が炎上し、海面を火の海に変えた。


「敵の砲撃、命中! 我が方に損害多数!」


 混乱する艦橋で報告が飛び交うが、陳璘は必死に艦隊の指揮を執ろうとした。


「反撃!  反撃せよ! 射程を最大にし、敵にもわが大砲をお見舞いするのだ!」


 実は陳璘の働きかけで、明国水軍でもポルトガル式の大砲である紅夷(こうい)砲(ホンイーパオ・ポルトガル製前装式ガルバリン砲)を導入していたのだ。


 しかし、圧倒的な火器の性能差を覆す事は出来ない。最大射程で届きはするものの当たらず、当たったとしても実体弾のカルバリン砲弾では、損害は微々たる物である。


 混乱する艦隊には陳璘の命令は届かず、肥前国艦隊の速力と砲撃精度の前には、接近戦に持ち込むことすら不可能だった。





「敵旗艦に砲撃集中!  敵の指揮系統を断つ!」


 一方、肥前国艦隊は冷静に戦況を分析し、効率的な攻撃を続けていた。全艦から発射される榴弾(りゅうだん)が雨あられのように明国水軍の艦艇に降りかかり、後方に控えていた輸送船団にも命中している。


「敵旗艦大破炎上! その他 敵艦隊、壊滅状態!」


 報告を受けた勝行は、静かにうなずいた。


「よし、残敵掃討に移る。輸送船は拿捕(だほ)し、物資は鹵獲(ろかく)する。長官、捕虜は丁重に扱うように」


 第一艦隊は残った明の艦船を掃討し、輸送船を拿捕した。海戦は、肥前国艦隊の圧倒的な勝利に終わったのだ。





 次回予告 第780話 『隘路(あいろ)

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