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第644話 『決戦!イスパニア艦隊』

 天正七年四月二十三日 マクタン島~セブ島タリサイ


 陸軍はマニラに守備兵として3千を残して、第4師団の1万2千がセブ島のサン・ペドロ要塞の南西8kmにある、タリサイの地に陣地を築いている。


 地域の中央に南北にマナンガ川が流れており、狭いながらも天然の堀となるからだ。全幅が30mくらいであろうか。


 海軍はマクタン島北部のマゼラン湾に艦隊を集結させ、作戦会議を開いていた。


「中将殿、誠にござるか」


「うむ、わしも嘉隆も望遠鏡でしかと確かめた。十隻はくだらぬ。見張りの知らせでは二十とも三十とも言うておった」


 集まった上級士官全員がざわめく。


「その……中将様、いま少し近づいてつぶさに調べようとはなさらなかったのですか?」


「なに?」


 信長は何も言わなかったが、嘉隆がギロリと睨む。


 確かにもう少し近づけば、スペイン軍の兵力の詳細がわかったかもしれない。しかし信長は詳細な情報よりも、自艦隊の安全と早急に情報を伝えることを優先したのだ。


 スペイン海軍が小佐々軍の動きを知っているのか、それとも知らずにただの軍令で動いているのか。前者であれば、スペイン軍の作戦のうちなのかもしれない。


 しかしもし、知らないのであれば、いらぬ情報を相手に与えてしまうことになるのだ。


「お望みとあらば、今より戻って、再び敵の様をつぶさに調べてこようぞ」


「いえ、そういうつもりでは……」


「控えよ嘉隆」


「はは」


「……まあ、それは良いとして、問題はこれからいかにするかじゃ」


 純正は全員の顔を見回す。


「スペイン艦隊の意図がなんであるにしろ、レイテで停泊して補給をしているのなら、行き先はここ、セブで間違いなかろう。玄蘇が言っておった半年よりも、相当に早いのは誤算であるがな」


 本当に、誤算であった。


 スペインが艦隊を派遣する前にセブ島を始めとした要塞群を叩き潰し、防衛体制を整えて迎え撃つはずだったのだ。純正が勝行にいった、遅かれ早かれが、もう来たのだ。


「敵の兵力がどの程度であっても、こちらに向かってくるのであれば、現有の艦隊兵力で迎え撃つしかございませぬ。現状は織田艦隊を含めて六十三隻。この兵力で、でございます」


 第一艦隊司令長官の鶴田上総介(かしこ)中将である。


「と、なればどこで迎え撃つかになりますな」


「左様。南ならセブー海峡、北ならそのままオランゴ島を目指してくるでしょうな」


 各艦隊の司令長官がそれぞれに意見を言う中、第四艦隊の司令長官、佐々清左衛門加雲中将が口を開いた。


「方々のお考えもちろんにござるが、まずは敵の兵力、意図はこちらの殲滅でしょうが、それを調べねば話になりますまい。兵法にも、孫子曰く『用兵之法、十則圍之、五則攻之、倍則分之、敵則能戰之、少則能逃之、不若則能避之、故小敵之堅、大敵之擒也』とございます」


 要するに、10倍なら包囲して、5倍なら攻めまくる。2倍なら敵を分断して全力で戦う。劣勢ならば退却し、そもそも勝ち目がないなら戦わない。


 彼我の戦力を知り、分析した上で行動しないと大敗を喫すると言う事をいいたいのだ。


「まさに、呉下の阿蒙にあらず、だな」


 純正が加雲をみてニヤリと笑いながら言った。確かに加雲は、どちらかというと武断派で理屈っぽい事は嫌いであった。しかし、上杉戦の敗戦を受け、古今東西の兵法書を熟読し、諳んじるまでになったのだ。


「は。お褒めに与り光栄にございます。男子三日会わざれば……」


「もう良いわかった。……していかがいたそう」


 張り詰めた場の雰囲気が、少し緩んだようだ。緊張感は大事だが、必要以上に緊張しては柔軟な発想ができない。


「それについては、我が艦隊が、役目を果たそう」


 信長が手を上げた。もともとの織田艦隊の役目は哨戒と索敵である。艦艇も旗艦ですら小佐々海軍の汎用艦と変わらない大きさであるが、速度と機動性には定評があった。


「やっていただけますか」


「無論の事。とかく武功といえば、やれ大将首だ陣地を落としたなど、華々しい活躍がめにつく。されど小荷駄のお陰で兵の士気が保たれ、間者の知らせで戦の勝ち負けが決まる事も多々ある。いま以上に賞されてしかるべきものであるからな」


「仰せの通りにござる」


 純正は信長に偵察を任せることにした。陸軍から1個偵察小隊を織田海軍の艦に乗艦させ、一隻の汎用艦がレイテに向かったのだ。





 ■レイテ島 カバリアン湾 スペイン軍基地


「提督、実は見張りの者から、少し気になる情報を耳にしたのですが」


「何ですか?」


 フアン・デ・サルセードは若干28歳の若者であったが、15歳の頃よりレガスピと共にフィリピン全域を探険、転戦している。この時はスペインの艦隊指揮官の1人であった。


 マニラ沖海戦で戦したミゲル・ロペス・デ・レガスピの孫で、フェリペ・デ・サルセードの兄弟である。


「はい。なんでも見張り中に、水平線にたくさんお船を見かけたそうなのです」


 参謀は、少しだけ冗談交じりに言う。


「水平線に船? なんだ、私の元にはそんな話は上がってきていないぞ!」


 フアンは少し声を荒らげた。

 

「まあ、まあ……提督。そんなに声をあげないでください。見張りの知らせは大事だとは言っても、全部が全部正しい訳じゃあありません。その辺の取捨選択は、わしら経験豊富な者が決めて提督に知らせているんでさあ」


 深く、大きくフアンは息を吸い、ゆっくりと吐いた。大航海時代(現在進行形)を経てレパントの海戦後、スペイン海軍はその形を整えていたが、この参謀のような人間もいたのだ。


「なるほど。確かに私は、経験はあなた方に比べると少ない。だが、何かを起こすときの決断をするのは私であるし、その成否の責任を負うのもまた、私だと言う事を忘れないでくれ。以後は全部知らせるように」


 フアンはその後、見張りに詳しく話を聞いたのだった。





 次回 第645話 (仮)『イスパニアの戦力とその動向』

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