肥薩戦争⑩烽火連天の時、純正のドア・イン・ザ・フェイス交渉
永禄十二年(1569) 十月十二日 戌一つ刻(1900) 種子島
「殿、いささか厳しすぎたのではありませぬか。あれでは納得はしますまい。よしんば納得したとて、謀反がおきましょう。または計略にてわれらを騙し、隙をみて攻めかかるやもしれませぬ」
第一艦隊司令の姉川惟安が、同行していた時の一部始終、義久と義弘の態度をみて言う。
「そうだろうな」
純正は短く答えた。内容としては、被官化していない国人は解体。小佐々の傘下とする。島津の直轄地は召し上げ、内陸部の四千石弱の三ないし四ヶ村のみとする。
会議に参加したのは、第一から第三の艦隊司令三名、艦隊総司令の深沢勝行、戦略会議室の鍋島直茂、尾和谷弥三郎、佐志方庄兵衛の三名、そして外務大臣の太田和利三郎である。
戦略会議室のメンバーは後発し、真幸院にいるはずの利三郎には、島津との開戦を決意したときに、交渉を止め種子島へ来るように指示をしていたのだ。
「それに、高だけでは測れませぬし、そもそも足りませぬ」
そう発言したのは弥三郎である。
「申せ」
「では、まずは四千石の土地ですが、そのすべてが食い扶持に変わるわけではありませぬ。五公五民としても二千石、七公三民でさえ二千八百石でございます」
「うむ」
「とうてい三千人の食い扶持には足りませぬ。また、飯だけではなく、着るものや住む所、家臣に与える禄や諸々に銭がいりまする。小佐々と同じにするには、最低でも一万石は必要でしょう」
全員が顔を見合わせ、そうだ、そうだ、と言う。少しざわつく。
「わかっておる。考えあっての事だ」。
純正は涼しい顔だ。
「他にはあるか」
「との」
「なんだ」
鍋島直茂が発言する。戦場に出て刀や槍を振るう事は少なくなったが、政治経済軍事の多方面で純正をサポートする知恵袋である。
「やつらが朝廷や幕府に泣きついたらどういたしますか。こたびの件は一両日中に片がつくとして、後々になって茶々が入るとやっかいですぞ」
「それは問題ないであろう。長宗我部の時のように織田家中に親族はおらぬし、よほどの事がない限り、われらに不利な条件では言って来ぬよ」
直茂他戦略会議室のメンバーは、相良、伊東、島津に外交官を送った際に、朝廷や幕府にも大使館を通じて使者を送っていること事を知ってはいたが、念のため直茂は確認したのだ。
「一つ良いですか」
勝行が発言する。
「俺は海軍だから、陸の戦のことはよくわからんが」
前置きをする。そして素朴な疑問が発せられた。
「今は海沿いの城や拠点ばかりです。敵が反逆するとして、山奥の香春岳城や角牟礼城のような要害にこもったらどうするのですか?」
うむ、とうなずいてから純正が答える。
「それが一番、やっかいな問題ではある。しかし銭回りは間違いなく悪くなるであろうし、各々の連絡を断って孤立させればよかろう」
確かに、これが一番の問題であった。純正が出した条件は、『死ね』と言っているのと等しい。四十五万の大名が、百分の一の高に減らされるのだ。
本領安堵など夢のまた夢。爪に火を灯して食っていくのがやっとであろう。そうなれば窮鼠猫を噛む。各地に散らばってゲリラ戦を展開するかもしれない。
しかし、近年降伏した菱刈や入来院、東郷などは条件次第で転ぶであろうし、北郷や薩州、頴娃や佐多、加治木肝付も同様だ。
いっそのこと奄美大島にでも琉球の許可をえて島流しにするか。そんな事も考えた。
「利三郎、どうだ、あやつらはどう出ると思う?」
戦の前に真幸院にて義久、義弘、歳久の三人に会っている太田和利三郎直政に、全員の視線があつまる。
「そうですね。……義久は思慮深く忍耐強い。義弘は勇ましく知勇兼備でありますが、いささか頭に血が昇りやすい傾向があります。歳久は……策士ですね」
純正は目をつむり、聞いた。
「それで?」
「は、ここまで聞いた今日の殿のなさりようと、同じことを申しておりました。戦を『止める必要もなければ、理由もない。そしてそのつもりもない』と」。
当然だ。利三郎と会談した時点では、島津は相良、伊東、肝付、そして小佐々にさえも勝っていたのだ。止める理由など、ない。
しかし、一日で状況は変わった。日を追うごとに悪くなっていく。
「まさに急転直下、そして最後は雲散霧消となった訳ですな」
第二艦隊司令の姉川延安准将がつぶやく。純正には理解できない状況と、感情の起伏であろう。もとより経験した事がないので仕方ないが、普通は耐えられない。
起こっている事が理解できず、現実を直視できないのだ。
今の島津、特に義弘がそうなのであろう。しかし義久はそれを飲み込み、歳久は頭をフル回転させて状況の打破を考えている。
「して、殿、どうされるのですか? まさかそのまま通すわけでもありますまい」
佐志方庄兵衛が聞いてくる。佐志方杢兵衛の孫で、佐志方善方の息子である。
頭の回転が速く記憶力も良いので、大村家旧臣の尾和谷弥三郎と一緒に、戦略会議室創設時にメンバーに選出された。
「ふふふ、もちろんだ。真幸院はもらう」
悪巧みをしている時の純正の顔である。
「大口城も直轄地として、大隅と日向の領地は割譲してもらう。薩摩は、日置郡と鹿児島郡。谿山郡と頴娃郡、揖宿郡のうち、佐多と頴娃の領地以外は残してやろう」。
十二、三万石ほどにはなるであろうか。そのかわり、と純正は続けた。
「米ノ津湊、倉津湊、甑島、川内湊、行浦湊、坊津、泊、久志湊、山川湊、その他もろもろ湊は全部もらう」
海運の権益と交易の利益は全て奪う。これが最大の譲歩。これ以上は認められない、と純正は公言した。
「では、との、あの四千石はなんだったので?」
全員が純正の顔を見る。
「ああ、あれ? ドア・イン・ザ・フェイスだよ」。
どあ、いん? また殿は不可思議な事を言う。全員が思った。しかし、ポルトガル語をはじめとした外国語にもそろそろ免疫ができる頃だ。
最初に無理難題をふっかけ、徐々に要求を下げて、目標より良い条件で契約する、という心理テクニックでセールストークの常道である。
もう英語も大丈夫じゃね? と純正は思ったのだが、……まだ無理だったようだ。




