消えゆく自信 宗麟の栄光
九月五日 申一つ刻(1500) ※臼杵城 ※大友宗麟
なに?助力出来ぬと?誰だ!誰が言うて来ておるのだ?
※津賀牟礼城の※入田義実?他には?・・・なんと半数ではないか!?稲の刈り入れ!?一揆の恐れ!?くそう!なんだかんだと理由をつけて、参陣できぬといってきおった!やはり国人は信用ならぬ。親族衆のみが頼りになるわ!
■国東郡
岐部城主 岐部鑑泰
飯塚城主 田原親宏
高田城主 高田鎮孝
他多数
■大分郡
熊牟礼城主 田北紹鉄
他多数
■海部郡
栂牟礼城主 佐伯惟教
他多数
■大野郡
岡城城主 志賀親守
朝日嶽城主 柴田紹安
他多数
■直入郡
津賀牟礼城主 入田義実
他多数
これだけおるのか?しかも国東の田原親宏まで!
「申し上げます敵軍角牟礼城、日出生城を落とし、由布院山城へ向かっております!敵大将は蒲池鑑盛、その数七千!周辺の土豪をあわせ八千まで膨れ上がっております!」
伝令が大声で伝えに来る。
「なに!日田城に続いて角牟礼城も日出生城も落ちたと・・・!五郎左衛門はどうした?外記は?」
「は、森様、宿利様、玖珠郡の国衆ら・・・みな討ち死にしてございます!」
なんと、ありえぬ。どうやってあの要害を落としたのだ?
いや、待て、落ち着くのだ。まだ阿蘇がおる。阿蘇と国人衆とをあわせれば、兵力では同じ、なんとか持ちこたえられよう。
「長増!長増はおらぬか!」
「はは、これに」
「どうすればよい?!」
「は、さればまずは状況を整理いたしましょう」
※長増はいつも冷静沈着であるな。
「それから、申し上げ難き事でございますが、この上は、朝廷ならびに幕府、そして信長の、使えるものは何でもつこうて、和議を図る他ございませぬ」。
「申し上げます!下高橋城、三原城落城にございます!」
なんと!それでは筑後は久留米を残して、敵の手に落ちているではないか。この分だと久留米も時間の問題か。こうしてはおれん。臼杵城の防備をかためつつ、長増の言う通り和議の準備を進めねば。
朝廷と幕府に和議の仲介を頼むか。苦渋の決断であるが、致し方あるまい。島津を頼るか?いや、貴久の死でそれどころではなかろう。伊東は真幸院、肝付も飫肥を狙っておる。島津が相良に圧力をかければ、小佐々も動かざるを得まいが・・・。
『ご尊父様のご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈りいたします。伊東大膳大夫どの、肝付左馬頭どのには、故人の死を利用する事なきよう伝えますゆえ、島津修理大夫どのにおかれては、肥後に注力すべく、お願い申し上げまする』。
役に立つとも思えぬが、送らぬよりましであろう。伊東と肝付にも送って島津に攻め込まぬよう釘をさしておこう。もっともこれも言うことを聞くとは思えぬがな。なぜだ、なぜだ。どこで間違ったのだ。
大友から、朝廷、幕府、織田信長へと調停の依頼の使者が出発した。




