香春岳城の戦い
九月三日 卯の三つ刻(06:00)第一軍幕舎 立花鑑載
『発 妙見信号所 宛 前線各所並びに総軍司令部 メ ヒタゼウ コウフク ダイサングン シヨゼウ キウゴウシ ツノムレゼウニムカウ フツカ ウマヒトツトキ メ 二日 申の一つ刻(15:00)』
二日の子の一つ刻(23:00)についた日田城降伏の報は、われらの士気をあげた。
この様な報告は自らの軍だけではなく、遠方にいる味方の他軍の士気にかかわるのだ。昨日(二日)の巳の三つ刻(10:00)に松山城陥落の知らせを聞いた時は、その速さに驚愕したが、こちらも負けてはいない。
戸次道雪が局所で勝っても大勢は覆らぬのだ。こちらもあせらず勝ちを重ねるのみ。
まずは北上し、金辺川沿いの若八幡神社まで軍を進める。そこからさらに北上して真行寺手前まで行く。東側を見上げれば七町ほどで一ノ岳だ。
ここまでで一刻。ここからは一の岳を警戒しつつ、十二人一組の歩兵を分隊となし、指揮能力に長けた者を分隊長とする。十二人は周囲を警戒しつつ、二分隊で一小隊として右手の山、川沿い、左手の山、偵察三小隊を斥候として先行させる。
真行寺あたりは平野の幅が三町ほどあったのが、だんだんと狭くなる。ここから先水の手までは二十町ほど。時間にして四半刻ほどだ。今はまだ敵の気配はない。
■辰二つ刻(07:30)
水の手まで半分、十町ほど来たときだった。
ぴっぴぃぃぃぃぃぃ!ぴっぴぃぃぃぃぃぃ!
右前方の山中から笛の音が聞こえた。斥候が会敵した合図だ。接敵ではない、会敵である。各斥候分隊は小隊長の指示のもと迅速に退却を始める。斥候は戦闘を避けるのが原則。会敵した場合でも極力戦闘は避け、退却に専念する。
しかし大規模な敵と会敵し、明らかに味方に危険が及ぶ可能性がある場合には、笛によって危険を知らせるのだ。
「中央方陣構えっ!左右銃兵弾込めいっ!!」
前方の大隊に指令を送る。中央の方陣は槍を構え襲撃に備え、左右の銃兵は装填を行う。しばらくすると、左右の山から味方の斥候が逃げて降りてくる。斥候兵は戦闘には加わらず南下して本隊の方へ向かう。
敵は斥候を追うのを止めて、先発の方陣大隊へ左右の山から突入してくる。われわれを左右から挟撃しようと考えていたらしい。接近戦に備え槍隊は的に向けて穂先を向ける。無数の鉄砲が敵を狙う。
「一番撃てい!二番構え!一番弾込め!・・・」
大隊の左右に配置されていた鉄砲隊は、効率よく射撃が出来る様に番号を振り、交互に撃つ様に訓練していたのだ。敵を近づかせない連射に次ぐ連射である。敵がバタバタと倒れ、山中に退却を始めた。
「追撃はするな!被害状況確認!隊列を整えろ!」
大隊長から中隊長、中隊長から小隊長へしっかりと伝令が行き渡っている。百、いや百五十は倒したであろうか。やはり城の兵数の割に、ここにこれだけの兵を割くとは、間違いなくこの川の上流が水の手だな。ここを押さえれば三日で落ちる。
城兵三百、いやさすがに三百は少なかろう。五百はいるであろうか?でなければ先ほどの襲撃は、城の全てに近い兵力をここに傾けた事になる。それはありえん。第二軍の存在を知っていれば出来ぬはずだ。まさか知らぬわけでもあるまい。
兵が五百だとすれば一日に水は四百二十升は必要だ。よく保管しても水は三日で悪くなり始める。長期の保存は効かぬのだ。故に三~四日ごとの補給が必要なのだから、死守するのは当然だ。だが・・・。
「右左砲戦用意!目標左右山中!てえええ!山の形が変わるまで撃てい!」
三個大隊計六十門の砲撃である。この目的は敵に恐怖心を与える事にある。大砲など見た事もないであろうし、この轟音、雷かそれ以上であろう。兵に当たれば良し、当たらずとも土塁や石塁を壊してくれれば良い。敵兵も逃げ惑うであろう。
投降する者も出るかもしれん。
また、こちらに鉄砲や大砲が多数あり、攻められぬとわかれば、あとは水を飲めずに死ぬか降伏するしか道はない。勝機を求めて突撃したとして、鉄砲の的になるだけだ。さて、どうする吉弘鑑理。
我らだけではなく、反対側からは高橋どのが攻め上がってくるぞ。
「撃ちいー方止めー!」
頃合いを見て仏狼機砲の斉射を止める。仏狼機砲は鉄砲とは違い後込め式である。あらかじめ用意しておけば交換するだけで次の砲撃が可能だ。それゆえ膨大な量の弾の輸送と移動が必要となる。
どごおおおおおおおん!ぐわしゃああああああん!
次の砲撃のための準備を行い、周囲の警戒を厳にしている時であった。轟音とともに砲弾が落下してきた。
ひひーん、ひひひーん!!
馬が驚いていななき、わしは態勢を崩して落馬した。しかしなんとか持ち直し、体を地面に叩きつける事はなかった。なおも轟音は続いている。
「なんだ?どうした?どこからだ?わが軍以外に大砲など・・・」。




