御大将 藤原朝臣龍造寺民部大輔太郎四郎純家
開戦三日目 九月三日 卯の三つ刻(06:00)第四軍幕舎
「どういう事だ!いったいなにが・・・。筑紫どのが・・・。討ち死にするとは。しかも、どこの馬の骨ともわからぬ雑兵の弓で、・・・命を落とすとは。さぞ、無念であろう。しかも我らに死者はほとんどおらぬ。完全に狙われておったのだ」。
江上殿が立ち上がり、そう言い放ってまた床几に座る。
「これはいったい、誰の仕業にござろうか」。
「知れた事!敵に決まっておるではないか!降伏するとの約を破ってわれらに奇襲をかけてきたのだ。卑怯千万!」
「しかし筑紫殿の命だけを狙うために、夜襲を行ったのですか?」
みながめいめいに、言いたい事を言い合っている。これは議論ではないな。
「油断大敵」
「聞けば筑紫殿は、平服で武具もつけずに幕舎の外にいたようだ」。
わたしは言った。
「みなさま何か勘違いをしている様だが、われらはまだ勝っていないのですぞ。殿がいなければ、われらは烏合の衆でござるか?情けない。勝ってもないのに兜の緒を緩めるなどありえません」。
皆はありえない状況に、状況を冷静に見定めきれていないようだ。純家どのは目の前で人が死んで、状況を受け入れられないのだろう。だが必死にそれを克服しようとなさっている。純家どのはわが父の敵の息子だ。私情がないと言えば嘘になる。
しかし、私情でいくさはやれぬ。わが殿もまた、彼の父親を殺したのだから。
「みなさま、受け入れがたい事でしょうが、事実は事実として受け入れねばなりません。そうして状況の把握に努め、次に何をやるべきかを決めましょう」。
皆が私を見る。
「平井殿、わかっている情報はありますか?」
私が聞くと、
「はい。まずは兵の損失にございますが、死者は四名にござる。これは混乱の中、同士討ちならびに事故にて命を失っておりまする。周囲の人間の言が合っているので間違いはないかと。また、傷を負った兵は数十名に上りますが、いずれも軽症にて今後の戦に影響をはありませぬ。ただ・・・」。
「ただ?」
皆が平井殿の報告を固唾をのんで聞いている。
「大砲の損失が甚大にございます。台車が爆発によって破壊され使い物になりませぬ。移動もままなりませぬので、最悪は捨て置くしかございませぬ」。
「なんと!それではわれらの策が成り立たぬではないか!」
「その通りです。恐らく敵はそれを狙っていたのでしょう」。
「どのほどやられたのだ?五か?十か?」
「いえ、・・・五十一門。五十一門が使用不能にございます」。
平井殿が認めたくない事実を告げる。
「なんだと!?ばかな!ありえぬ!!ほぼ全部ではないか!!」
皆に動揺がはしる。
「さようにございます。恐らく敵の狙いはそこかと。われらの手足をもぎ取る事が目的で、兵の殺傷は二の次だったのでしょう。筑紫殿は、運が悪かったとしか・・・、言えませぬ」。
「正確には二個大隊と二個中隊分です」。
ぼそり、と純家どのが発言した。
「残りが二個中隊分で砲九門です。壊滅はしましたが、まだ戦闘は可能です。本隊を二手に分け、それぞれに中隊を付与いたしましょう。幸いにして下高橋城も出城の三原城も城兵は四~五百。正面衝突したとて負けはしませぬ。また、両城とも見晴らしの良い平野に築かれた平山城にて、守るには適しておりませぬ。距離も一里ほど。歩いても半刻ほどしかかかりませぬ。普通であれば挟撃を恐れるところですが、来るとわかって構えていれば恐れるにたりません。そうして分けた中隊を各城の東西南北に配置します。むろん、歩兵、騎兵も同様です。国人衆の兵もあわせて四つに分けて、大将は正門前に構えると良いでしょう。降伏勧告は三日どころか一日も待つ必要はありません。これから二つの城に送り、期限は昼としましょう。やつらに考える暇など与えなくてもよいのです。それから台車を破壊された砲ですが、付近から荷馬車や代替えになる物があれば徴用し、大工がいれば作らせましょう。専用の台車ではないでの砲撃は難しいとは存じますが、使えるのならば使います。最悪、本国に戻す事はできましょう。あってはなりませぬし、簡単に使えるとは思えませぬが、鹵獲されてやつらに使われるなど愚の骨頂でござる。話を戻しますが、午三つ刻(12:00)を過ぎた時点で砲撃を開始いたします。四方を固めているので逃げ場はありません。逃がす必要もありませんし殲滅しましょう。そんな卑怯な手を使うやつらは根切りでよいのです。そうして・・・・」。
「しばし、しばし待たれよ!」
千葉殿が純家どのを制す。
「純家殿の言、ようわかりました。しかしまだ、誰の仕業かわかっておりませぬ」。
「われらはこの地で刈田狼藉を行ってもなければ、略奪も強姦も当然、行っておりません。いったい誰がわれらを恨んで襲いますか?このあたりの百姓や領民でないなら、島津ですか?毛利ですか?両家とも今はそれどころではございますまい。敵以外に誰がいるのですか?この期に及んで何を世迷い言を。もしや敵と通じておるのですか?」
純家どのが最期を除いて至極当然の事を言う。
「な!馬鹿も休み休み言え!」
憤る千葉殿を私は制した。
「言葉のあやにござろう?のう、純家どの。謝られよ」。
純家どのが頭を下げる。
「いずれにしても調べようがござらぬし、調べたところで何がどう変わるわけでもござらん。ここは純家殿の言う通り再度勧告をして、昼過ぎに攻撃にかかろうではありませぬか」。
わたしは皆をみまわす。具体的な代案があるわけでもなく、しばらくお互いに顔を見合わせたり小声で相談をしていたが、やがてこちらを向く。なりゆきで私が仕切った様になってしまったが、われらは同列で副将格に上下はない。
したがって筑紫どの亡き今、代わりの大将が必要だ。
「では皆々様、純家殿の言う通り、兵を分けて攻撃するといたしましょう。そこで本軍の大将を純家どのにお願いしたいと存ずるが、いかがでしょうか」。
皆は多少時間はかかったものの、賛同の声を上げる。それはそうであろう。
若輩の純家殿に率いられるのはいい気分ではないだろうが、下手をすれば敗軍の将になりかねぬ。最初の軍編成の時であれば名誉であっただろうが、小さいとはいえ敗戦の後。しかも重要な砲に大打撃を食らった後である。
負ける事はないと思うが、多少、勝ち目が薄くなった事は確かだ。
こうして両城に昼を期限とした降伏勧告の使者が走り、一隊は三原城に移動を開始し、本隊であるわれらも城を囲む様に移動を開始した。




