苦悶の筑紫惟門と神代長良
同年 六月 勝尾城 筑紫惟門
「それで、なぜ叛いたのだ?」
眼の前の神代長良は聞いてくる。乱世を生き抜くために、われら筑紫は少弐氏傘下時代は龍造寺と戦った。少弐が滅んでからは龍造寺に従い、龍造寺が弱体化してからは大友に与していた。
農繁期で大友が兵を退いた後、わしが城に戻ったのを見計らって来たのだろう。
神代長良は竹馬の友ではないが、六歳下の割に馬が合い、幼少の頃よりつきあいもあった。対龍造寺では共に戦った。その眼の前の長良が、真面目な顔をしている。
「おぬしが持ってきた澄酒とやら、まろやかで口当たりもいい。うまいな。」
「話を逸らすな。真剣に聞いている。」
ごまかせそうにない。
「近頃の宗麟公は、どうも違う。永禄七年の頃より高慢になり、誰に対しても無礼にふるまって作法は乱れ、酒宴に長じている。色欲にふけり、政道にも不正あり。諫言する者を遠ざけ、媚を売る者のみ近づけている。まったくひどい。今はまた、ましになっているようだが、いつまた乱れるやもしれぬ。その様な盟主にはついてゆけぬ。」
嘘はつけぬ。正直に話した。名君も常に名君ではないのだろうか。晩年に汚点を残した人物は多数いる。
「それで、勝てる見込みはあるのか?」
長良が聞いてくる。
「見込みのない戦はせぬ。しかし、勝てるとも限らぬ。さすが、大友は強いわい。」
「ふむ。それで仮に勝てたとして、どうするのだ?大友はそう簡単には滅びぬぞ。一度や二度勝ったとて、必ずまたせめて来る。大友が滅びぬ限り、安寧はないのではないか?」
「それよな。われらの様な国人領主は、誰かの庇護を受けなければ生きてゆく事はできぬ。」
「その通りだ。誰についていくかを見定めて、従う。それが肝要よ。それから、大事な話だが、お主のところにも筑前からの流民がきておろう。」
「来ておる。しかも相当な数だ。われらは戦の最中ゆえ、どうする事もできぬ。」
「われらのところにも、千を超える民が流れてきおった。」
「それで、どうしたのだ?」
「米、味噌、塩をはじめ食べ物を与え住むところを用意し、ひとまずは一月は過ごせる様にした。その間に離れ離れになった家族とも会えるかもしれぬし、仕事も探しておる。」
長良はケロリと言う。
「な、それだけの蓄えが、城の蓄えを残しても、民に食わせる蓄えが、三瀬にはあったのか?一月分といえば百石は必要だぞ。」
「無論、ない。」
「ではどうしたのだ?」
「わが殿にお願いいたした。殿はさらっと二百石ご用意され、塩、味噌も送ってくれた。さらには唐津湊や筑前との国境に流民があふれていると聞いて、即座に千五百石を同じ様になされた。」
「二千石を即座に・・・。」
わしは驚きを隠せなかった。長良にもそれが伝わったのだろう。
「驚くのも無理はない。小佐々は豊かだ。それに戦もない。いや、ないわけではないが、わが殿は自ら攻め入らぬ。見かけはどう映っているか知らぬが、危険を避けるため、身を守るため戦っているのだ。降りかかった火の粉を払う様に。」
「それに・・・」
長良は続けた。
「この澄酒、これもそうだが、石けんや鉛筆、椎茸やガラスなど、産物に力を入れて、南蛮との商いも含めて莫大な利を得ておる。だから年貢に頼らずとも銭がある。兵は農民もおるが、ほとんどがもっぱらそれを生業としている者ばかりだ。将も全員が調練を受け、上から下まで意思統一がはっきりしておる。領民も、殿の悪口を言う者など、一人もおらぬ。」
嬉しそうに語っている。まるで自分の事の様に。
「なあ左馬頭よ。・・・お主も、こちらに来ぬか?」
「それは・・・」
わしが話を続けようとすると、
「まあまあまあ、一番いいと思う事をすればいいだけの話!悩む事でもなかろう?!」
わしの背中をバンバンと叩いて笑う。
「ひとまずは殿に状況を知らせ、お願いする。快諾してくれるはずだ。」
ぐいっと酒を飲む。
わしは戸惑いながらも、しばらく旧友と酒を酌み交わした。
数日後、五百石の米と味噌、塩が送られてきた。




