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塩田津の湊戦役 仕置

永禄九年 正月 小佐々城 小佐々弾正大弼純正


昨年末の塩田津の湊戦役の仕置を行った。


・平戸は改易領地没収

・西郷純堯は福田、中山、小豆崎、西長田の四ヶ村加増と伊佐早の湊の領有

・有馬、大村の所領は没収

 有馬領は千々石直員の本領を安堵し、代官として島原地方を治めさせる

 大村領は福田丹波守忠長を加増の上、代官としておく

・杵島郡平井経治は本領安堵。残りを直轄地とする(佐世保方式)

・後藤は塩田津の湊の領有と十ヶ村の加増


これにより、小佐々領は十八万三千七百五十二石となった。五年でここまでとは、正直俺も驚いている。あとは、ゆっくり領内経営に専念したいものだが、周りがそれを許してはくれないだろう。


有馬・大村・平戸の旧臣は所領没収の上、希望者は分相応の俸祿にて召し抱えた。人材が足りぬ。もっともっと必要なのだ。しかしこれで、龍造寺と単独で戦えるくらいにはなった。


再戦を挑んでくるだろうか?


波多を完全にこちらに組み込む事が出来たら、肥前で小佐々に攻めようなどという勢力はなくなるだろう。しかしそうなれば俺たちは二十二万石となる。しかも、宇久・宗を入れれば三十万石だ。さらに龍造寺三家を併呑となれば五十万石を超える。


大友が黙ってはいまい。


これは少し、根回しが必要かもしれんな。


島原の口之津の湊はそのまま使う。南蛮船も来航していたし、当然セミナリオや諸々の施設もそのまま。家臣には、大村・有馬・平戸領内での乱暴狼藉は絶対に許さぬと厳命した。違反した場合は厳罰に処す。


驚いた事に、イエズス会からは何の抗議もなかった。確かに信者を迫害したわけでもないし、教会を焼き討ちもしてない。しかし、キリシタンの大村純忠を打首にした。有馬もキリシタンには好意的だったはずだ。まだ入信前だけどね。


大村純忠は、建前でも横瀬開港の立役者だったはずだ。ということは、すでに彼らの中では、純忠の役目は終わっていたのかもしれない。要するに統治者はだれでもいいのだ。キリシタンに寛容で、布教を許可し、支援してくれるのであれば。


トーレスのインド管区長への手紙でよくわかった。


もしこのまま争乱の続く筑前で、キリシタンの被害者が続出し、義鎮がそれに対処できない事態となれば、完全にこちらにつける事ができる。豊後府内は安全だとしても、豊前・筑前が危険なら、周防山口までいけぬのだ。


これは介入のしどころかもしれない。


いずれにしても、しばらくは領内経営と根回し、そして周辺の動向を探るのに専念しよう。


利三郎、千方、がんばれ~。

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