起死回生
新月の夜 鍋島陣中
「よし、密かに行え。音をだすなよ。」
別働隊に命令を伝え、鍋島直茂は軍をまとめて山の裏手に向う。
山頂の城は新月でも篝火をたいているから場所はわかる。山道を地元の農民に案内をさせ、なるべく遮蔽物が多く目立たぬ道を行く。
新月で、辺りを照らす物は何もないが、少しずつ目がなれる。勾配はそれほどきつくはないが、それでも周囲に気を配りながら登るのは気持ちが疲れる。あせらずともよい、敵は逃げぬ。静かに、確実に、間近まで迫るのだ。
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宮の元城 内海政道・福田丹波
「福田殿、本当に敵がくるのでしょうか。」
内海城主・内海政道は福田丹波に尋ねる。
「さあ、それはわからぬ。しかしわれらにとって、この戦が最後になるやもしれぬ。しかと命を守り、敵を食い止め時間稼ぎをするだけじゃ。」
何をわかりきった事を、と言わんばかりに、松山城主・福田丹波は答える。
この二人、純正が沢森当主時代、転生して初めて盟を結んだ二人である。軍事面はもちろん、粘土の融通など、経済面でもなくてはならない存在であった。
志佐や佐志方、深堀や長崎と違って、元々の領地はまったく変わっていない、純然たる国人領主であり、同盟者なのだ。純正もあえて直轄の家臣にしようとはしない。なにか、それが礼儀である様に思えているのだ。
「ふふ。そうですな。それではわしはこれにて。」
政道は夜襲守備部隊をさらに分けた別働隊を率いて、城の裏手の側面に待機する。奇襲を受けたら側背をつき、逆に混乱させるのが目的だ。
「ご武運を」「その方もな」
二人が分かれて半刻ほどした頃、城内で奇声があがった。
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宮の元城内
「敵襲!敵襲にございます!その数は不明!」
夜襲でしかも新月の夜である。敵の数の把握は容易ではなかった。
全員がざわつく。ついに来たか。
「落ち着け。内海殿と福田殿がおる。あの二人ならむざむざ破られはせん。しっかり時間を稼いでくれよう。」
純正は落ち着いている。ここで何か秘策があるのだろうか?それとも観念しているのだろうか。
どのほどの時間がたったであろうか。一刻、二刻か・・・?
「申し上げます!内海政道どの、福田丹波どの討ち死にございます!拮抗してございましたが、敵兵の意気大いに上がり、こちらに攻め寄せてまいります。」
なんと!討ち死にとな!?
皆が動揺するが、純正は
(政道どの、丹波どの、すまぬ。一番むずかしい役どころを率先してやっていただいた。この恩は必ず返しまする。今回の奇襲の目的はわれわれを混乱させ、龍造寺本陣まで兵を降ろさせる事。ここまで時がかかった時点で、その策は失敗ぞ直茂!よし!)
何かを確認して、
「城の兵以外は全員逃したな?よいな?よおし、城に火をかけろ!」
純正は告げる。
「へ?嘘ではなく、本当に火をかけるので?」
「その通りだ、さあ、早くやれ!」
兵達は城に火をかける。
「すまぬ、後藤どの。」
「なあに。私も中途半端は嫌いにござる。それに、これくらいやらぬと隆信はのってこぬでしょう?」
よし、あとは・・・。城下を見渡し、確認をして、
「全軍!突撃!狙うは龍造寺隆信の首一つ!命を惜しむな!名を惜しめ!かかれい!!」
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「なに!?城に火の手があがったと?誰だ!誰がやったのだ?」
乱戦の中、調べさせる。そして、
「まずい、・・・これは、敵の罠だ!全軍引き返すぞ!麓に降りて殿をお守りするのだ!」
(殿、どうか、どうか動かずにいてくだされ!)
鍋島軍は城内に突入するのを止め、引き返そうとする。しかし、人の勢いはそう簡単に変えられない。
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「兄上!山頂から、城から火が上がっておりまする!」
と大村純忠。
「そうか!やったか!ようし、ではわが軍もやつらを袋叩きにしてくれよう!」
常広城のある常広村からさらに北上して、塩田村のすぐ近くの福石村まで来ていた有馬・大村軍は出撃する。
「全軍突撃!目標下山してくる小佐々勢!」
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「あれを見ろ!城に火の手が上がっている!間違いない!直茂がやりおったのだ!よし、全軍で小佐々を叩き潰すぞ!輿の用意をせよ!」
「殿!絶対に動くな、と鍋島様から言われていたではありませぬか!」
「何を申すか!確かに言われておった。しかし戦とは生き物、状況は刻一刻と変わるのだ!それに見てみろ。あの火の勢いを。あれは謀でなしえる火の大きさではない。本当に火をつけられ、やつらは逃げ惑っておるのよ。今をおいて他に勝機はない!」
「しかし殿!」
ええい!だまれ!と隆信は家臣を叩き伏せる。
ただちに輿の用意がされ、それに乗って隆信は山を登りはじめる。隆信は巨漢であった。それゆえに隆信が乗った馬はすぐにつぶれてしまう。だから常に戦場においては輿に乗って指示をだしていたのだ。
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「火の手があがったか。よし。」
平井経治は城に火の手があがるのを確認し、そしてもう一つ、なにかを確認をして、叫んだ。
「皆の者!今こそ奮い立て!今こそ積年の恨み、晴らすときぞ!」
おおおおおおおお!という津波の様な、地響きの様な歓声があがった。
目指すは、龍造寺、本陣。
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「押せ押せ押せ押せ押せいいいいい!捻り潰せ!」
山頂から麓まで駆け下りる軍勢は、一般的に強い。意思を持ち、しっかりと統制の取れた軍ならなおさらだ。
率いる将の一人に福田丹波守の嫡孫、弥右衛門忠長がいた。父は後藤との戦で戦死している。家督をついでいたが、祖父である丹波守が後見となっていた。
「見つけたぞ隆信ううううう!」
戦場で輿に乗って指揮をとるのは危険が伴う。将というのが一目瞭然だからだ。暗闇の中とはいえ、声や兵の動きで察知する事ができた。輿に乗る場合は、輿をかつぐ兵は無防備になるため、それを護衛する兵に二重三重に警護されている。
誰もが大将首をとろうとして群がってくる。しかしなかなか崩せそうにない。
「ぐあ!」
担ぎ手の一人が態勢を崩してよろけた。傾いた輿に、隆信は態勢を整える事ができずよろけてそのまま落下してしまった。
「しめた!」
ここぞとばかりにさらに兵が群がる。しかしそこはさすがの隆信。すっくと立ち上がり、剛腕にて兵をなぎ倒す。一進一退の攻防が続くが、さすがに多勢に無勢。龍造寺勢は、兵力では圧倒的に有利だったのに、なぜか劣勢になっている。
平井の杵島勢と神代の山内衆の寝返りが、兵たちの間に広がっていたのだ。次々に離散する兵が増えていく。
収拾がつかない。
「殿!ここは私が引き受けまする!お逃げください!」
夜襲部隊の態勢を立て直し、下山してきた直茂が叫ぶ。
「そうはさせるか!」
忠長以下五~六名の武者が隆信に襲いかかり、直茂もまた兵に囲まれ立ち往生している。身動きが取れない。誰かが投げた松明が隆信の顔に当たる。
位置がはっきりしたのだろう。隆信目掛けて何本もの矢が飛ぶ。ついには隆信に数本の矢が当たり、動きが鈍くなった。山で熊や猪などの獣を狩る時は、こんな感じなのだろうか。一の太刀、二の太刀を浴びて、隆信は膝をついた。
「殿おおおおおお!」
直茂は叫んだが、どうする事もできなかった。
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「純忠よ。なにか様子が変ではないか?」
兄義貞の問いかけに大村純忠は答える。
「は、確かにこちらが優勢にしては、なにやら兵の動きがぎこちなく見えまするな。」
二人が会話を交わし、なにがどうなっているのか、物見を再度派遣しようとしていたその時、
「申し上げます!お味方平井治部大輔殿、神代大和守殿、寝返りましてございます!」
伝令が驚くべき報告を持ってきた。
「なにい!寝返りだとう!この状況で寝返るのか?いや、まさか最初から?」
平井・神代勢の三千が寝返ったとなれば、われらはあわせても一万。むこうは八千。数の有利がなくなるではないか!
まずいまずいまずい!どうするどうするどうする!
「申し上げます!龍造寺山城守様、討ち死に!鍋島左衛門大夫様は捕らえられましてございます!」
「なんだと!そのよう事あるわけがない!もう一度調べてまいれ!」
義貞は同じところをぐるぐる回ってしきりに考え事をしている。
しかし、届く報告は皆同じであった。
「退却だ退却!撤退するぞ!」
有馬義貞・大村純忠は全軍に撤退を命じたが、撤退する場所はすでになかった。
第四・第五連隊と高城城の残兵が布陣していたのであった。高城城を奪還後、諫早湾にて海軍の艦艇に乗艦、北上して浜町に上陸していたのだ。
どおおおおおん、どおおおおおん、どおおおおおん、艦砲射撃の音が鳴り響く。
空は、だんだんと明るくなってきていた。




