結と六太と里と
永禄八年 三月 沢森城下 姉川六太
「兄上 何をなさっておいでなのですか?」
後ろから聞き慣れた声がする。妹の里だ。
「ふふふ。兄上、昔からここが好きでしたよね。」
ここは沢村城のすぐ下にある孤児院の庭だ。庭には桜が咲いていて、心地よい風に揺れている。
見渡せば、かくれんぼをしている子供もいれば、元気に走り回っている子供もいる。年齢はさまざまで、五歳前後から十五歳前後までいる。しかし圧倒的に十歳未満の子供が多い。
「そうではないが、何だか落ち着くのだ。」
「そうですね。落ち着きますね。子どもたちの元気な姿をみると、心が和みます。」
と、続けるのは姉の結だ。小さな子供を抱えている。
「私たちが殿のお世話になった頃は、ここもまだ狭かったですが、庭も広くなりましたね。」
俺たち三人は、人買いに売られて南蛮船に乗せられるところを、時の領主、沢森政忠(小佐々弾正大弼純正)様に救われたのだ。その後運良く、いや、僥倖と言ったほうがいいだろう。父、姉川信秀や二人の伯父に再会できた。
少弐氏が滅んで、父である姉川信秀が当時の沢森家に仕官してこなければ、今はなかったであろう。そうだ、今もここにいて、いい養子先が見つかったら養子に入る。そんな人生だったろう。
姉は、といえば、ちょうど同じ頃に仕官してきた小田増光様に見初められ、そのまま嫁いだ。今は一児の母だ。しかしそれでも、俺は危なっかしい弟でしか無いのだろう。時々たしなめられる。まったく困ったものだ。
そう言えば妹も、そろそろ髪結いの時期だ。この先いつかは誰かに嫁いでいくのだろうが、甘えん坊の里が、もうそんな歳か。
「おや、三人そろってここにいるのは珍しいですね。」
「喜兵衛様!」
三人が振り返って同時にお辞儀をする。上泉喜兵衛延利様だ。この人にも助けられた。あの時、自分の身も顧みず、俺たちを助けてくれたのだ。
「喜兵衛様もよくいらっしゃるのですか?」
里が聞く。
「私の場合は仕事ですからねえ。」
喜兵衛様が笑う。この人の笑顔は人をやさしくさせる。周りはいつも笑顔が絶えないし、怒った顔など見た事もない。
ふと足元に目をやると、小さな子供を連れている。六歳~七歳だろうか。
「喜兵衛様また・・・。」
「そうです。今回はこの子しか助けられませんでした。」
小佐々領内が平和なので、時々忘れそうになるが、今は戦国の世なのだ。人が殺し殺され、親兄弟が離散する。それが当たり前の世の中。
「喜兵衛様。」
「何だい?」
「こんな世の中、早くなくなって欲しいですね。」
「そうですね。純正様なら、あるいは・・・。」
「もういいかーい?」
遠くで、子供の声が聞こえた。




