永禄八年の謹賀新年
永禄八年 正月 小佐々城
新しい年、永禄八年(1565年)が始まった。俺が転生してから約四年。俺の体は少しは大きくなったのか?背は伸びた。
誕生日、そう誕生日!奇跡的なのかなんなのか、前世の俺と同じ一月が誕生日だった。だから今年で数えで十六、誕生日を迎えてやっと十五だ。高一かよ。
まだ十五なのか!子供の頃、早く大人になりたくてしょうがなかったが、まさか同じ思いをする様になるとはね。あの頃は妙にイキってたw。
さて、小佐々家に新しい家臣が増えた。
昨年十月に起きた深堀城攻防戦で、深堀純賢と長崎純景。そして波多氏を出奔してきた日高資・喜親子。それから現波多勢力の反対勢力であった波多志摩守と息子の隆、重、正の三人だ。
それから、針尾太郎兵衛昌治(13)。針尾三郎左衛門の嫡男で、父の死後、沢森城下で育った。年下の叔父と一緒に育ち、もはや反抗の兆しなし。忠節もつくしているので杢兵衛の補佐をさせつつ、針尾城を与え住まわせている。
純賢と純景は貴重な海軍指揮官だ。士官育成機関が今はまだ確立されていないのだ。海軍と言えば、陸軍とあわせて海軍兵学校と陸軍士官学校の設立が決まった。前身は七ツ釜の海軍伝習所と大串の陸軍調練所だ。
どちらも三年制で、ゆくゆくは大学校を作る予定。この辺は十分に南蛮の技術や制度を導入していかねば。そしてまた、中学校卒業程度の学力が必要。
学校設立に関しては、文部省からも要請があり、各村に設立した。一般の高校、大学に関してはまだ先だ。まずは識字率。最低読み書きを覚えさせ国の礎にしないと。場所は学校が出来るまで、各寺院にお願いをした。
もちろん使用料と講師料は多めに支払った。
農家から労働力が減る、として反発もあったが、唐箕や千歯扱き、千石どおし(あった!あった!実家にあった!)など、さまざまな農機具の開発・改良を工部省、農商務省で実施する事で納得してもらった。
これは漁業や林業、子供を労働力として使っている他の産業でも同じだ。結果、子供の学力や知識が増えれば、技術力や経済力の底上げにつながり、好循環になる。
日高資とその息子喜は外務省。まさに親子の血は争えない。波多は跡目争いで対立はあったが、分裂せずに他と渡り合えた。これは資の存在が大きい。これから波多はどうなるのだろう。
「外務卿、大友義鎮に使いを出してくれ。今は、どうか?とな。それと大村の件はあくまで、降りかかった火の粉を払っただけ。こちらの名分を忘れるな。」
「それからイエズス会にも使いをだせ。上手くやつらを扱わねば、仏敵ならぬ異教の徒になるからな。大村よりもこちらだ、と思わせよ。有馬と大村は、わかるな。有馬は現状維持。大村は・・・火消しだ。波多・伊万里、あ、伊万里はいい。志佐と宇久には、今後小佐々とどう付き合いたいのか、腹を探ってきてくれ。」
「はは!」
三人は答えた。
現在の対外関係は、軍事同盟は後藤と結んである。対龍造寺として後藤の陸戦能力は必須。連絡係には外務省をはじめ、波佐見の内海・福田にあたってもらう。相互の不可侵条約は、波多・伊万里・志佐と結んである。
四角形に斜線が引いてあって、相互に攻め込まない形だ。
宇久・相神浦松浦・大友・有馬は通商のみの関係だが、大村のみ疎遠で、他はおおむね良好である。まあ、大村の怒りもわかるけど、逆の立場で考えてみろ?と言いたいのが本音。
島津にバカ殿なし?だっけか。これは志摩守の息子にバカ殿なし、が当てはまる。
長男の隆は陸戦の才に優れ、すぐに士官学校へ入校させた。もちろん、戦時は前線だ。年齢的には場違いだが、まだ設立したばかり。最初の一年生が卒業するまでは、特に才ありの場合のみ、入学条件は緩めてある。
次に重と正。この二人は兄と違って突出した能力はないが、いわゆる「つぶし」が利いた。記憶力・理解力にすぐれ、物事を臨機応変に対処している。二人には各省庁を一ヶ月程見学実習させ、最後の四ヶ月は決められた省庁で研修を行い、配属になる。
これは、争奪戦が始まるな。どこも人材不足なのだ。
収益に関しては領地が増えた分増加した。もちろん歳出もあるので安心はできないが赤字ではない。
しかし、技術部門に関しては、ないないできないの連続である。
二段式ポンプは文献にあったのですぐに実用化ができた。全家庭は無理だが、公共の寺や港湾、学校などの施設に置く事で、随分生活環境の向上につながった。
これを製塩に利用できないかと思ったのだ。結果、労力減で人件費を削減はできた。しかし海水の運搬量は変わらないので、効率はさほど変化がなかった。
注射器はガラス単体と、針単体は、なんとかできた。それでも太いので改善が必要だが、接合するのに苦労しているようだった。
コンクリートだが、うろ覚えの知識で技術部に丸投げをしていた案件。
鍾乳洞の石灰石?を使う、というのはイメージであったんだが、細かく砕いて水に混ぜても何も起こらない。いろんな物を混ぜても何も変化なし。
研究疲れの技術者が、腹立ちまぎれに研究用の釜に薪と一緒にくべて、放置したらしい。後で灰の中で白く変色している物を発見。技術者のインスピレーションなんだろうか。水に混ぜると・・・できた。
まだまだ改良は必要だろうが、ひとつ、クリアしたようだ。研究過程で水に混ぜると固まる性質を利用して、土と混ぜると固まる事がわかった。道路舗装はこれがいいかもしれない。強度実験は続けなければ。
ペニシリンは無理!もー無理!
カビの培養まではなんとかなってる。温度管理もできる様になったから、それはいい。問題はその後、それを濾過して菜種油と撹拌して・・・で、薬効がでない。何かが抜けてる?何かを替わりに?試行錯誤の連続だ。難関研究の一つと言っていい。
レンガ。
これもなあ。文献にあったが、あったが!詳細に記述されている物でもなく、簡単には出来ない。特に、恐らく(間違いなく)だけど、耐火レンガが必要だ。耐火レンガを焼くための釜はなんでつくる?
ニワトリが先か卵が先か?みたいになっているぞ。
レンガの材料の粘土。これで変わるのか?今は鉛筆の材料で波佐見からしか持ってきてないが、確か、陶器は・・・三川内、波佐見、有田、伊万里、唐津?この辺だ。産地によって違うのだろうか?
幸い、三川内、有田は領内だし、波佐見、伊万里も友好国だ。なんでも試してみよう。唐津は・・・・まあおいおい。
大砲。
これは、フランキ砲をどんなに改良しても、劇的な性能向上は見込めない事がわかった。密閉されていないので威力が分散されるので射程は伸びない。
暴発頻度も変わらない。ならば、と鉄砲と同じ様にやろうとしたが、今の技術での青銅鋳造では強度がたりない。やはり、構造は前装式で、鋳造技術をあげ、射程を伸ばす方向でいくしかない。
鍛鉄砲は金がかかるが、実戦配備を徐々に行いつつ、青銅の前装砲の安全性と飛距離が向上を待つ。カルバリン砲やカノン砲のイメージだ。陸・海の運用用途でわけて使う様にしよう。
はああああ。なんにせよ。問題山積みだ。
あ、メデタイ事もあるよ。
妹の雪が結婚する事になった。「私は死ぬまで結婚しない!」とぐずっていたが、実は各方面から申し出が殺到していたのだ。
俺も政略結婚なんてさせるのは嫌だったから、流されていた。
そうはいいつつも、無視し続けるのも良くない。家臣からも突き上げがあった。そして結局、数ある候補の中から、波多、伊万里、相神浦の三家に絞られた。
・・・・で、最後は、あれだけぐずりまくっていた妹は、伊万里治に一目惚れ。イケメンは得だな。
伊万里家に決定。頼むぞ!長政にはなるなよ。




